About 2007年06月

2007年06月にブログ「北海道東海大学 神崎 実 のホームページ」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

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2007年06月01日

あさひかわ新聞の問題

29日、あさひかわ新聞に一面記事の内容についての問い合わせしたのだが、返答が一切無いので31日午前11時頃に電話をしてみた。
すると珍しく工藤社長が電話に出て対応してくれた。話の内容は以下の通りである。
神崎「この前問い合わせた、市は最低制限価格引き下げとの記事についてどうだったのですか」
工藤「あれは間違い
神崎「だったら一面に訂正記事を載せて頂けるのですね。」
工藤「あんたに言われる筋合いは無い。」
神崎「そうは言っても、公共新聞の使命として載せる必要性があるのでは無いですか。」
工藤「俺が思ったことを書いて何が悪い。」
神崎「今までも間違いが多いいことが問題だと思いますよ。」
工藤「カチャン、プープープー。」
この様なことが4回繰り返された。
そして最後の電話では、「お前のようなやつと電話してられない。」と言われ電話を切られた。
その間、一切の謝罪等は無かった。

その後、市役所の部長さんとあさひかわ新聞社に謝罪を求めようと行ったところ、工藤社長はいらしたので、了解を得て社内の入り口に立っていたら、市役所の部長さんの前で笑いながらそれも座ったまま話してる状況だった。
私から謝罪を求めても無視状態のうえ、笑いながら部長さんと話を続けているので、「笑いながら人を侮辱するのやめて!」と言った。
すると工藤社長は指差しながら「てめえ出て行け」「キチガイ出て行け」と繰り返し罵る状況が続いたので、道警の方に来て貰ったのだが、お巡りさんの説得にも聴く耳を持たずその後一切の謝罪も無い。

今回の件であさひかわ新聞の責任者である工藤社長の問題体質が明確になって来た。客観的に公正な内容の記事が大切だと思われる新聞社の代表が、主観的な持論を持ち出した記事を書いた上、重大なミスをも認めようとしない体質改革に向けて真摯に対応して頂きたい。
また私個人の考え方として、今後謝罪等がない場合には暴言による民事告訴だけではなく、反省をされない状況から見て故意による記事の記載も考えられるので、刑事告訴も視野に入れて望みたいと考えている。

2007年06月04日

市長の資質とマスコミの対応

菅原功一前旭川市長が空港の社長に成って、早や半年が経過した。
空港での問題が噴出してないところを見ると、彼の資質で旭川市長は無理だったのかも知れない。
多分、彼が2期目の時にもう既に彼の資質では問題があったのだろう。エコスポーツパーク問題、念書問題、神楽の道路問題と疑惑には事欠かなかった。
そして、それらの疑惑をマスコミは本気で追及したのであろうか?

今回の私に対するマスコミの責任者の対応は、菅原功一氏と同レベルの資質だと考えざるを得ない。
特に私の指摘通り、明らかにミス記事だったにも関わらず、謝罪すらすることも無く、その上「てめえのようなキチガイ」発言や笑って人を侮辱する行為は編集長と言えども許すことが出来ない。
また、「てめえから指摘される筋合いはない」や「俺が思ったことを書いて何が悪い」とまで言ったのだから、次回の新聞には訂正記事を出さないであろう。もし仮にも一面に訂正記事を出すようなことがあれば、私の指摘した通りのことをすることであり、未だ謝ってもいない状況から考えたら子供の責任能力しかないのだと思わざるを得ない。
次回火曜日の新聞が気がかりでしょうがない。

旭川の責任者達の資質

本日は午後より道警旭川中央署での用事があったため、車にて4条側から向かった。
ところが中央署の正面玄関前は超高級黒塗りセダン3台と高級ワゴン車が1台路上駐車(停車)してたので、片側交互通行のようになっていた。
私の車を警察署の外来者用駐車場まで、それらの高級車の横を緊張しながら通り抜け移動した後、警察署に入る前に確認のためにそれぞれの車の運転手に誰を乗せて来たのか聞いて見た。
すると誰を乗せて来たのか言うことを拒否する状況でいやいやながら2台に関しては教えてくれた、その後もそれらの車を動かす気配すら見せず、エンジンを掛けて長時間駐車(停車)を続けていた。最後尾に止めてあった高級ワゴン車は運転手も乗っていなかったので、近くにいた制服警官に反則キップを切ることを促したのだが、無視される状況だった。

そこで再度、黒塗りの超高級セダンの近くに行き知り得た情報の範囲で、「○○さんの車が邪魔になっておりますよ!」と言うと同時に、近くにいた警察官に「公務員のトップに近い方や旭川を代表する環境重視の企業の方が路上に長時間車を止めてて良いのですかね!」と言ったところ、まわりで見ていた警察官が重い腰を上げて注意を始めた。するとやっと彼等も移動することとなった。
今回の場合、駐車(停車)そのものも迷惑だが、エンジンをかけっ放しで長期間警察署での打ち合わせのあるらしき方の為に、待っていること自体も問題だと思う。

その後、警察署での話も終わり正面玄関を出て一番近いところに、高級車セダンが運転手つきでまたもやエンジンかけっ放しで止まっていた。
どんな人が乗るのかと思い運転手に聞いたところ、教えてくれないので少し待っていた。
(以前にも中央署では署長の送迎用の高級車が、障害者用の駐車場より正面玄関に近い場所で待機しており、何年も問題だと指摘していたので改善されていることと信じていた。)
するとノーネクタイのお土産のような荷物を持った団塊の世代に近い人が乗り込もうとしていたので、自分の名を名乗り、貴方は誰ですかと聞いたところ返答が無かった。
多分、警視庁等からこられたのだと思い再度聴いてみたら、何と残念なことにやはり中央署の署長だった。

その時、以前全国的に問題になった報奨費問題の体質を、未だに抱えているのかとさえ思われた。
旭川に来て19年前から特に強く問題だと感じていたことの一つに、公務員等の責任ある立場の方々が税金で購入した高級車を運転手つきの自家用車のように使用しており、誰よりも便利な位置に駐車して待機させることであった。
疑惑に事欠かなかった菅原功一前市長でも、就任当初の12年前から正面玄関横にエンジンをかけさせた車を止めさせている状況に問題があると強く指摘していたら、3期目からは少し遠くなったが地下駐車場から乗り込むようにしてくれたし、議員用の専用駐車場も廃止してくれた。
それに比べて中央署の署長は何を考えてるのであろうか?
昔、いつかはクラウンとのコピーが流行ったが、団塊の世代の方々が税金を使いそれを実現しようとしているのであれば、大問題だと思う。
西川市長が就任来、環境に優しいコンパクトセダンを公用車に使用してる姿勢に比べ、彼の部下も中央署の署長も資質の面では菅原前市長や一昨日書き込んだあさひかわ新聞の工藤さんと同レベルなのではないかとさえ思われる。

ところで今日、中央署にて行政のトップに近い方と市内企業のトップの方と署長とがいったい何の話をしていたのであろうか、少し気になることではある。

2007年06月06日

大人気ない旭川新聞代表

今週のあさひかわ新聞の一面に、先週私が指摘したミス記事の訂正文が載っていた。
初めから載せるのであれば、私が、「記事のミスならば、一面に大きく載ってた記事なので、次週の一面に訂正記事を載せた方が良いのではないですか。」と工藤社長にアドバイスした時に、彼から「あんたから言われる筋合いはない!」と強い口調で逆切れされる必要もなかったと思う。

また、その後に市役所の幹部職員と共に訂正と謝罪を求めにあさひかわ新聞社に訪ねた時に、再度逆切れされて、指をさされながら「てめえ出て行け」「キチガイ出て行け」と言われる筋合いも全くなかった。
その後、工藤社長は警察官の謝罪するようにとのアドバイスにも耳を貸さず、旭川市役所に呼び出されて謝罪するように説得されても、拒否しているようである。
この様な人物を世間では、大人気ない人と言うのであろう。

いったい彼は何のために大人気ない行動を取るのであろうか?
ひょっとすると個人のプライドの為、年下である私に謝ることが出来ないのであろうか。またそうだとすると、新聞社の代表としても誠に大人気ない行動だと言わざるを得ない。
また故意に記事を間違って書いたとなれば、犯罪行為に等しいのではないだろうか。
現状に於いて、工藤社長が一市民でもある私に対して公の場所で、私自身が嫌がる行為を「止めて下さい。」と何度も言ったにも関わらず、執拗に行為を繰り返したことは許しがたいことである。
そして何より、彼は私に対して公の場所で侮辱したにも関わらず、未だ謝る気持ちを持っていない様なので、刑事・民事の両面で告発する為の準備を進めたいと思っている。

2007年06月10日

旭川での芸術とは?

昨日の新聞に、旭川市内の幾つかの芸術団体によって芸術展が行われていると書いてあった。
そしてその記事で使われている写真は、よく見かけることのある有名な浮世絵を模写したようなものなのである。
この模写絵らしきものが果たして、このまちでは芸術作品なのだろうか?

私は芸術論の講義科目を10年以上担当させて頂いているし、今まで海外にも数十回以上に渡り芸術活動に関する資料収集・調査視察やワークショップに行かせて頂いている。
その立場から言わせて頂くと、今回のような模写絵を芸術展に出品する行為を今後は控えて頂きたい。
また、どのような意味で新聞社が載せたのかは分からないが、もし単純に面白そうな分かりやすい絵だとして選んだのであれば、芸術に対する造詣の無さを知らしめる結果となっている。

少なくとも芸術とは各自を表現することが大切であり、個性やオリジナリティを尊重しなければならない。
その意味でも模写やコピーは、個人の技術向上の為に習作として取り扱われるのであれば問題ないのだろうが、幾ら素人と言えども公の場に芸術作品として展示することは避けるべきであろう。
ただ、ゴッホ等が浮世絵を習作として模写をしている例は今までにもあるが、それらを当時の芸術展に出品していた訳ではない。

私が多くの生徒や学生と今まで関わって来て思うことは、各自が個性的な能力を持っているのにも関わらず自信が持てずに引きこもったりしていることを無念に感じることである。
戦後の教育が問題だったのだから仕方ない、と言ってしまえばそれまでだが、私も含めて多くの教育者や親や大人が、今こそ責任を持って教育する時だと思う。
今後は私自身もこのまちで芸術教育を受け持つ端くれとして、たかが小さいまちの芸術展だから仕方の無いことだと思う前に、子供たちの芽を育む為に大人に対しても教育的指導をしていきたい。

2007年06月14日

ゆとり教育

ここ10年近く、ゆとり教育に対する批判は年長者の教育者からのものが多かったように見受けられる。
特にそれは、彼らにとっての今までのやり方を踏襲することでもあり、結果的には初めからゆとり教育の内容を聞き入れる態勢になっていなかったのだとも考えられる。
そして現在、そのことにより教育現場が混乱し、多くの子供たちが学ぶことへの基本的な姿勢を見失っていると考えられる。

今回、ノーベル賞学者の小柴先生と数学者の秋山先生からの話を京都での国際学会で聞き、今必要な学ぶことに対する姿勢を、お二人の研究者から伝えられたと考えている。
その講演内容はそれぞれの研究が中心だった。現在それらの研究が社会に直接役立つ訳でもなく、特に小柴先生のニュートリノの研究においては、未だほとんどが生活に役立つものでもない。
それでは何故研究を続けているのか?
それは彼らにとって研究そのものが生きることであり、人類としての責務であるとも考えることができる。

今回の講演を聞き、ゆとり教育の目指していた「各自が自主的に学ぶことの必要性を感じ、ゆとりのを持って生きる力を育むこと」の大切さを今更ながら再認識できた。
また、今回の国際学会で日本にこられていた100人を超える数学者の方々の話を伺い、彼らにとっての研究は人類の未知なる自然科学の追及に関する研究がほとんどであることも分かった。
それらの研究は誰かに頼まれてやってる訳でもないし、ましてやお金儲けの為にやってる訳でもないことを確信できた。
彼らが自主的に追求していることは、人類が解らない謎を追求して自然科学の真理を証明することなのであろう。
そのことが証明されたことで直接個人的に利益を得ることができる訳でもない。
それがかえって芸術家の人生にも似ており、面白い生き方になってるのではないだろうかとも思う。

2007年06月15日

北海道のサービスが向上か!?

先程、京都での離散数学国際学会から6日ぶりに帰旭して来た。
この学会には世界20ヶ国以上から200人以上が参加し、京都大学の100年記念ホールを使って、東海大学の教育開発研究所が中心となり展示・企画等を行い開催された。
参加者はアメリカを代表する数学者のバシェック・ホワタルを始め、カナダ・フランス・スペイン・中国・韓国・フィリピン等の国を代表する数学者が集結して行われた学会となった。

今回、京都での学会が価値あるものだったこともあり、帰りの飛行機では満足感の中にも疲労が貯まっていた為か深い眠りにつくことが出来た。
しかし飛行機が千歳に着陸してから、とんでもないことに気づいてしまった。
それは車と家のカギを持っていないことだった。
千歳空港の民間駐車場に泊めてある車をどのようにして動かすのかに関しては、数学の難問を解くより難しいことだと感じられ、急に満足感が吹っ飛んで疲労感だけが脳裏に焼きつく始末だった。

今回は車を置いて行き、一度電車で旭川まで戻って再度千歳まで車を取りに来ることを考えたのだが、学生に学園祭でのピアノ運びを頼まれていたこともあり、何とかカギを作って旭川に車で帰ることを考えた。
そこで駐車してあった民間駐車場(空港の近くに最近出来た駐車場)の担当責任者に事情を説明したところ、カギ屋さんに電話をして料金等を調べて下さった。
紛失したカギの番号がわかる場合には5000円程度ですむらしいのだが、番号がわからない場合には2万円近くかかるらしいことを確認できた。
そもそもカギを紛失することを前提に考えてる訳も無く、カギの番号など知る由も無かった。
念のために大手のロードサービスさんの会員でもあったので、呼んでドアだけでも開けて貰えればスペア-キーが車内の何処かにあるかも知れ無いと言う淡い期待を元に頼んで見た。

20分程してロードサービスさんが到着され、ドアのカギは瞬時に空けて頂けたのだが、肝心のスペア-キーがある訳も無く、仕方無くカギ屋さんに連絡してカギのシリンダーを分解して貰い、2万円覚悟でスペア-キーを作って貰おうと考えた。
その時、ロードサービスの優しそうな担当の方から、「シリンダーの番号を調べてスペア-キーを作って来てあげましょうか」との信じられないようなお言葉を頂いた。
私はその言葉に甘えて車の中で30分少々待っていたら、何とその方がスペア-キーを作って来て下さり、私の車のエンジンをかけることが出来たのである。
そのうえ、カギの製作費を5000円より安い金額で良いと言われた時は、彼が仏様のように見えてきた。そして一気に疲労感はぶっ飛び、心地よい雰囲気となった。
今回、駐車場の担当者の方もロードサービスの担当者の方もとても心優しき人々で、年齢は2人とも50代から60代前半の方のように見受けられた。
何より北海道にこの様な年長者の方々がいらっしゃることを誇りに思うと同時に、今後、車のキーナンバーは何処かに控えておこうと痛感した。

2007年06月17日

学園祭(建学祭)も終わり

昨夜17日までの学園祭(建学祭)での賑やかさも終わり、今日は朝から片付けの為に学生達が奮闘している。
毎年思うことなのだが、日頃授業に積極的に参加していない学生達が学園祭の模擬店や作品発表や企画に全力を傾けている姿に、感動すら覚える。
特に今日のような片付けの日に、朝8時過ぎから大学に来て作業している学生達の姿を見ていると、授業を真面目に出ている学生達と同じくらいに評価するべきでないかとも考える。

東海大学では学園祭のことを建学祭と呼んでいる。
故松前重義博士が東海大学を創設したことに因んで、学生と教職員が学園祭の期間中に建学の思いを認識し合う意味も込めて建学祭と呼んでいるのであろう。
この建学の思いとは若者も年長者も学ぶとの姿勢の中で、同じ目線で意見を出して議論することを重んじていた様である。
その意味でも私自身も今まで、建学祭期間中は特に学生達と同じ目線で対応して来ている。

少し気がかりなのは、建学祭に準備段階から片付けの日まで積極的に参加していた学生達に、単位認定しても良いのではないかと思う反面、単位関係なしに頑張って来たからこそ意味がある様にも感じ、認定しない方が良い様にも思うことである。
それよりも気がかりなのは、日頃授業で積極的に参加している学生達の一部が建学祭の期間中を休講期間中だと思っているのか、大学に顔を見せないことである。
確かに出席も取らないし、単位認定される(一部授業の一環としての参加もある)訳でもないので、興味のない学生にとって4日間の連休だとの思いもあるのだろう。
それと同様に、教員の一部にも期間中に大学に来られない方々がいらっしゃるのも問題だと思う。

今後学生達が社会に出て本当に役立つことが、単位関係なしに建学祭で一生懸命にやったことだと思っているのは私だけだろうか。
また、サラリーマン教員にとって建学祭が興味のあるもので無いとすると、誠に残念である。

2007年06月21日

西川市長の功罪相半ばす

昨日は旭川家具協同組合が主催した家具祭のオープニングパーティが、グランドホテルにて行われた。
今年の家具祭には全国各地から、ここ数年の来場者を大きく上回るバイヤーの方々が来旭されており、そのうえインテリア関係の方々だけでなく、ハウスメーカーの方々も多く含まれているようであった。
オープニングパーティにも500人を超えそうな勢いの参加者であった。

今回のパーティでは旭川家具協同組合元年と銘打って、これからのこの地での家具作りの姿勢を宣言するものであった。
それはお客さんに喜んで頂ける製品を作ることは当然のこと、環境にも優しく、末永く大切に使って頂ける家具を提供し、修理等のアフターサービスも徹底するとの宣言であった。
その後、副市長の中屋さんからの行政サイドを代表しての挨拶があり、内容は旭川の中で数少ない製造業の家具業界に頑張って頂きたいとのエールと地産地消から地産外消でも充分通用するとの挨拶だった。
私としては組合も行政もある程度内容のある話だったので満足していたのだが、その後に中屋副市長のテーブルに行ったところ、ひとりで食事をされている状況だった。
宮崎県知事の東さんを例に出すまでもなく、現在各地方行政の幹部が地元の商品や製品を積極的にPRしているにも関わらず、多くの首都圏から来られてるバイヤーを前に副市長がひとり孤立している姿を見て残念でならなかった。
そこで中屋さんのテーブルに行き、「蕎麦を食べてる場合ではないでしょう。西川市長の替わりに多くのバイヤーの方々に挨拶するべきではないですか?」と本音をぶつけて見た。
すると、そのことを真摯に聴いて頂けたのか、周りの方々に挨拶をされていた。

今回のように全国から数百人のバイヤーが来られてる場所を有効に使い、旭川ブランドを行政サイドが積極的に売り込むべきだと思う。
西川市長もそのことは充分に理解されてることだと思うのだが、側近の副市長が何となく積極性を欠くようであれば、バイヤーの方々も積極的に取り引きはしないであろう。
行政の幹部が率先して旭川の営業マンになることは当然のこと、職員の多くもまちを売り込むことを早急にすべきではないかと思う。

ただ西川市長の最近の功績として、市役所本庁舎と旧上川支庁の間にあった空間を市民の方々が車で来庁された時の駐車場にされたことと、市議の費用弁償の1日5000円の支給をやめると共に市長自身の退職金額を大幅に削減されたことは評価できるであろう。

2007年06月25日

連絡先について

メールアドレス等の追加です。
お急ぎの時には此方までお願い致します。
minoru@ea.htokai.ac.jp
携帯 090-9510-2937

2007年06月26日

政務調査費不正使用in旭川

今回の政務調査費不正使用は明らかに犯罪行為だと認識せざるを得ない状況である。
それは、罪状が横領や詐欺罪になっても全く不思議でないかも知れないと思うからである。
特に不正使用していたお金(血税)を同じ会派の公正クラブの議員さんたちに分配返還するに至った経緯については、議会の方々を含めて誠にずさんな対応だったと言わざるを得ない。
そもそもそのことを認めた第二会派の民主クラブさんは何をしていたのであろうか?
今回のことは、旭川の市議36人全てにチェック機関としての自覚が欠如していた為に、起こった事件だと考えられる。
今後、当事者でもある宮本議員は当然のこと、他35人の議員全てに公僕としての議員の立場を再認識して頂き、各自で処分を含めた対応を早急に検討して頂きたい。
また、現在議会の会期中なのだから、このような重要な案件を早急に議論して頂き、今後議員自らが血税の無駄使いを超えた不正使用等が二度と起こらないようにして頂きたい。/strong>

2007年06月28日

政治資金・公的資金不正使用

統一地方選挙以降、全国的に議員さんの不正が目立っている。
この旭川でも市長選挙の時、選挙ポスターの製作にあたり選挙管理委員会の対応も地元印刷業者の対応も酷いものだった。
今回は尊敬する方のブログに書き込ませて頂いた内容を添付したい。

私も昨年末選挙に出てたので知っておりますが、市議・市長選でポスター代金1人50万円程度、何故か同じ選挙区で道議選100万円程度が血税から補填されます。(ある程度の得票を取らなければ貰えません)
しかし現在、ネット等で業者に発注すれば5万円程度で印刷することも可能です。要するに、地元の談合している業者と結託して水増し請求をさせ、そのお金を賄賂等にしていることもあったと言うことです。
全ての候補者がやってた訳では無いと思われますが、多くがやってたことは関係者の方々が知ってたことだと思われます。
しかし残念なことに何故か、選挙管理委員会に話しても取り扱ってくれませんでした。
本気で告発手続きを取るべきでしょうか?予想では36人の議員の半分以上が失脚するかも知れません。

少しでも早くに、不正していた議員さん達が辞めることを望む。

追加での書き込み
私の場合には、旭川の大手印刷業の3社程度が神崎のポスターを製作しないと決めていた様です。
その為ネットで印刷業者を探したのですが、時間的に余裕も無かったので、知人と自分のプリンターで印刷しました。
また、葉書も8000枚自分のプリンターで印刷した次第です。因みにポスターの単価は、インク代と紙代を入れて一枚あたり300円程度だったと記憶しております。
しかしそれでも、単価をかけすぎたと思いました。それはネットで調べた時に、道外の大手印刷業社に完全版下の図案を送れば、一枚の単価が100円を切って印刷してくれる所があったからです。
地方で立候補される多くの方々は印刷業社に少し高めに単価を請求されてる場合がある様です。
また不正に水増し請求させてる場合には、業者に公費負担とならないハガキ等を抱き合わせて印刷させたり、政治資金として支援させてる場合もある様です。