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2007年06月14日 08:23に投稿されたエントリーのページです。

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ゆとり教育

ここ10年近く、ゆとり教育に対する批判は年長者の教育者からのものが多かったように見受けられる。
特にそれは、彼らにとっての今までのやり方を踏襲することでもあり、結果的には初めからゆとり教育の内容を聞き入れる態勢になっていなかったのだとも考えられる。
そして現在、そのことにより教育現場が混乱し、多くの子供たちが学ぶことへの基本的な姿勢を見失っていると考えられる。

今回、ノーベル賞学者の小柴先生と数学者の秋山先生からの話を京都での国際学会で聞き、今必要な学ぶことに対する姿勢を、お二人の研究者から伝えられたと考えている。
その講演内容はそれぞれの研究が中心だった。現在それらの研究が社会に直接役立つ訳でもなく、特に小柴先生のニュートリノの研究においては、未だほとんどが生活に役立つものでもない。
それでは何故研究を続けているのか?
それは彼らにとって研究そのものが生きることであり、人類としての責務であるとも考えることができる。

今回の講演を聞き、ゆとり教育の目指していた「各自が自主的に学ぶことの必要性を感じ、ゆとりのを持って生きる力を育むこと」の大切さを今更ながら再認識できた。
また、今回の国際学会で日本にこられていた100人を超える数学者の方々の話を伺い、彼らにとっての研究は人類の未知なる自然科学の追及に関する研究がほとんどであることも分かった。
それらの研究は誰かに頼まれてやってる訳でもないし、ましてやお金儲けの為にやってる訳でもないことを確信できた。
彼らが自主的に追求していることは、人類が解らない謎を追求して自然科学の真理を証明することなのであろう。
そのことが証明されたことで直接個人的に利益を得ることができる訳でもない。
それがかえって芸術家の人生にも似ており、面白い生き方になってるのではないだろうかとも思う。

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