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2012年05月22日

家庭菜園

最近の体調は、外気温も上がり春らしくなったこともあってか、まあまあ良くなっている。
気温の変化で少し風邪気味ではあるが、少し意欲が湧いて来てもいる。

ところで最近、週末になると妻の手伝いで家庭菜園をやっている。
小型だが耕運機も昨年購入して、今年も大活躍である。
畑は自宅の裏に少しと、近所の農家の方から借りているまあまあの広さのところである。

旭川に初めて来て驚いたことは、冬場の除雪の凄さと家庭菜園をやってる方々の多さであった。
家庭菜園だけで自宅の食糧を全て賄うことは無いにしても、安心安全な野菜を新鮮な状態で食べることができる。
それだけ市民意識の中での、食に関する関心が高いものだとも考えられる。
食糧危機になったとしても、旭川市民は生き延びていけるかも知れない。

我が家では妻が苗から育てて植える野菜も増えており、年々本格化している。
私はその畑仕事を手伝っているだけだが、野菜の成長にわくわくしている自分がいる。
心と体の両面から考えたら家庭菜園は、生きがいに繋がるものかも知れない。


2011年05月13日

岡本太郎

東京の国立近代美術館でおこなわれいてた、岡本太郎展を鑑賞して来た。
最終日だったこともあるが、老若男女の多くが来場しており、入場制限されてる状況を見た時に、あらためて岡本太郎の人気ぶりを見せつけられた。
彼は作品に対して「うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。」
と述べており、これは手先の巧みさは芸術の本質と関係がないことを言っている。
このことが、芸術に直接関ってない人々を引きつける彼の魅力だったのではないだろうか?
多くの人々が彼の自由奔放な生き方に魅了され、多くの人々が芸術が特別なものでなく日常生活の身近なものだと考えるようになったのだと考えられる。
それは彼の職業が、画家、彫刻家、陶芸家、書家、写真家、著述家と幅広く活動してた処からも窺い知れる。
私としては、私の勤めてる芸術工学部の理念とも共通するものを、感じざるを得ない。

2011年04月11日

統一地方選挙

統一地方選挙の前半が終わり、次にこの街では市議会議員選挙が行なわれる。
この街の財政状況を考えると、選挙にはなるべく公費を使わないで頂きたい、特にポスター製作に必要以上の公費が使われるのは残念である。
最近は400~500枚のポスターを10万円以内で印刷してくれる業者もあることを念頭に、公費を使って欲しい。
念のため前回の選挙の時の各候補者のポスターの製作費を、掲示したい。

藤沢弘光  506,400 (株)ノーザン     430枚印刷 30枚分領収書なし
小松 晃  420,000 あさひ印刷(有)  500枚印刷 100枚分領収書なし
中川明雄  506,400 旭川アートプロセス 450枚印刷 50枚分領収書なし
岩崎正則  504,000 前田印刷(株) ポスター代金記載なし、未払い
佐々木邦男 462,000 未確認      ポスター代金記載なし
蝦名信幸  506,400 未確認      ポスター代金記載なし
安口 了  506,400 (有)成瀬印刷 支出記入に問題あり

三井幸雄 504,000(株)あいわプリント   太田元美  336,000あさひ印刷(有)
松家哲宏 506,400(株)ドルック      能登谷繁  336,000あさひ印刷(有)
笠木 薫 506,400(株)須田製版 佐々木卓也 336,000あさひ印刷(有)
高橋 徹 506,400(株)アートプロセス
高見一典 506,400(株)アートプロセス 安住太伸  350,000(株)みらいプリンティグ
塩尻伸司 506,400(株)小川印刷 金谷美奈子 504,000未確認
白鳥秀樹 504,000(株)あいわプリント 上村有司  504,000(有)成瀬印刷

安田佳正 453,200ワンドリームピクチャーズ 村岡篤子  506,400(株)あいわプリント
三上 章 434,000(株)アドス・エージェンシー 久保厚子  504,000第一印刷(株)
園田洋司 420,000東洋オフセット(株) 山城えり子 506,400(株)一風舎
谷口大朗 506,400(株)みらいプリンティング
鎌田 勲 500,000(株)須田製版 松田卓也  506,400三興舎印刷所
泉 守  506,400(株)須田製版 今富美徳  252,000植平印刷
宮本 儔 501,900(株)ドルック 鶴飼重男  151,200ポスター予算?
杉山允孝 394,800(株)ラッツ・994
福居秀雄 506,400(株)みらいプリンティング
中島哲夫 327,600植平印刷
武田勇美 504,000(株)アドス・エージェンシー
石崎勝久 492,000アートプロセス
須藤洋史 168,000手持品

室井安雄 502,000(株)エイペックステーディー
中村徳幸 504,000(株)エイペックステーディー
鷲塚紀子 504,600(有)嶋澤印刷
門間節子 120,750中村印刷

2010年05月11日

現代文明論「藝術と人生」織田憲嗣教授の講義と「藝術と工学」2

今回のブログは、織田憲嗣教授が東海大学の現代文明論の授業で話された内容と、それに関係する「芸術と工学」について書き込みたい。
尚、現代文明論の授業は東海大学の教育の柱となるもので、「何の為に専門教育を学ぶのか?」について理系・文系関係無に、リベラルアーツ教育的内容も含めて学ぶものである。
因みに、リベラルアーツと云う英単語が明治維新以前に日本に入ってきて、藝術と云う言葉がこの国で生れたと伝えられている。

織田先生が書かれた講義概要の一部を抜粋する。

「芸術(アート)」は、よく「デザイン」と比較されることがあります。両者はよく似た側面を持ちながらも全く違った面を有しており、その違いを認識しておくことが大切です。
「アート」は様々な制約を受けることなく、作家が自らの感性に基づいて、その作家性を自由に発揮し、作品を発表します。そのため、中には作家の意図とは違った形での解釈も生れます。
また、誰にも理解できない作品であっても、作家が納得すればその作品は成立するのも「アート」ならではでしょう。
また一方の「デザイン」は私達の生活とは深く関っており必要不可欠なものでしょう。「アート」と「デザイン」を分けて捉えることは難しい程、両者は重複した面を多く持つようになりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私達の生活においてアート作品を考えてみると、その作品は無くてはならない生活必需品ではありませんが、それがあることで、空間や生活に潤いをもたせてくれるものでしょう。そして、それを制作した作家との時間・空間を共有することもできるでしょう。アート作品には<無用の用>とでも言える機能があるのかも知れません。

以上が今回の現代文明論の講義内容だった。
織田先生から十数年前に話を伺った時には、芸術(アート)は自己満足で許され社会にとって必要不可欠ではないが、デザインは自己満足では許されず社会にとって必要不可欠であると言われていたと記憶している。
今回、「アート作品には<無用の用>とでも言える機能があるのかも知れません。」と言われてることに対して、十数年前の話と少し違い、社会に於いてのアートの必要性を感じた。

そもそもアートもデザインも社会に於いて、必要不可欠だと以前より私は考えている。
また、両者共に自己満足でも、自己満足でなくても成立すると考えている。
私の理想は明治維新以前の江戸時代のような、芸術もデザインも分離した考え方を持たない社会であ
る。

そのことは工学にも言えると考えている。
「藝術」、「デザイン」、「工学」は、人類が地球環境の中で生きていくために、とても大切なものと考えている。
これらの分野に優劣をつけることなどするべきではなく、再度一つのものとして捉えることも必要であろう。
現状に於いては、これら3つの分野をバランス良く学び、取り入れることによって、文化・文明もバランスの取れたものになると思っている。

5月11日 補足
「藝術」分野に関る人々は、如何なる状況の場合でも客観的に捉えた中で、主体的に表現しなければならないと考えている。
また、自身と違う価値観を表現する他者に対して、聴く耳を持たなくてはならないとも考えている。
当然のことだが、「工学」、「デザイン」に関る人々にとっても、同じことだと考えている。

2010年05月10日

現代文明論「芸術と人生」織田憲嗣教授の講義と「芸術と工学」

今回のブログは、織田憲嗣教授が東海大学の現代文明論の授業で話された内容と、それに関係する「芸術と工学」について書き込みたい。
尚、現代文明論の授業は東海大学の教育の柱となるもので、「何の為に専門教育を学ぶのか?」について理系・文系関係無に、リベラルアーツ教育的内容も含めて学ぶものである。
因みに、リベラルアーツと云う英単語が明治維新以前に日本に入ってきて、藝術と云う言葉がこの国で生れたと伝えられている。

織田先生が書かれた講義概要の一部を抜粋する。

「芸術(アート)」は、よく「デザイン」と比較されることがあります。両者はよく似た側面を持ちながらも全く違った面を有しており、その違いを認識しておくことが大切です。
「アート」は様々な制約を受けることなく、作家が自らの感性に基づいて、その作家性を自由に発揮し、作品を発表します。そのため、中には作家の意図とは違った形での解釈も生れます。
また、誰にも理解できない作品であっても、作家が納得すればその作品は成立するのも「アート」ならではでしょう。
また一方の「デザイン」は私達の生活とは深く関っており必要不可欠なものでしょう。「アート」と「デザイン」を分けて捉えることは難しい程、両者は重複した面を多く持つようになりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私達の生活においてアート作品を考えてみると、その作品は無くてはならない生活必需品ではありませんが、それがあることで、空間や生活に潤いをもたせてくれるものでしょう。そして、それを制作した作家との時間・空間を共有することもできるでしょう。アート作品には<無用の用>とでも言える機能があるのかも知れません。

以上が今回の現代文明論の講義内容だった。
織田先生から十数年前に話を伺った時には、芸術(アート)は自己満足で許され社会にとって必要不可欠ではないが、デザインは自己満足では許されず社会にとって必要不可欠であると言われていたと記憶している。
今回、「アート作品には<無用の用>とでも言える機能があるのかも知れません。」と言われてることに対して、十数年前の話と少し違い、社会に於いてのアートの必要性を感じた。

そもそもアートもデザインも社会に於いて、必要不可欠だと以前より私は考えている。
また、両者共に自己満足でも、自己満足でなくても成立すると考えている。
私の理想は明治維新以前の江戸時代のような、芸術もデザインも分離した考え方を持たない社会であ
る。

そのことは工学にも言えると考えている。
「藝術」、「デザイン」、「工学」は、人類が地球環境の中で生きていくために、とても大切なものと考えている。
これらの分野に優劣をつけることなどするべきではなく、再度一つのものとして捉えることも必要であろう。
現状に於いては、これら3つの分野をバランス良く学び、取り入れることによって、文化・文明もバランスの取れたものになると思っている。

5月11日 補足
「藝術」分野に関る人々は、如何なる状況の場合でも客観的に捉えた中で、主体的に表現しなければならないと考えている。
また、自身と違う価値観を表現する他者に対して、聴く耳を持たなくてはならないとも考えている。
当然のことだが、「工学」、「デザイン」に関る人々にとっても、同じことだと考えている。

2010年05月08日

あさひかわ新聞の寄稿文 人と「もの」の関係について2

今回は1993年、私が30歳の頃にあさひかわ新聞(当時は日刊)の「いまアトリエで」に寄稿した文章を載せたい。
当時、私は職員から教員(助手)になって間もない頃で、今のあさひかわ新聞の工藤稔社長も、まだ平社員の頃だったと記憶している。

 「”もの”を造る事が、地球環境を悪化させる要因になるのでは・・・」、最近こんなことを考えている。
 産業革命以後、急速に地球環境の悪化(公害)が叫ばれ、それは、現在も続いている。ものを造り出す過程で様々な環境破壊が生み出されているためだと考えられる。
 それでは、製品をリサイクル(ビール瓶などのリューズされるものは含まない)させれば、環境悪化の歯止めになるかというと、そうでもない。なぜなら、リサイクルするために多くの電気エネルギーを使い、有害物質を放出している場合も多々あるからである。
 作品を制作しないほうが、地球環境保全のためには良いのではないかという考えもある。しかし、作品を創ることは私にとってとても大切な行為であり、生活の重要な部分を占め、生きていることの本質的な部分となっている。
 今、このようなことを考えながら廃材や鉄筋を素材として、人とものとの良き関係を表現し、作品として発表している。

もう17年も前に、今考えていることと同じようなことを書いていることに対して、喜びを感じると共に、進歩の無さも感じている。
今になって多少書き換える部分があるとすると、
>作品を創ることは私にとってとても大切な行為であり、生活の重要な部分を占め、生きていることの本質的な部分となっている。
「作品を創ることは私にとって生き甲斐であり、人間としての証しでもあると同時に、自分以外の人々と結びつく手段でもある。」
の様になるかも知れない。

今後、書き込む内容として東海大学の現代文明論で織田憲嗣教授が話された「芸術と人生」についてや、私が考えている「芸術とデザイン」や「芸術と工学」について取り上げたい。
また、斉藤牧場の斉藤晶さんが書かれた「いのちの輝き感じるかい」や斉藤牧場内でギャラリーと学校を運営されている松本キミ子(キミ子方式の生みの親)先生の書かれた「絵のかけない子は私の教師」
や「誰でも描けるキミ子方式」についても書き込みたい。

最近、買物公園内(6条8丁目)で魅力的なギャラリーを見つけた。
最近オープンしたようなのだが、展示してある作品は結構売約済みになっており、2階では画学校も開かれており、子供達の笑い声が響いていた。
このシュタイナー教育を実践してるような空間は、アッコモンストアとヤマトストアと言うので、興味のある方々は是非ともご鑑賞いただきたい。

追記 5月8日
最近見た映画の中に、アマルフィと云うタイトルのものがあったのだが、とても興味深い内容で魅力的な映画だった。
また、先だって行なわれた旭川ウェルビーイング・コンソーシアムの企画にて、バリー・カーズイン氏の講演会がとても魅力的な内容だったので、今後、書き込みたいと思っている。

2010年05月04日

あさひかわ新聞の寄稿文 人と「もの」の関係について

今回は1993年、私が30歳の頃にあさひかわ新聞(当時は日刊)の「いまアトリエで」に寄稿した文章を載せたい。
当時、私は職員から教員(助手)になって間もない頃で、今のあさひかわ新聞の工藤稔社長も、まだ平社員の頃だったと記憶している。

 「”もの”を造る事が、地球環境を悪化させる要因になるのでは・・・」、最近こんなことを考えている。
 産業革命以後、急速に地球環境の悪化(公害)が叫ばれ、それは、現在も続いている。ものを造り出す過程で様々な環境破壊が生み出されているためだと考えられる。
 それでは、製品をリサイクル(ビール瓶などのリューズされるものは含まない)させれば、環境悪化の歯止めになるかというと、そうでもない。なぜなら、リサイクルするために多くの電気エネルギーを使い、有害物質を放出している場合も多々あるからである。
 作品を制作しないほうが、地球環境保全のためには良いのではないかという考えもある。しかし、作品を創ることは私にとってとても大切な行為であり、生活の重要な部分を占め、生きていることの本質的な部分となっている。
 今、このようなことを考えながら廃材や鉄筋を素材として、人とものとの良き関係を表現し、作品として発表している。

もう17年も前に、今考えていることと同じようなことを書いていることに対して、喜びを感じると共に、進歩の無さも感じている。
今になって多少書き換える部分があるとすると、
>作品を創ることは私にとってとても大切な行為であり、生活の重要な部分を占め、生きていることの本質的な部分となっている。
「作品を創ることは私にとって生き甲斐であり、人間としての証しでもあると同時に、自分以外の人々と結びつく手段でもある。」
の様になるかも知れない。

今後、書き込む内容として東海大学の現代文明論で織田憲嗣教授が話された「芸術と人生」についてや、私が考えている「芸術とデザイン」や「芸術と工学」について取り上げたい。
また、斉藤牧場の斉藤晶さんが書かれた「いのちの輝き感じるかい」や斉藤牧場内でギャラリーと学校を運営されている松本キミ子(キミ子方式の生みの親)先生の書かれた「絵のかけない子は私の教師」
や「誰でも描けるキミ子方式」についても書き込みたい。

最近、買物公園内(6条8丁目)で魅力的なギャラリーを見つけた。
最近オープンしたようなのだが、展示してある作品は結構売約済みになっており、2階では画学校も開かれており、子供達の笑い声が響いていた。
このシュタイナー教育を実践してるような空間は、アッコモンストアとヤマトストアと言うので、興味のある方々は是非ともご鑑賞いただきたい。


2010年04月26日

前原誠司君に対して小沢一郎さん 東海大学芸術工学部の学生の呼び方について

前回、前原誠司国土交通大臣が小沢一郎民主党幹事長に対して毅然とした態度で望んだことに、好感が持てると書き込んだ。
その時のテレビの記者団に対するコメントで小沢議員の前原大臣に対しての呼び方が、「前原君」で、前原大臣の小沢議員に対しての呼び方が「小沢さん」だったのである。
一国の大臣に対して、役職を持っていない議員でもある小沢さんの呼び方が「前原君」では何か無礼な感じがして、武士道の精神にも反する思いだった。

年功序列社会になったのは、多分明治維新頃からだったのだろう。
今放送されているNHKの大河ドラマの「龍馬伝」でも、下級武士や役職を持たない武士は幕府の官僚に対しても役職者である武士に対しても、「何々君」的な呼び方はご法度だったようだ。
それが民主的な考え方を欧米から取り入れることによって、今では年上の人が自身より地位が高い人に対しても、公の場で小沢議員のように平気で見下す呼び方をするようになってしまった。

その上、まだまだ実績や業績に関らず年功序列で給与が決められている日本社会に於いて、高給取りである年長者は若い管理職者に対しての呼び方に注意を払うべきではないだろうか。
国会議員は一律に給与が決まっていたとしても、公の場での呼び方に気をつけるべきだと思う。
私が15年程前から会社理念が気にいっている企業でもあるキーエンス(大阪)は、会社創設時から上司に対しても部下に対しても「何々さん」と呼んでいる。
キーエンスが今や日本を代表する企業になっているのは、私が説明するまでもない。

そんなこともあり私は10年程前から、授業時の学生の呼び方について深く考えるようになった。
今の国会でもそうだが、議長は議員に対して「何々君」と呼んでおり、大学機関でも未だに男女の区別なく「君」と呼んでいる場合もあるだろう。
勤め始めた当初、男子学生に対しては「君」、女子学生に対しては「さん」と呼んでいたが、性同一性障害の方々も居ることを考えると、全ての受講生に対して「君」で呼ぶようにしていた時期もあった。

ここ5~6年前から、「君」で呼ぶのを止め「さん」と呼ぶようにしている。
今日の描写の授業では、事前に現在のこの国の状況を話した上で受講生の学生達に聞いた処、「何々さん」と呼ばれることに抵抗がなかったようなので、フルネームに「さん」とつけて呼ぶことにした。
本当は欧米のようにファーストネームで敬称をつけずに呼ぶことも、男子学生と女子学生の敬称を変えて呼ぶこともあって良いと思っている。

私自身も授業以外では、「カンちゃん」と学生からも目上の人からも呼ばれることが嬉しい時も多い。
ただ、授業の時はある意味勝負する時でもあると考えている。
師弟関係の緊張感の中で、受講生である学生達に大人としての自覚を持ってもらう為にも、同じ目線で対等に話ができる環境にしておきたい。

今は相手の立場になって、敬称をつけることが大切なのではないだろうか。
因みに卒業研究を私のところで履修している学生に対しては、苗字で敬称をつけずに呼んでいる。
それにも関らず、学生達は「神崎先生」と呼んでくれており、本当に感謝している。


2010年04月23日

半年後の旭川市長選挙で、この街は再生できるのだろうか

今日の国内の話題は、前原誠司国土交通大臣が高速道路の料金変更で6月から実質値上をすることに対して、小沢一郎民主党幹事長に変更することは考えていない、と発言したことであろう。
前原大臣は私の知人で同年代ということもあり、今回の毅然とした対応には少し喜びを感じている。
また、事業仕分けの第2弾も始まり、蓮舫議員に期待している国民も多いのではないだろうか。

話は旭川市に戻って、この街も3セク等の各種団体に流れている税金が200億円ほどある。
次の市長選では候補者に是非とも公約に事業仕分けを掲げて欲しいのだが、現実問題として、そのことを断行する候補予定者は居なさそうである。
それどころか、現西川将人市長もほとんど手を付けておらず、200億円ほどが天下り等の居る団体に流れている状況は4年前とほとんど変わっていないのが現状である。

近年、急激にこの街の市民の平均年収が下がっていることを考えると、早急に事業仕分けをして無駄を省かなくては、手遅れになってしまうこともあると考えている。
しかしながら、行政も議会も地元企業を擁護する必要性を感じているのか、補助金等が各種団体に流れているのを黙認している。

私としては無駄を省いて生じたお金を、子供達の教育と福祉に当てるべきだと考えている。
そのことは4年前の旭川市長選挙の時の公約でもあったので、下記に再度載せるのでご確認いただきたい。
尚、公約の幾つかは旭川市がここ3年で実現したものもあるし、買物公園の無料バス計画等は最近になって行政と会議所が考え始めたものもある。


構想(夢あるまちづくり)
●ドーム競技場や芸術ホール、スケートボードパークの新設
●スポーツのオリンピックレベルの誘致と美術・音楽・演劇の国際的な企画
●旭川空港が東アジアにおいてのハブ空港の役割を持つように増改設
●北都商業高等学校を藝術・デザイン系の高校とし、市立大学を新設
●子供の社会参画の面から、子供の権利に関する条例を制定

政策・公約
●最重要課題
・第3セクター関係の200億円を超える補助金、委託料、債務保証費の凍結
・市長40%、特別職20%、管理職15%、職員10%の給与と退職金を削減
・女性を副市長に任命すると共に、女性の管理職を全体の3割程にする
・旭川市の責任者として管理職職員の中の誰よりも早く登庁する
・天下り禁止条例を制定する
・各種委員会の構成メンバーの半数を市民公募から決定する
・管理職職員の市民サービスに関する勉強会を毎週土曜日に行う
・ばんえい競馬を廃止して、施設等は中央競馬に引き継いで頂く
・寿バス、家庭ごみ有料化等についての再度の見直しを行う
・公会堂や買物公園と近郊のスキー場をリファインする
・春光台公園内のパークゴルフ場の造成を中止
・旭川駅高架事業の一部修正及び凍結

●教育と福祉の充実
・臨床心理士やカウンセラーが常駐する無料相談所を市内10ヶ所に設置
・学校司書を市内89校全ての小・中学校に配属
・高齢者・障害者福祉にて改正された1割の自己負担金の半分を補助

●行財政改革の断行
・現在市役所内にある100を超える課・局を整理して60程にする
・嘱託・臨時職員の人数を1500人から2000人体制として、雇用を確保
・市職員を500人削減して2650人体制とし、毎年新卒職員を80人程採用
・職員の再雇用については、年270万円の給与から150万円に引き下げ
・在日の方々の参政権を認めると共に、職員として管理職採用する事も認める

●観光産業と中・小企業や起業家への支援
・旭山動物園をはじめ観光産業へ、年5億円ほど増額の支援
・中・小企業や起業家の方々へ、年10億円ほど増額の支援
・近隣8町との観光産業ネットワークグループを創設
・IT起業家養成講座を無料にて市内5ヶ所に開設
・買物公園の駅前から9条通り間に無料の電気バスを運行する

2010年04月20日

雪解け遅い旭川の状況下での、西川将人市長と鳥居幸広理事長

旭川市は今日も雪混じりの冷たい雨が降っており、桜のつぼみはまだまだ固く、開花するのが例年より2週間ほど遅れそうだ。
それと同様に、冷え切った経済の雪解けがまだまだ遅れるのではないかと心配している。

前回は「芸術と福祉」の中で云われていることが、この国を活性化することに繋がるのではないかと書き込んだ。
特に旭川市が財政危機に直面している状況を打開し活性化するには、芸術家の感性(創造性)を持った若者の行動力が大切だと考えている、と書き込んだ。

今日の北海道新聞で、西川将人市長(旭川)と鳥居幸広理事長(旭川平和通商店街振興組合)の対談が載っていた。
内容は旭川市の中心街活性化についてのことだった。

市長が丸井跡地利用を民間主体で考えて欲しいと述べているのに対して、理事長が跡地は民間に委ねるより市が責任を持って入居して欲しいと述べていた。

司会者が、「市が中心部の活性化に力を入れる背景を、市民は十分理解しているでしょうか?」
それに対して、市長は「マチの顔」であり今まで多額の税金を投入し、整備してきた市民の財産でもあるから、今後も人集めのために力を入れる必要性があると言っている。(何か以前の自民党の箱物行政に似ている気もする)
理事長は郊外型のチェーン店と違い、個店の並ぶ買物公園での売上は市の税収に結びつき、地域経済を元気づける効果もあると言っている。(因みに理事長はマック経営者だが、補助を受けて当然との感もある)

上記の状況を考えると、行政側も買物公園の各商店側も他力本願でこの危機的状況を乗り切ろうと考えているようにも感じる。
また、中心街に住んでない市民がこれ以上の血税を買物公園活性化のために使わないで欲しいと思っていることには、双方共、耳を傾けないようである。

私はこの街を再生し活性化するには、グローバルに通用する人材を教育するのが大切だと考えている。
今の行政や地元商店主や会議所等が考えている場当たり的な対応は、一時的に回復した状況が作れても、今後、こども達の未来の魅力的な街は創れないとも考えている。
その意味でも、若者が創造性と愛(自身を含めて、全てのものに対するおもいやり)を持って行動して欲しいと願っている。

2010年04月17日

芸術と福祉(工芸) 芸術が旭川を救う Art and welfare(craft) The art saves Asahikawa.

今回は前回の「芸術と福祉」(藤田治彦著)について、書いてみたい。

旭川校舎でも先週より授業がはじまった。
私が担当している立体表現の授業は、今週2回目より4回目まで皆空窯(白金)の南泉先生にお願いしている。
基本的には人体の頭部を彫塑する授業なのだが、今までほとんど粘土に触ったことがない受講生も居た。粘土に慣れてもらうためにも陶芸を中心に芸術活動をなされている泉先生に、「燭台」(キャンドルスタンド)とのテーマでご指導して頂いている。

受講生の多くは2年目の学生で、22人ほどである。
今回の授業では魅力的な女性の先生ということもあるのか、学生達は何時もの受講態度と少し違い、目を輝かせて話を聞いていた。

泉先生が陶芸も芸術の重要な分野であるということと、「芸術は人のためにある。」との内容の話をなされたこともあり、私としては少し時間を頂戴し、以下のようなことを話させて頂いた。

この国では明治維新前、芸術(藝術)とデザインと工芸が分離した考え方をしていなかったと同時に、分離した考え方でなかった江戸時代の文化がヨーロッパでも高く評価されていた。
一方、ヨーロッパでは産業革命以前からアートとデザインとクラフトが分離しており、革命以降は更にその溝が深くなることを危惧して、バウハウス教育やアート・アンド・クラフト運動が芸術家や工学関係者等によっておこなわれた。

そこで、「芸術と福祉」に書かれている、ウィリアム・モリス(1834~96)と並んで19世紀の手工芸を支えたデザイナー、クリストファー・ドレッサー(1834~1904)が「装飾芸術の原則」(1873)の中で述べた内容を話した。

 「芸術の知識は個人に対してのみならず広くは国においても意味を持つ。個人にとっては、それは
 財産であり富である。そして国にとって、貧窮の解決策となる。たとえば素材としての粘土を取り上
 げてみよう。一人の手の中でこの粘土は「ひとつ」18ペンスの価値のある花瓶となる(大きさによっ
 てこの数字は60ペンスから12ペンスまでさまざまである)。ほかの人の手にかかればそれは5ポ
 ンド、もしくは50ポンドの価値のある鉢となり、壺となる。価値を与えるのは芸術なのだ。素材では
 ない。」

要するに、手工芸も当然芸術的な技術であり、工芸(クラフト)と芸術(アート)とを切り離して考えることに問題があるのではないかとの、疑義でありその後定義とされたのだと考えられる。

学生達には自信を持って、芸術作品である「燭台」を制作して欲しい。
また、今回の授業時間が終わった後も遅くまで残って制作していた学生や、自宅に持ち帰って夜遅くまで制作していた学生も居たようなので、作品の質は期待できそうである。

これら完成した作品は、5月6日より20日(9時から21時)まで、東海大学芸術工学部(旭川キャンパス)の研究館ギャラリーにて展示されるので、市民の方々も自由にご高覧頂きたい。
また、図書館も平日(9時から18時まで)は閲覧も貸し出しもしているので、自由に利用して頂きたい。
(芸術、デザイン、建築、工芸関係の和書も洋書も道内の図書館の中では充実している。)

私としてはこれらの作品を制作した若者の感覚が、財政危機に直面している旭川市を救ってくれる重要なカギになると考えている。
因みに今年度の建学祭(学園祭)のテーマはKEYである。


2010年04月13日

北海道の未来と芸術の力 芸術と福祉について

今回は3月23日に北海道新聞夕刊の魚眼図に掲載された「芸術の力」の後半部を紹介したい。
筆者は東海大学(札幌校舎)の乾淑子教授である。

 誰の人生にも死にたくなることはいくらもある。その都度何とかやりすごすのが人生だと言うこともできる。そういう人生を描くことで人を「死にたくなくならせる」のは芸術の機能の一つである。それを果たす小檜山氏をはじめとする芸術家は偉大であり、だからこそ芸術文化は必要なのである。
 しかし、偉大な芸術に出会えない事もある。ほんのちょっとしたことで死なずにすごす人と、死んでしまう人の差を何とかするのが、社会のシステム、つまり政治というものではないだろうか。年間3万人の自殺者を数えて十年以上である。

前半の文章では、JR北海道の車内誌に作家の小檜山博氏の二十年近く前の思い出についてが書かれていた。それは、札幌の路上で靴磨きをしていた女性が、小檜山氏自身の本を読んで、「この人の小説が大好きで・・・読むと死にたくなくなるんです」との内容だった。
それに対して乾教授、その女性は小説「地の音」や「雪嵐」は十回以上読んだといい、それを合計すると彼女は何十回も「死にたくなくなった」はずだ、と書いている。

乾教授の文章を読んで、芸術は小説は勿論のこと社会の至るところに眠っているのではないかと考えさせられた。
そう云えば、劇団イナダ組の稲田博氏が「芸術は街の至るところにころがっている。」と何かに書いてた記憶がよみがえって来た。
演劇やスポーツやデザインや建築は勿論のこと、政治の世界にも芸術が眠っているのかも知れない。

また、私の尊敬する本田宗一郎氏は1940年頃に、
 
現代の卓越した技術者は、技術者と同時に秀でた芸術家でなければならない。科学者の知恵と芸術家の感覚とを併せ持たなければならない。
                             と、云っている。

私の立場としては、街の至るところに眠っていたりころがっている芸術があるのだとすると、それらを起こし拾い上げて、多くの人々に開示する使命があるのだと考えている。
特に若者にそれらすべての分野の仕事に、人々を勇気づけ感動させる力があることを根気強く伝えていかなければならないと思っている。

最近読んでいる「芸術と福祉」(藤田治彦)とのタイトルの本に、芸術は全ての人々に与えられたものだとの内容が書かれている。
今後、詳しく内容について書きたい。


2010年04月08日

この国のデフレは終わった! ダイソー(大創)とニッサン(日産)から感じたこと 2

前回の続きを書き込みたい。

>そしてここ1~2年、今までと同じ製品のペンチ等の工具類が200円~400円程度となり、電気製品(時計、ライト等)は200円~600円程度となった。
>今後、日本製の工具類や電気製品が1000円以下になることはなさそうなので、中国製の工具類や電気製品の更なる値上げが考えられる、と言うことである。

上記の内容で、「デフレが終わった!」と勝手に素人が説明した訳だが・・・
3日程前に、旭川にあるニッサン(日産)ディーラーのショールーム前の駐車場で、今までに見たことのない光景に出くわしたのである。

それは、ショールーム出口にスーツ姿の男性と制服姿の女性が10人弱、そこから駐車場出口の公道までに整備士姿の男性が3人程、整列していたのである。
私はそれを見て、ニッサンの幹部役員でも来旭しているのかと、様子を窺っていた。

すると、彼等の整列した中から、一台の新車らしきワンボックスに家族連れらしき人々が乗っており、見送られている状況だった。
私も旭川に来てから新車を4回購入したことがあるが、10人以上の社員が仕事を中断してまで見送る状況になったことはなかった。

私の購入した新車がそれ程高級ではなく、客としても大切に扱われてなかったのかも知れないが、今回の状況には少し驚いた。
ここ4~5年程、新車を購入してないので詳細は分からないが、以前より旭川にあるディーラーの顧客に対する対応が良くなっているのかも知れない。

以前、マツダが経営危機になっていた頃に新車を購入して、花束を貰ったことはあったが、その時の状況とも少し違うようである。
後に市内のディーラーの知人に確認したところ、最近は以前程、新車時購入時の割引もしていないらしいとのことだった。

新車の車両本体価格も徐々に上がっている上に、割引も以前のようにしていないことから考えて、顧客に対するサービスを徹底して信頼を勝ち取るとの目論見なのではないかとも思っている。
そのことが、結果としてデフレを終わらせることになるとも考えられる。

また、100円均ショップの話題に戻すと、今までは不良品も多かったが、現在、10年程前に比べて不良品も減ったようである。
先日、最近では珍しく不良品の電気製品があったのでレジに持っていくと、早急に取り替えてくれると同時に丁重な謝罪まで受けて、此方が恐縮してしまった次第であった。

まだまだ価格が安くなる食べ物(吉野家の牛丼等)もあるだろうが、上記に書き込んだ製品に関してはデフレ状況が終焉を迎え、インフレ状況に向かうのではないかと思っている。

2010年04月05日

この国のデフレは終わった! ダイソーとニッサンから感じたこと

私は経済学者でもなければ経営者でもないので、あまり真剣に読まないで頂ければ幸いである。

私の専門分野は彫刻(造形物制作)と華道(和の心)なので、その観点からデフレが終わったことを説明したい。
100均が全国的に増えだしたのが平成元年頃からで、ダイソーが旭川にも増えてきたのが平成10年頃からだったと記憶している。

ダイソーが増える前の100均の多くは、安かろう悪かろうの商品も多かった。
私自身が彫刻を専門としていたこともあり、製品(商品)のクオリティ(品質、完成度)について厳しい見方をしていたため、当時、100円を払ってまで買いたいと思わなかった。
特にプラスチック製品(バケツ、ゴミ入れ、台所用品等)や電気製品(時計、ライト等)や工具(ペンチ、ヤスリ、ドライバー等)は、ほとんど買うことが無かった。

平成10年頃よりダイソーが増えはじめて、それまでの100均のクオリティが明らかに向上したと感じている。
それらの製品の多くはそれまで同様に中国で作られていたものがほとんどだったが、ダイソーが品質管理を徹底したのか、プラスチック製品等からバリが無くなり、工具類の精度も良くなっていた。

それ以降、ダイソーには度々通って製品を観察することも購入することも増えた。
特に、韓国製の製品が増えることによって中国製の製品のクオリティも一段と向上し、私の観察する時間も増えて、長い時だと4~5時間居ることもあった。

その後、平成17年頃からプラスチック製品に日本製のものが増えてきて、平成20年頃よりバケツやゴミ入れや台所用品の多くが日本製に替わっている。
ダイソーができる前には、それらの日本製のプラスチック製品が1000円以上していたことを考えると、ここ10年で極端なデフレ現象が起こったと考えられる。

そしてここ1年~2年、今までと同じ製品のペンチ等の工具類が200円~400円程度となり、電気製品(時計、ライト等)は200円~600円程度となった。
今後、日本製の工具類や電気製品が1000円以下になることは無さそうなので、中国製の工具類や電気製品の更なる値上げが考えられる、と言うことである。

今日はここまでにして、次回、ニッサンのディーラーで目撃したことを書き込みたい。

2010年04月02日

若林正俊議員の問題と菅原功一前旭川市長の問題

若林正俊元農水相が、青木議員の投票ボタンを押して議員辞職に追い込まれた。
内容は民主主義の根幹を揺るがすようなことなのだが、国民は大して怒ってなさそうなのである。

また、民主党の山岡賢治国対委員長も「学生時代の代返は聞いたことがあるが、・・・・・。」とコメントした。
学生の代返と比べること自体、この国の置かれている状況に対しての危機感の無さを感じる。

この2人は東京大学と慶応大学で何を学んでいたのだろうか?
それと同時に、多くの国民が民主主義に対して鈍感になっているのかと疑いたくもなる。

それに対して、前回に書き込んだ菅原功一前市長の問題を列記してみる。

・沖縄旅行の旅費援助問題
・市内常盤公園千鳥が池浄化事業問題
・アイエスティーサービス指名業者登録の適正有無の問題
・上宮寺敷地内の高齢者向け優良賃貸住宅計画の口利き問題
・9条7丁目・高齢者向け優良賃貸事業の優遇問題
・庁舎移転におけるサンライズビル問題
・神楽拡幅工事の移転補償問題

その他、エコスポーツパーク問題や選挙違反問題もあった。
それらに関して行政関係者と後援会関係者のお2人が亡くなられたことを考えると、リコールを成立させることができなかったことは、今でも遺憾に感じている。

今回、若林議員は国民に直接不利益を与えた訳でないが議員を辞職し、菅原功一前市長は市民に直接不利益を与えていながら、辞職をしなかった。

2つの問題を考えた時、納税者である住人に不信感を抱かせたのは明らかに後者のように感じる。
特に自主的に辞職をしなかったことに対しては、理解をされ難いだろう。
ただ、自主的に辞職をしたから許される問題でもない。

納税者に対しての人気取りばかり考えて行動しているようでは、この国の未来は暗くなるような気がしてならない。
その意味でも、菅原前市長の旭山動物園と科学館(サイパル)に予算をつけたことは高く評価できる。

2010年03月26日

旭山動物園小菅正夫名誉園長と菅原功一前旭川市長

小菅正夫名誉園長、お疲れさまでした。
また、閉園の危機にあった旭山動物園を救って頂き、ありがとうございました。

以前、国際ソロプチミスト旭川若葉の方々から依頼を請け、旭山動物園に兎の形と象の形をしたベンチを製作し搬入した時に、小菅さんが親切に対応して下さったことを思いだします。

その時に園長室で小1時間程、動物園再生の話を楽しく聞かせて頂きました。
話の内容としては、動物園が危機的な状況になる前のことで、現在絵本作家のあべ弘士さん達と一緒になって動物の行動展示について夢見ていたことについてでした。
また、その考えを描いた絵や印刷物等も見せて頂き、感動した記憶があります。

私が旭川に来たのが平成元年ですから、当時の頃の話だと思われます。
当時から毎年、大学の授業(描写等)を動物園でおこなっており、あべさんや他の飼育員の方々が目を輝かせて動物の生態を親切に教えてくれました。
今思えば飼育員の方々の多くが、学生達に行動展示を見せたいとの夢を強く持たれていた現われだったのだと思われます。

しかしながら当時は夢を実現するどころか、動物園の有料入園者数も開園当時の半減で、市からの予算もほとんど付かない状況の中、飼育員は園内の案内板の手直しや塗装等に追われていたようです。
そして平成6年度にエキノコックス問題で一時閉園に追い込まれます。

その年に旭川市長になったのが菅原功一元道議でした。
菅原功一元旭川市長が起こした問題の数々は今後に書き込むとして、この年にこのまま閉園の危機にあった旭山動物園に予算を付けたことが、旭山動物園再生の一歩になったと思われます。

この時の選挙は高原一記元市議や波岸裕光元助役が出馬しており、票が割れた状況の中で旭川市長になった為、議会で動物園を存続させ予算まで付けることは難しかったと思われます。
そんな中、五十嵐広三元市長の助言があったとしても、議会を調整して議員に了解させた手腕は大したものだったとも思っております。

その後、平成9年度から本格的に予算が付き、動物の行動展示を夢見ていた小菅さんを始め飼育員がこども牧場やととりの村を寝る間も惜しんで整備したのは言うまでもありません。
特に平成10年、もうじゅう館で下からヒョウの行動を観察できる状況を整えたことは、特別に予算を使った訳でもないので、彼等の蓄積されたアイデアの賜物だったとも思っております。

今回で小菅さんは勇退されますが、その当時の理念を忘れずに坂東元園長や飼育員の方々に頑張って頂きたいと、願って止みません。

2010年03月24日

河村たかし名古屋市長と北海道開発局のヤミ専従問題

今回は責任者としての対応について考えたいと思います。

先ずは前回に書き込んだ旭川ウェルビーイング・コンソーシアムについて、行政側の代表である旭川市長や上川支庁長と、高等教育機関の代表である旭川医大学長との考え方のズレについてです。

行政側(特に旭川市)としては、高等教育機関としてのコンソーシアムに国から多額の補助金が出ているのだから、それを元にして地域再生の為に商品開発や経済の活性化や高度医療等の魅力あるまちづくりを行なって欲しいと望んでいるようです。

それに対して高等教育機関側(特に旭川医大)としては、それ程の補助金の額でもないし、国に任せてコンソーシアムにまる投げしないで、道や市が金銭的な支援もして欲しいと望んでいるようです。
また、旭川市長がシンポジュウム開始早々に帰ってしまったことと、上川支庁長が議員等を呼ぶべきだとの意見をしたことが、ズレから溝に変えてしまった側面も考えられます。

今回のシンポジュウムで、旭川高専と東海大学の提案は「官と学」両者の立場と状況が理解された上での地域再生へ向けた魅力あるものであったと感じています。
そして今後は「産」から商工会議所の方々に、市民の代表でもある議員の方々にも自主的に参加してもらえる環境を構築することが、溝を埋めることにも繋がると考えています。

そのような状況になれば、西川旭川市長も簡単に帰ることはできなくなるとも思います。(笑い)

前置きが長くなりましたが、本題に入りたいと思います。
議員報酬半減での河村たかし市長の行動と北海道開発局のヤミ専従問題での前原誠司国交大臣の行動に、前記の責任者達の対応とは違うものを感じています。

特に河村たかし市長については、私自身が旭川市長選挙に出馬した時の公約や選挙運動のやり方が似ていますので、他人事でないように思えます。(笑い)

それでは何が一番違うのかと言いますと、河村たかし市長も前原誠司大臣も市民(国民)の今後の不利益にならないように魅力ある生活環境を構築する為であり、決して保身の為の行動では無いと感じるからです。

特に前原大臣の立場でありながら、全国でも労組を通じての民主党への支持割合が最も高い組織のひとつでもある開発局から4119人の処分者を出したと同時に、毅然とした態度で選挙にも関っていたとしたら問題だと、述べているところからも感じます。

それに対して旭川市長もコンソーシアム代表も、旭川市民の置かれている実状を分かっているのか?
また、地域再生を本気になって考えて、魅力ある生活環境を構築する気があるのか?
私としては、彼等の行動に疑問を感じているところです。


前回の書き込みに関して私の数少ない理解者から、
>実際は役不足なので、晋作のように龍馬の引き立て役に回りたいと思っております。(笑い)
「役不足って変だと思いますよ。」とのご指摘を頂きました。

私としては、
(◆文化庁が発表した平成18年度「国語に関する世論調査」では、「彼には役不足の仕事だ」を、本来の意味である「本人の力量に対して役目が軽すぎること」で使う人が40.3パーセント、間違った意味「本人の力量に対して役目が重すぎること」で使う人が50.3パーセントと、逆転した結果が出ている。)

上記の資料を参考にして考えた結果、そのまま残して置きたいと判断いたしました。
相変らず偏差値の低い馬鹿丸出しです。(笑い)

因みに、前回の書き込みの「行きたい」は敢えて「生きたい」にしています。

2010年03月16日

地域再生とこの国の未来

久しぶりの書き込みですが、みなさんお元気だったでしょうか?
私自身はブログが書ける状況になったので、少し回復してるのかも知れませんね。(笑い)

以前の様に、タイトルだけは大袈裟にして見ました。
期待して頂ける方もいらっしゃるかも知れませんが、内容は以前と変わらず大したことありません。

ここ2年間、鬱状態の中でいろいろと考えることができました。
まあ、考え過ぎて鬱になった状況でもありますが・・・
以前より客観的にものごとを捉えることができるようになったのかも知れません。
例えば、死に物狂いでリコール運動した(実際に殺されかけましたが・・・笑い)菅原功一前市長の功罪を誰よりも客観的に述べることができそうなのです。

今後、今まで経験したことや今問題になってることを取り上げて、教育やまちづくりを切り口に、少しづつ書き込んで生きたいと思っております。

今日は早速、旭川ウェルビーイング・コンソーシアムシンポジウムなるものに参加してきました。
簡単に言いますと、大学等の研究機関が協力して地域を活性化するということで、地域再生にとって大切なことでもあります。

今回の話の内容では、旭川高専の土田義之先生の話に興味が持てたことと、上川支庁長と旭川医大学長との話に少しズレがあったことに興味が湧きました。
そのズレとは些細なことなのですが、産学官が本当の意味で一丸となって取り組む為には取り払う必要があると考えております。

詳細は今後少しづつ書き込んでいきたいと思いますが、今の地方再生にはそのズレを取り払う人物が必要かも知れません。
その人物とは幕末の龍馬のような調整役だと思っております。
そのズレを取り払うことが、私にできれば良いのですが・・・
実際は役不足なので、晋作のように龍馬の引き立て役に回りたいと思っております。(笑い)

2009年10月14日

地域(旭川)活性化と試される北海道

ここ数年、地方都市の衰退を止めるための政策が全国的におこなわれているが、この旭川市を始め多くの地方都市で上手くいってない気がする。
今後、国政に於いて政権が交代した状況の中でも、上手くいかないのではないかと考えられる。
それは、旭川市でも3年前に西川市長により民主政権に成ったにも関らず、一向に地域経済衰退に歯止めがかかっていない現状があるからでもある。

私としては今回民主党の支持が強かった関東より北の地域に於いての、今後なお一層の経済状況の悪化を懸念している。
特に北海道に於いては、経済活性化のために今まで多くの補助金に頼っていたことが、地域経済活性化のための足かせに成っているとも考えられる。

今後、本当の意味での試される北海道になってきたと同時に、試される政権与党に成ったのだと思われる。
今回のサンルダム建設に関しても、政権与党は特例として工事を容認しようとしているが、北海道外の国民に支持を得れるのか、また、それを受け入れる高橋はるみ知事がどのような対応を取るのかで、今後の北海道のあり方が決まって行くのだと思われる。

この様な状況の中で、最近特に関心がある自治体や企業や個人を以下に挙げてみる。
矢祭町、横須賀市、ユニクロ、キーエンス、ナガオカケンメイ、OKI

2009年09月17日

民主政権下の八ッ場ダム(やんばダム)とサンルダム

 今回の選挙で民主党が政権をとって、無駄な公共事業を削減する動きが全国的におこっている。
 本日も前原大臣が八ッ場ダム工事の中止に向けて、その地域の行政との補償問題を含めた話し合いをするため、早急に現場に赴くとの情報が流れていた。
 道北のサンルダム工事の今後の対応に向けた話し合いにも、早急に赴いていただきたいものであるが、当分時間を要しそうな感もある。

 私が北海道に来た20年前には、本州に比べて道内の多くの公共事業が不必要に感じた。特にダム工事のほとんどを環境破壊の面からも中止するべきだと思っていた。
 当時、旭川市の上流にできる計画の忠別ダム当初の目的だった利水、発電利用は、旭川市の人口が50万人になるとの予想からのものだったので、実際の人口が35万人の当時、中止するべきだと考えていたが、それほどの反対もなく完成してしまった。

 サンルダムの場合も当初計画された利水、発電、治水の目的は現在必要なくなっており、早急に中止するべきだと誰もが考えそうだが、実際はそうではないようである。
 地元の民主党佐々木代議士の元へは、以下の方々からのダム本体工事の早期着工の陳情がなされているようである。
 
 島多慶志 名寄市長、安斎保 下川町長、山口信夫 美深町長、亀井義昭 中川町長、今泉和司 美深町副町長、小野寺一知 名寄市議会議長、武藤登 下川町議会議長、藤守千代子 美深町議会議長、岡田博昭 音威子府村議会議長、名寄市サンルダムと地域を活かす会 平間勇 代表、サンルダム建設と町の活性化を図る会 夏野俊一 会長、天塩川と共生する会 稲越延嘉 会長 

 これら地域の代表者の多くも、ダム計画当初の目的である利水、発電、治水の必要性を強く感じている訳ではないだろうし、ダムを造ることによっての環境破壊が起こることも理解されているのだと思われる。
 しかし、これらの地域には公共事業の他に財政を支える特別な産業がある訳でもなく、地域の代表者達は国からの開発予算を少しでも減らされないことを願って必死になって行動されているのだろう。

 北海道の市町村の多くは今まで多額の開発予算や補助金等を財源としてまちづくりがおこなわれていた為、各地方自治体が財政を考えた時、地域で生産性のある産業を起こして自主財源によるまちづくりをおこなう必要もあまりなかったと考えられる。
 バブルが崩壊して以降、危機感を持った道内の地方自治体の幾つかは自主財源を確保するために起業化への取り組みをおこなってはいたが、再度補助金等が増える可能性もあると期待していた為か、それが定着するまでには至っていないようである。

 私が考えるに、政権与党の民主党さんには地方自治体の方々が今望んでいる本質を深く理解した上で、本当に無駄だと思われる公共事業を削減する判断を下して欲しい。
 また、私の個人的な要望ではあるが、サンルダムに使える500億円が用意できるのであれば、道北の農作物や海産物を加工して付加価値をつけた商品を開発する予算や地域で起業を目指している方々の支援金として使っていただきたい。

 今現在、早急な対応を取らなければ、道内の地方自治体で生活できる方々が居なくなる可能性もあるのではないかと考えている。

2009年09月15日

鳩山由紀夫総理と東海大学「建学の精神」

 北海道初の総理大臣(鳩山由紀夫)誕生で、この地域の開発予算等は削減される可能性が高く、財政状況の悪化が危惧されると述べてきた。
 実際に今回の政権交代によって、今後の北海道での生活は今まで以上に苦しくなる可能性が高く、地元選出総理の地元への優位性はほとんど無いと思われる。

 北海道にとってあまりメリットはなさそうな総理大臣誕生だが、この国の今後の国づくりとの見地から考えると、期待できる側面もある。
 それは鳩山由紀夫代議士自身の教育機関で学んだ環境が、この国の歴代総理には非常に珍しく理工系だったことである。

 戦後の教育に於いて、この国は理工系の教育を進めることによって多くの技術者を生み出し、世界に通用する多くの製品を生産してきた。
 そのことによって戦後短期間に奇跡的な経済成長を遂げ、世界第2位の経済大国になったのであるが、近年、理工系の教育機関への人気がなくなっていることがとても心配である。

 今後、鳩山総理に期待することは、この国や北海道再生のために理工系の教育を今まで以上に重要視していただくと共に、多くの子供達が技術者になることに誇りを持てる環境を構築していただくことである。

 鳩山由紀夫総理の祖父の鳩山一郎元総理は東海大学創設者松前重義博士との共通点があり、それは1943年に東条英機元総理の国民を犠牲にしての太平洋戦争に反対していたことである。
 また、重義博士は由紀夫総理とも共通点があり、当時としてもめずらしく理工系で学んだ者として代議士になったことである。

 東海大学の教育の理念として「建学の精神」がある。その中に、専門だけにとらわれることなく幅広い視野をもった人材、自ら考えることで次の社会を切り拓くことができる人材の育成を目指している、とある。
 そのことを実践するために、理工系分野の学生には文系分野の学問を学び、文系分野の学生には理工系分野の学問を学ばせる環境を進めてきた。

 今後のこの国の総理大臣に望むことは、理工系の発想と文系の考え方を持ったグローバルな視点でものごとを判断できる指導者である。
 そのことが指導者に深く理解されていれば、あの忌わしい戦争は2度と起こらないだろうし、今後改憲したとしても国内外に理解されるであろう。

2009年09月10日

鳩山由紀夫総理(民主)が旭川に及ぼす影響

今回の民主党の政権公約を実施することにより、旭川市に及ぼす影響を挙げてみる。

・北海道に配分されていた開発予算は減額され、特に道北の公共事業が減るであろう

・自衛隊への予算も削減されるであろうから、第2師団(旭川、名寄、上富良野、留萌)も影響を受けるであろう

・国道をはじめ高速道路のメンテナンス(除雪を含む)が行き届かないだろう

・失業率は10%を超えると共に、有効求人倍率は0.2倍を下回るであろう

・生活保護世帯が1万世帯を上回るであろう

・地元の中小企業の多くが倒産の危機に瀕するだろう

・鬱病患者や自殺者が増えるであろう

・貧富の差が拡大するであろう

・首都圏に比べて教育レベルの格差が今まで以上に拡がるであろう

全国の地方都市の中で一番多く、補助金割合が減る可能性が高いだろう。

2009年09月09日

高橋はるみ知事と鳩山由紀夫新総理の関係

 本日、高橋はるみ知事が鳩山由紀夫代議士と会談するため、東京の民主党本部に出向いた。その中で高橋知事は、北海道の経済がこれ以上衰退しないような政策をお願いした様である。

 今までは自民党の支援のもとに行動できていた知事も、今回の政権交代によって今後の対応が大変になりそうだ。今回の上京でも、北海道に対する開発予算等の補助金を減らして欲しくないとの、切実な願いだったのだろう。

 道民の中には今回、地元選出の総理大臣誕生によって今まで以上の補助金を期待している人々も居るであろうが、私としては今まで以上に補助金を増やすことが困難になると思っている。

 何故ならば高度経済成長の時と違って、今の不景気の状況下では総理大臣の地元が毅然とした態度で見本を示すため、財政の縮小を迫られるだろうからである。そのことを考えると、今後は今までの様に補助金に頼ることができないだろう。

 北海道の今後にとって、本当の意味での「試される大地」がはじまったと思われる。

2009年09月03日

今津寛前代議士と鳩山由紀夫新総理に望むもの

 今回の第45回衆議院選挙にて多くの国民が望んだものは、今後のこの国の安心した未来だと思われた。それはお年寄りの安心できる生活だったり、子供達の安心できる教育だったりするのだろう。
 
 自民党も民主党も福祉・教育の充実をマニュフェストに謳った点では同様だったが、民主党が勝った理由として充実度の割合が多かったことと、新鮮さが挙げられるであろう。
 ただ、民主党が謳っていたことを実現するための財源については、多くの国民が疑問を持っているし、世界の国々の中で最も借金を背負っているこの国の国債を減らさないことについても不安を抱いているであろう。

 また国民の中には、民主党がマニュフェストを実現することができなくとも、或いは実現することにより今まで以上に多くの国民の生活が苦しくなったとしても、次の選挙で自民党を含めた他の政党が今までの甘え体質を払拭してくれ、立ち直ってくれるとの期待感もあるだろう。
 このことが今後、二大政党として切磋琢磨することにもなるのだろうが、、、

 私の本心としては、現在この国に於いて民主党に試して貰う時間など無いと考えている。
 今となっては小沢一郎代議士が提案していた大連立をした方が、次の選挙までの国民生活が安心できるものとなったのではないだろうかと感じている。

 今回の選挙では近未来の安心した生活を望んでいる方々も多かったと思われるが、この国の孫・子の時代の安心した未来を期待した方々も多かったと思われる。
 この国で50年後も100年後も安心した生活が営まれていることに期待して、代議士や政党を選んだ国民も多かったのだと考えている。

 私としては、今回落選されたがこの地域とこの国の安心した未来を考えておられる今津寛前代議士と、北海道初の総理大臣になられる鳩山由紀夫代議士に期待したい。
 それは、この地域に住んでいる方々が本気になって国づくりに参加できる環境を整えていただくことと、国民の将来を先導する立場の方々が身銭を切ってでも国民の為に働いていただくことである。

2009年08月30日

あと数時間で北海道初の総理大臣(鳩山由紀夫)誕生

本日投開票の第45回衆議院議員選挙の大勢が決まるまで、あと数時間だろう。
今回の選挙では民主党が全議席の過半数を取ることが間違いないと考えられるので、あと数時間で鳩山由紀夫総理大臣誕生となるだろう。
今後、北海道選挙区初の総理大臣誕生となることが、この北海道にどのような影響を与えるのだろうか?

高度経済成長期のことであれば、総理大臣が誕生した地域の公共事業等は積極的におこなわれていたのであろうが、、、
現状で考えるとそれとは逆に、総理大臣の地盤こそが規範を示し公共事業等の開発予算を削減させる状況に追い込まれる可能性が充分考えられる。
この北海道でここ数年、開発予算が横這いから少しだけ増えている状況で経済が何とか成り立っていたのだが、今後の新政権の下では成り立たなくなり、失業率も10%を超える可能性すら出てくるだろう。

また、官僚等の天下りをなくして第3セクター等の機関を削減し、税金の無駄遣いをなくして子供手当て等の予算を生み出すとの民主党の政策に、反対ではないが、、、
このことが北海道でおこなわれたら、開発局をはじめ地方自治体や第3セクター等の公的機関への交付金に依存していた地域としては死活問題であろう。
それと同時に公務員の給与が大幅に削減されれば(連合支援の民主党にとってはとても難しいことだと考えられるが、、、)、本州と北海道の財政格差は今まで以上に拡がり財政危機に陥るであろう。

今回の変革で主として気掛りなのは財政危機を含めたこの地域の存続問題であるが、私としては教育に関しての今後この地域のあり方にも危惧している。
特に民主党を支援している日教組や北教組が反対している国旗掲揚問題について、今後掘り下げて考えるべきだと考えている。

2009年08月27日

国民審査で櫻井龍子裁判官は必要?

今回の国民審査(最高裁判所裁判官 国民審査)で櫻井龍子裁判官(静岡県御殿場市の少女集団暴行未遂事件で元少年4人を実刑とした決定で裁判長09年4月)は今後必要だと思われないのですが、、、
皆さんは如何お考えですか?

今までの国民審査に於いて罷免された裁判官は一人もいなかった様ですが、これからは今までの裁判にかかわった内容をインターネット等で詳しく開示することにより、罷免される場合があるかも知れません。
また、審査する方法を変えて、罷免したい裁判官に×をつけるやり方から今後も必要だと思われる裁判官に○をつけるやり方にしたら、今までよりも真剣に審査されると同時に罷免される方も増えるでしょう。

今回審査対象になっていない最高裁判所裁判官の方々も含めて15人全員の方々が60歳を超えている現状や、女性が1人しか含まれていないことを考えると、少し偏った方々で構成されていると感じる。
今後は裁判員制度を多くの国民に理解できる制度にすると同時に、最高裁判所裁判官の人選や構成も多くの国民に理解できるようになることを望んでいる。

8月30日の国民審査にて裁判官を審査することはとても難しいことだが、よくわからないからと言って×を書かないで記入用紙を提出すれば信任したことになるだろう。だからと言って全ての方々に×をするのもいい加減なのではないでしょうか。
その場合、記入用紙を受け取らずに棄権することも考えられるかも知れません。

2009年07月18日

卒業研究1発表会

 久しぶりの書き込みをお許しください。
 前回に書き込んだのが2月なので、あれから5ヶ月もの間、書き込むことができませんでした。
 今後は体調の許す限り書き込みたいと思いますので、よろしくお願い致します。

 今回書き込む内容は、前回の東京藝術大学の卒業制作展とも関係しており、東海大学旭川校舎のくらしデザイン学科卒業研究1発表会の様子です。
 この発表会は、最終年度の春セメスターの研究成果を公開するもので、対象学生が教員の前にて一人一人研究内容を説明します。

 今回の発表会ではほとんどの学生が無難に発表しておりましたが、私としては少し物足りないものを感じました。それは、それぞれの研究内容に必然性が感じられなかったことによるのかも知れません。
 そこで必然性が感じられなかった理由を私なりに想像すると、学生達にとって大学生活の集大成でもある卒業研究に対する思い入れが、以前に比べて失われているのではないかと思われたのです。

 本当に学生達は各自が表現したいことを発表できているのか?

 学生達の自己表現したい内容が何らかのかたちで変えられてしまったら、彼等の卒業研究に対する思い入れが失われてしまう場合もあると思われます。
 また、表現しようとして踏み出した時、それを表現する技術が伴わなかったら、挫折する場合があるかも知れません。

 今回の発表会で感じたことは、学生達にもっと自信を持って研究発表をしてもらうため、何か少しでも好きなことを見つけてもらいそれに対して一生懸命になることと、少しでも興味を抱けるものを大切にしてもらいたいことです。

 また、指導者としての立場としては、必要以上にデザイン教育という枠に囚われないで、学生達個々の魅力や能力を引き出せるような柔軟な教育をしていく必要があると感じられました。

2009年02月25日

東京藝術大学の卒業制作展を鑑賞して

何年振りかで、東京藝大の卒業・修了作品を見てきた。
展示場所は東京都美術館と藝大美術館と校内のアトリエを展示場にした、以前に比べて大規模なものになっていた。

一人一人の作品のスケールも以前より大きいものになっており、それもあってか展示箇所が作品に合わせて増えていたのだろう。
それぞれの作品の完成度も高く、特に大学院の修了制作作品は見ごたえのある展示だった。

私が勤めている東海大学芸術工学部の卒業作品展もこの時期におこなってるのだが、それぞれの作品にまとまりはあるのだが、藝大の作品と比べるとやはり見劣りする。
それは多分アイデアやインスピレーションの違いではなく、作品を完成させる時のスケール感の違いから見劣りしてしまっているのだろう。

また、藝大の作品展の中には作家が作品と一体となって展示されている(会期中作家も作品の一部となり展示される)斬新な展示があったのに対して、東海大学の展示には目を引く作品が少なかった様に思う。

今回は六本木の国立新美術館にておこなわれていた東京五美術大学(女子美・造形大・日大芸術・多摩美・武蔵美)連合卒業・修了制作展も鑑賞してきた。
何れの大学の作品も藝大の卒業作品に比べると少し見劣りしたが、作品のスケール感も大きく完成度も高いものとなっていた。

今回の展示を鑑賞して思ったことは、今後、東海大学芸術工学部の卒業生が五美術大学の卒業生達と肩を並べて仕事ができるように、もう少しスケール感を大きく持った卒業制作作品を完成させて欲しいものである。

2009年02月16日

旭山動物園成功の理由と旭川市の未来

旭山動物園については多くの専門家や論説者が多くの本を出されているので、今更私が細かく説明する必要は無いであろう。

旭山動物園が成功した本当の理由は?
最近、本に書かれてることや話されてる内容以外の基本的な理由があったのでは無いかと思っている。

・今から十数年前に入場者減少から閉園の危機だったのを菅原功一前市長が予算をつけた
・エキノコックスの感染による一時的な閉園を乗り越えた
・冬季間が開園されるようになり入場者の減少を回復させた

上記のようなことが成功の事例として挙げられてるが、何か他に抜本的な解決に繋がることがあったのではないかということである。

当然、行政機関が予算をつけなければペンギン館のような施設ができなかったであろう。

ここで大切なのは予算を如何に有効に使うかだと考えられる。
私はこのことが一番上手くいった理由なのではないかと思っている。

猛獣館建設の時、チーターを下からお客さんに観察して頂きたいと、金網を一部オーバーハングさせて上空2.5m程のところでチーターが昼ねできる状況に考えたのは、飼育員を始めとした職員の方々であった。

このことが多くの動物園が予算がついたら施設の建設を業者に任せるのとは、一味も二味も違ってお客さんにも動物にも魅力的な空間になったのではないだろうか。

冬場の開園もペンギンの散歩等のアイデアがあったからだろう。

今の旭川市も十数年前の旭山動物園同様に危機的状況である。
旭山の本当の成功例が行政に理解できれば、旭川市の再生も不可能ではないであろう。

2009年02月12日

丸井今井と西武閉店の危機

旭川に来た当初、丸井今井は東京にある丸井デパートと系列関係にあるんだと思っていた。
ただ、東京の丸井を「丸井さん」と呼ぶ人はいなかったが、旭川では住人の多くが「丸井さん」と呼んでいたので、少し疑問に思っていた。
数年後にわかったことは、丸井今井と東京の丸井は繋がりがなかったこと、この地域の住人にとって丸井今井さんは大切な存在だと言うことだった。

それに対して、西武のことを「西武さん」と呼ぶ住人が皆無に近いことから、この地域における丸井今井と西武の評価のされ方が違うこともわかった。

今回、この地域において住民の方々から評価のされ方が少し違う2つのデパートが、くしくも同時期に閉店する可能性があることを住人に伝えてきた。

それを聞いた地元商店街も旭川市もかなりの危機感を抱いており、急遽2店舗存続の署名を集めたり、2店舗で商品を買うことのキャンペーンをおこなっている。
しかし、一度中心街から去ったお客様を呼び戻すのは至難の業であろう。

週末、イオンの駐車場一杯に車が止まってる光景を見るに、消費者のライフスタイルが変わった今、これまでのように市中心街にお客様を呼び込むことが難しいのだろう。
中心街の駐車場を使いやすくするために、今まで3000円以上買ったら駐車券を貰えたのを、1000円以上買って貰えるようにする打開案も、時既に遅く感じる。

旭川駅のある中心街から2つのデパートが無くなれば、今までより人通りが少なくなり寂れた商店街になるのは目に見えている。
何とか存続させたい地元商店街や地元住人の方々の気持ちはわかるが、今のままで無理に存続させても、両店舗の赤字は増大してしまう可能性が高いだろう。

近い内に旭川駅も高架化され新しく生まれ変わる現在、中心部に旭山動物園のような集客力のある施設はできないものだろうか。

2009年02月02日

健康の郷大雪フェア

先だってのブログで、地場産品の魅力を道外や国外に発信しなければこの地域の経済は再生しないだろうと書き込んだばかりだが・・・。
世の中には同様なことを考えている人は多いようで、2月7日から11日まで旭川空港1Fギャラリーにて地場産品の展示即売会がおこなわれるようである。

少し気になる点は出展される11店舗の内、東川から5店舗の出店に対して旭川市からが4店舗の出店に留まっていることである。
冬まつりの期間中に空港の1F展示場に商品を展示することが、対外的にどれほどのPR効果があるか等を旭川市内の業者は理解しているのであろうか?

逆に東川町から出店のPOIREヽ月庵・平田とうふ店・お米のパン屋さんメルヘン・ファームウイング北海道・越智さんの5店舗は圏域の魅力を広めると同時に、東川ブランドを高めることになるだろう。

また昨今、輸入農作物が見直される中、生産者みずからが消費者と対峙しながらの商品の販売に真心をこめてあたる状況に、食の安全・安心が自ずと見えてくるだろう。

今回、旭川市内からの出店数が少ないのは残念であるが、東川町のような町が積極的に参加して圏域の魅力を広め高めていただければ幸いである。

このイベントを中心となっておこなっているのが、旭川市総合政策部まちづくり推進課だと言うことで、市内の企業にも今後の自主的な参加を呼びかけていただきたい。

2009年01月29日

有効求人倍率0.37の旭川の経済状況

今日の道新一面は丸井今井が民事再生を申請したとの内容だった。
特に札幌本店以外の旭川を含む店舗は今後閉鎖される可能性もある状況だとのことである。

昨今の道内経済状況を考えた時、昨年12月の有効求人倍率が0.41倍になっており、全国的に見ても最低レベルの倍率になっている。
特に旭川での有効求人倍率は0.37倍と全道平均をも下回っている。

その様な状況下、丸井今井旭川店舗が閉鎖されるようなことになれば更にこの地域の経済状況が悪化することは明白であろう。

この街を立て直す手立ては、今までと同じように土木・建築を中心とした仕事を国(開発)から貰うだけではだめであろう。
この地域での経済を立て直すには、地域の特色ある産物を生かすことだと考えられる。
その産物とは農作物はもとより、家具等の製作物も含まれると思われる。

また、良質な牛乳や卵を使ったお菓子の製造等も重要な仕事だと考えられる。

今後、地域の特産物に付加価値をつけて、道外・国外を顧客とした仕事をしなくてはこの地域の経済の再生は訪れることがないと考えている。

2009年01月21日

オバマ大統領就任式と旭川の経済

アメリカ合衆国初めての黒人大統領就任式が20日(日本時間21日午前2時頃)おこなわれた。
就任式のおこなわれたワシントンには200万人もの聴衆が訪れ、アメリカ合衆国国民の関心の高さをうかがわせた。

就任式の演説では、国民一人一人が行動することによって国が再生されるとの内容も含まれており、ケネディ大統領の演説を彷彿させる部分もあった。
特に経済を再生させるためには個々の努力が大切であるとの内容でもあったことが、他力本願による国づくりから自力による再生を強く印象づけた。

また、ブッシュ大統領の政策とは違い、武力に頼るのではなく対話路線にて外交をおこなう平和主義に基づくものであることも重要なものであり、そのことに多くの国民に限らず世界の人々からの期待が寄せられている。

旭川の財政状況を考えた時、アメリカ以上に先どまり感があり、首長でもある西川市長にはオバマ大統領以上に期待する所であるが、まだまだ他力本願なのであろうか・・。

ところで、オバマ大統領と私とは同期の年代なこともあり、共感できることが数多くある。
この国では民主党の前原衆議院議員が同年代なことを考えると、この国でももう少し若い年代の人々が指導者になるべきだとも感じる。

2009年01月15日

渡辺喜美氏の自民党離党が与える影響力

渡辺喜美・元行政改革相が13日に自民党を離党したようであるが、二日経った現在、国政に与えた影響力がそれ程のものではなかったと思われる。
現在、渡辺氏が自民を離党しても衆議院議員480名の内の303名が自民党議員の勢力だと考えると、焼け石に水程度の影響力だったのかも知れない。

そうだとすると、その状況下で渡辺氏が取った行動は無意味なものだったのであろうか・・・。

確かに、今後予定されている地方自治体の首長などとの政策グループを結成するのだとしても、マスコミが今回の離党ほど騒ぎたてることはなさそうである。
また、安易に地方自治体の首長達も同調できない背景もあるだろう。

その上、渡辺氏自身も離党する前に、「今回の私の行動が自民党関係者からは理解され難いだろう。」と語っている。
現に自民党の旧友からも今回の行動を強く非難されており、「次の選挙を自民党では勝てないから、今から逃げ出したのであり、裏切り行為である。」とまで言われていた。

私としては今回の行動が与えた影響力が、今後波及しなくとも無意味だったと考えていない。
それは、少なくとも多くの自民党関係者に理解されない行動を取ったことと、多数の国民が今回の離党を支持していることを考えると、意味を持つと考えられるからである。

2009年01月05日

永田元議員自殺と実直さ

新年早々から元衆議院議員の永田寿康氏(39)が自殺された、とのニュースが流されていた。
昨年末に飯島愛さんがお亡くなりになったと同様に私にとって辛い悲報であると同時に、とても考えさせられる出来事である。

お亡くなりになった永田氏が議員を辞職しなければならなくなった経緯は、ライブドアに関連した偽メール問題が原因だったと記憶している。
私としてはこの偽メールに騙されてしまった理由として、議員本人が実直すぎた為だったと考えている。

何に対しても素直に疑わずに生活できる安心・安全な国であれば、実直すぎる純粋な人々が騙されることもないのであろう。
しかし、この国に限らず多くの先進国では正直者が騙される実態があるようである。

私もどちらかと言えば実直で、他者を信じやすい傾向にある。
その意味でも今回、永田氏が自殺に追い込まれた背景が少し理解できると同時に、他者を安易に信用するのではなく、細心の注意を払って行動に移すべきだと感じている。

故・永田寿康元衆議院議員のご冥福をお祈りする。

2008年12月26日

飯島愛さんの死とこの街の経済

飯島愛さんがお亡くなりになった。
まだ36歳という若さでの悲報であり、誠に残念に思っている。

私は以前より彼女のテレビ番組等での発言に好感を持つと同時に、発言内容から知的な方なのだと思っていた。
また、ここ1年以上芸能活動を中止され、テレビで彼女の発言が聞けなかったことを残念に思っていた一人でもある。

彼女の死因が自殺なのか病死なのか、少し気になることではあるが、彼女がここ数年で取り組んでいたエイズ撲滅運動や若者への生への投げかけは意味あることだったと感じている。
そのこともあり、自殺でないことを願うのだが・・・

彼女は元々AVの女優さんだったようであり、芸能界の中でも辛い立場にあったのかも知れない。
だからこそ多くの人々の辛い立場を認識して、鋭いコメントを述べることができたのだろう。

性別の違いこそあれ、彼女がやろうとしていたことと、私がやろうとしてることとは近い気がする。
差別なく生きていける社会を早急に構築するべきなのに、未だ差別や偏見は減ることもない。

飯島愛さんのご冥福をお祈り申し上げる。

2008年12月22日

北見市長選挙は小谷毎彦氏で決まったが・・・

今回、神田孝次市長の提出した市庁舎移転案議案が市議会で否決され、市長を辞職したのに伴う出直し選挙にて、民主と新党大地が支援した小谷毎彦氏が新市長となり一部マスコミでは釧路市長選挙につぎ前哨戦2連勝と見出しに書いていた。

ガス漏れ事故や断水事故の時に多くの市民に迷惑をかけた前神田市長が、再選挙で民意を問うて本当に当選を信じていたかと考えてみると、そのこと自体に読み違いがあったかのように思う。
またそう考えると、小谷氏を支援した民主も新党大地も勝って当然だったので、それほどマスコミが民主支援で勝ったことを取り上げる必要もないと思うのだが。

私はアメリカのように2大制党が入れ替わり政権を取る政治のあり方を認めている。
それは今回、特にオバマ大統領に決まってからのことであり、対立候補を重要幹部ポストに据え、政権野党からも幹部を指名したり、マイノリティからも多くの幹部を指名できる強さがあったらである。

それに比べて、この国では未だに勝てば官軍、負ければ賊軍的な状況に満ち溢れている。
今でこそあまり使われなくなったが、勝ち組・負け組のような差別にも近い言葉が(未だに私はこの言葉が嫌いである)平然と使われていたのである。

経済不況が多くの失業者を生み出している北海道で、勝ちも負けもなく多くの人々が助け合って街の再生や復興を考える時である。
特に北見市や旭川市にはそのことが強く思われる時なのだが・・・

今回の選挙で勝った方々も負けた方々も考え方に違いがさほどなかったのなら、神田前市長を副市長に指名して、一丸となった街の再生ができないのであろうか?

私が前回の旭川市長選挙にて市長になっていたら、西川さんも加藤さんも安住さんも荻生さんも幹部に指名することを考えていたのだが、夢のような考え方の甘い話であることは重々承知である。

2008年12月15日

北見市長選挙と北海道経済状況

今回の北見市長選挙に、ここ数年でライフラインが寸断されたことで有名になった神田前市長が出馬しているようである。

私としてよく分からないのは、市民の安心・安全を守るはずの市長がガス漏れ事故や断水事故のときにトラブルを悪化させた疑いがあるにもかかわらず、今回何を守るために出馬しているのかと言うことである。

その上、他に出馬している方が市民の安心・安全を守ることを強く抱いているのかと言うと、そうでもなさそうなのである。

それでは彼等は何のために選挙に出て市民の代表になろうとしているのであろうか?

私としてこの現状を見ていると、これだけ道内各地の経済状況が悪化しても、地方都市では未だに利権・談合を中心に行政活動が平然とおこなわれているのではないかと思わざるを得ない。

彼等が支援団体の利益や保身のために市長の権利を得ようとしているのなら、経済状況は益々悪化すると同時に、ライフラインを守ることすらできないであろう。

私の住んでる旭川でも膨大な借金を抱えておることを考えると、北見市の経済状況の悪化が対岸の火事ではないのである。

このまま支援団体や身内の利益ばかりを考えて市長を選んでいたら、北見市も夕張市と同じ道をたどる事になるであろう。

西川旭川市長には北見市のような無利益な市長選挙を回避して、市民の利益を守り安心・安全なまちづくりに専念していただきたい。

2008年12月10日

旭川市議会議員に望むこと

ニュースで流れていたが、この冬のボーナスを総理大臣は500万円以上もらえるそうである。(実際は任期が足りないので400万円程度になるそうだが・・・)
この時期、総理に限らず全国で国会議員をはじめとした多くの議員にボーナスは支払われている。

旭川市議会議員にも一人120万円ほどのボーナスが支払われている訳であるが、その金額が果たして適切なのであろうか?

今回、選挙の時に公的な補助金でポスター印刷代や選挙カーの燃料費等を湯水のように使っていた当選者の方々には、今一度公僕としての自覚を持ってボーナスを受け取って頂きたいものである。

私としては選挙に限らず、血税を無駄遣いしていると考えられる多くの旭川市議会議員議員に120万円の金額は高すぎると感じている。

ただ36人の市議の内、少人数ではあるが労働の対価に見合った仕事をなされている市議の方々も居ることを考えると、安易にボーナスを下げることは難しいとも言える。

旭川市議会議員をはじめ多くの議員の方々に望むのは、血税の無駄遣いを極力避けて労働の対価に見合った仕事をして欲しいのである。
そうしてくれれば、ボーナスをもらい過ぎているとの不満の声も減るだろう。

2008年12月04日

久しぶりに大学に来ている

9月末にブログを書き込んでから、体調は優れず早や3ヶ月近が経とうとしている。

この間、住民訴訟の裁判も私自身の体調の悪さが主な原因で取り下げざるを得なくなったり、大学での授業も他の先生にお願いして2ヶ月近く休職している状況である。

今日は卒業研究作品の展示が今日から学内でおこなわれているので、久しぶりに大学に作品観賞目的で来ているのである。

現在授業を受け持っていないこともあり、学生達の作品を鑑賞して少し安心している。
それら多くの作品の完成度がそれ程高いとはいえないものの、作品一つ一つに彼等の4年間の積み重ねを見ることができたからである。

彼等には就職して社会に出てからも、あまり無理をしないで頑張って欲しい。

私自身がここ数年無理をし過ぎたことにより現在のような体調になってしまったことを考えると、学生達にはあまり無理をしないでもらいたいのである。

来週辺りから少しづつ仕事に復帰できれば幸いだと思っている。

2008年09月30日

目立たない河村建夫官房長官

体調は未だ優れず通院の日々が続いている。
ま、以前より少し睡眠が取れるようになったことは救われている。

しかしながら、法廷での不愉快なやり取りを思い出すと未だに症状は悪化して、悪夢にうなされる。
今はなるべく住民訴訟のことを考えないのが懸命な様だ。

ところで、子供の頃よりお世話になっていた河村建夫代議士が官房長官に就任された。
政治家と言うより、気の優しい町工場の社長さんの雰囲気なので、官房長官になられてもほとんど目立たないのである。
私はそのことを少し嬉しく思っている。

今までに官房長官になった人々からは傲慢さが伺えたので、返って新鮮味があり、信頼できそうに思えるのである。
特に彼が文科大臣だった時の政策が良かった。
それはその後文科大臣になって直ぐにお辞めになった問題の中山大臣との政策とは、一線を隔するものだったからである。

河村官房長官には麻生総理のもとで、教育に力を入れた国策を是非共考えていただきたいものである。
その為にも、必要以上に目立たずに教育改革を遂行して頂きたい。

2008年09月19日

北見で高校生が大麻を吸う時代なのか・・

ここ数日の体調も良くはない。
飲んでいる薬の副作用なのだろうが、体がだるく何もしたくない状況が続いている。

最近はテレビも新聞もほとんど見ないので情報に疎いのだが、外国米の不正流用や角界での大麻吸引事件等はあまりにも稚拙な犯罪だと思われる。
周りがやってるから少しぐらいの法律違反は許されると思っているのか、見つからなければいいと思ってるのか、あまりにも身勝手な犯行だ。

数日前、北見市でも高校生が大麻を取ってきて乾燥させて吸っていたと言う事件が報道されていたが、この国の大人も子供も法律に対する倫理観はどこに行ってしまたのだろうか。
この国の大人達がオランダの様に国民が合意の上、大麻の吸引が認められてる国とは違うことをもっと深く認識するべきである。

話は少しそれるが、日本で初めて車道を歩行者専用道路にしたのがこの街の平和通り買物公園だったと思われる。
この街には地域の人々が話し合い実践して、法律まで変えて全国的にも高く評価された歩行者専用道路をつくった実績があるのである。
そのような経緯があるのにルールを守らない自転車の乗り入れ者を黙認した挙句、現在の様に道交法も改正されて乗り入れ者を検挙できるにも関らず、注意すらできない状況である。

地元あさひかわ新聞の編集長が自転車乗り入れを容認する法律にしたらって言っていたが、それはあまりにも安易なことでないだろうか・・・
この国で大麻を容認するよりかは安易にできることだろうが、事の重要性は似たものがあると思われるからである。


2008年09月10日

おもしろきこともなき世をおもしろく

7月の法廷にて起こった事件から、未だに体調が回復していない。
薬によって以前よりは寝れるようになったのだが、考え落ち込む日々が続いている。

「おもしろきこともなき世をおもしろく」と歌った高杉晋作の思いは、今の世の中にこそ必要なことだと思われる。
法廷での不条理な出来事や社会での不道徳な行動が黙認されてしまった時、世の中は乱れてしまい、混濁の渦の中に巻き込まれてしまうことだろう。
そのような時にこそ、「間違ってることは間違ってると」言える世の中でなければ面白くないのだろう。

しかしながら、私も含めて、「間違ってることは間違ってると」言える人々が少なくなりつつあり、その人々の多くが疲れている実態もあるだろう。
また、晋作の時代よりもその方々の年齢が高くなり過ぎたことも、弱体化の原因であるかも知れないが・・・

私自身、精神的に疲れてる中で強い口調で発言できる状況ではなので、少しの安らげる時間を確保して、「面白きこともなき世を面白く」に少しでも貢献できれば幸いだと感じている。

2008年08月31日

ユーザ車検の奨めと美唄市旧車の集い

 最近はあまり外出することがなくなっていたのだが、今日は北海道イスズ117クーペクラブの関係者のイベントで美唄の農道空港を使った旧車の集いがあったこともあり、久しぶりに朝早くより参加させて頂いた。
 4~5年前に参加した時よりも参加者は少なかったように感じたが、アットホームな雰囲気で親近感のあるイベントだった。
 
 内容は数十年前の旧車が中心となり、数百メーターの農道空港の滑走路を一直線に突っ走るもので、スピードや美しさを競うものではないし賞もないのである。
 それにも関らず農道空港の直線を走らせる訳でもなく、ただ磨き上げた旧車を芝生の上に展示して、秋の訪れを感じさせる夏の終わりの休日をのんびり食事をして過ごしてる人々の多いことが、面白く感じられるイベントなのである。

 私は旧車で行った訳ではなかったので、午前中の走行会を見学して昼過ぎには引き上げたのだが、多くの参加者達は午後からの走行会に参加したり見学して家路についたのであろう。
 きっと午後からも農道空港の滑走路を走らせることもなく、日長い最後の夏の休日を満喫された方々も多かったのであると思われる。

 参加者の多くは団塊世代の方々から私達の年代の方々である。
 高度経済成長真っ只中で勉強し働いてこられた方達にとって、多くの旧車達は我が子のように、或いは我がことのように大切なものなのかも知れない。
 女性の参加人数は少なかったが、彼女達はそんな子供っぽいロマンを求める少年のようなおじさん達の数少ない理解者だったのかも知れない。
 また、彼等の多くは彼等自身で愛車をある程度整備できる能力を持ち合わせている特徴もある。

 話は少し変わるが、私も20数年間自分の愛車は自分で整備して車検を取っている。
 先日も車検を取りに旭川陸運支局に行ったら、50歳代の女性がユーザー車検を取りに来られていた。
 私も毎年のように車検を取りに行ってるが、年配者の女性ユーザーが自ら車検を取る手続きをされているのを初めて見た気がする。
 それを見て今後は今まで以上に車検等も他人にお金を払って任せるのではなく、自分でできることは自分でやる必要性が出てきたのかも知れないと感じた。

 因みに、ユーザー車検の印紙代は1700円+書類30円の1730円で終わってしまうのである。(自賠責保険や重量税と自動車税は除く)
 機械に興味のある方や節約に興味のある方は是非共、ユーザー車検に挑戦してみては如何だろうか・・・。

2008年08月28日

杉村太蔵議員の秘書が自殺未遂と民主党離党者

今の自分にとって、杉村太蔵議員の秘書の自殺未遂の意味が分かる気がする。
また、小沢民主党党首から支援を受けていた姫井議員をはじめ複数人の民主党議員が離党した理由も少し理解できる。

それらが理解できたことで、今の私に何か特別なことが出来る訳でもない。
今の私が彼等にアドバイスできる立場でもないし、アドバイスを求められている訳でもない。
ただ、彼等の置かれている立場や行動が分かる気がするだけである。

話は変わるが、プリズンブレイクの話の中でカウンセラーが、「世の中には先の世界が見える人がおり、彼等の中でIQが高い人々を天才という。」と言っていた。
私はどちらかと言うと世の中の先が見える方ではあるが、IQはそれ程高くないので凡才なのであろう。

世の中の先は見えているが、何も行動できない状況に置かれた時に多くの人々は悩み苦しむことだろう。
特に他人のことを思いやれる人ほど苦しみは深いと考えられるが・・・。

上記の人々が世の中の先が見えている人々なのかどうかは分からないが、少なくとも彼等が自分のことだけで悩み苦しんでいる訳では決してないだろう。
特に太蔵議員の秘書はそうであろう。
彼が無事であることを願っている。

2008年08月17日

「国籍法から婚姻要件を除外へ」について

 私の稚拙な文面のブログを御覧の皆様
 長い期間ブログの更新ができずにご心配をお掛け致しました。
 現在も裁判所で受けた精神的なダメージは残っておりますが、そのダメージを払拭する為にも身近な話題を書き込み、コンクリート化してしまった行政体質を変革させたいと思っています。

 そもそも、この国でコンクリート化してしまってるのは、行政だけでなく司法や教育の世界でも似たようなもんであろう。
 今回のことではっきりしたことは、裁判官も議員も教授も人の子で神の子ではないので、不正なことをすることもあれば間違った判断を下すこともあると言うことである。
 全く当たり前のことのように思われるが、多くの国民は私も含めて裁判官が間違った判断をする筈はないと思っていたのではないだろうか・・・。
 それは多分、東京大学等の公立大学や有名私立大学等を卒業した上、司法試験にも受かった秀才や天才ばかりだから間違った判断を下すことはないであろうとの思いもあっただろう。
 また、国が裁判官が不正なことをしないように、彼等の生活を安定させる為に高給を保証すると共に、間違った判断をしたとしても罪に問われることはほとんどなかったのである。

 そんな中で、今回国会で戦後はじめて「国籍法から婚姻要件を除外へ」する為に憲法が改正されようとしている。
 そもそも、諸外国のほとんどでは生れてきた赤ちゃんの片方の親の国籍を選ぶことができているのに、この国では生れる前に婚姻しているか認知していなければ、この国の血が入ってたとしても日本国籍が認められなかったのである。
 そのことが、違憲だとの最高裁の判断が下された訳で、それまでの多くの裁判官は戦後60年間も判断を誤っていたと考えることもできる。

 その他にも、諸外国のほとんどで統治下にあった国々の人々が統治していた国に住んでいる場合、統治国の国籍を有していなくても参政権があるのだが、この国では戦後60年以上それを認めていない。 
 それどころか、統治されてる国に帰化しなければ公的機関での管理職にもなることができないのである。
 そのことが違憲だとされるのにあと数年が必要だと思われる。
 
 私としては最高裁で違憲判決される前に、議員の方々が統治国に住みながら帰化されていない方々の参政権を認めるべきだと考える。
 特に地方自治体の参政権を早急に認めるべきだと考えている。
 そのことによりアイヌも在日も和人も分け隔てなく協力して地域経済再生の為に、力を合わせて真の共生社会が構築されるものと考えている。

 余談ではあるが、議員に関して言うと旭川市議福居秀雄議員に関して、市民が起こした民事裁判にて慰謝料として30万円の支払い命令が出たようである。
 民事事件にて市民に迷惑を掛けて慰謝料の支払いを命じられたことは、刑事事件においての罰金刑に相当するとも考えられるので、自ら辞職するべきだとも思われる。
 裁判官もそうだが、議員は自ら法律をつくる立場から考えて、民事にしろ刑事事件にしろ罰金刑以上の判決を受けた場合に辞職するのが当然だと考えているのは私だけではないであろう。

2008年06月26日

短大生落書きと旭川地方裁判官の倫理観の欠如

 最近あまりにも忙しかったことと、精神的な抑圧のためコメントの書き込みができなかったことに、少しだらしなさを感じております。

 今回もまた、岐阜県山県市議のてらまちさんのブログに書き込ませていただいたことを、載せさせて頂きます。

 今回の件、私も芸術家の端くれとして誠に残念に思っております。
 2~3年前芸大卒の絵描きがイタリアの画家の作品をコピーし、芸術作品として発表して問題になった件に関しても、文科省がその方の作品を評価していた国ですから、子供達が藝術とは表現とはオリジナルとは何かを知らなくても仕方のないことかも知れません。
 また、10年程前に大昭和白老製紙の会長がゴッホのひまわりの絵を数十億円で買って、世界のマスコミに今後どのようにしますかと聞かれて、「私が死んだ時に棺桶に入れて燃やします。」とコメントした経営者がいる国です。
 私も大学で藝術論の講義を持っておりますが、今回のように文化遺産を藝術作品を落書きにすることによって冒涜するような学生を育てることのないように、日夜考えております。
 私は他人のことを思いやれる中での個の表現こそ藝術作品になるものだと思っておりますので、他者の表現に勝手に泥を塗るようなことをしてはならぬと思っております。

 ところで、昨日から3つめの住民訴訟裁判(選挙燃料費)が始まりました。
 今回の裁判長は法廷で口頭弁論をすることが文章により事前に主張をすることよりメリットになる、と失言して原告でもある私に謝罪し移動になった裁判長以上に子供っぽい感じです。
 昨日も私に対しての不愉快に取られる発言を裁判長がされたので、私は裁判長に私にとって不愉快で腹立たしいことなのでそのような聞き方は止めてください。と言ったところ、30分以上もそのことの弁解(言い訳)をした挙句、少し切れた調子で、「神崎さんとこれ以上言い争いはしてられない」と言って、私が発言があると手を挙げているにも係らず、無視して勝手に裁判を終わらせてしまったのです。
 その後、書記官に事情を聞いたのですが無視状態で、法廷の電気を全て消すと共に一部のドアにカギをかけて逃げるように去って行った次第です。
 一人法廷に残された私は精神的なショックから、体全体に痺れが起こり救急車にて病院に運ばれました。
 今は何とか安定剤等によって回復しておりますが、裁判所の本当の怖さを思い知らされました。
 この国の裁判所も欧米の裁判所のようにもっと公開される必要があるのではないかと思うと同時に、そのような状況にならなければ弁護士の雇えない国民は怖くて訴訟を起こすことも嫌になってしまうと思われます。
 未だに軍国主義的体質がこの国には残っているのかも知れません。

 数ヶ月前まで旭川地方裁判所の所長送迎用の黒塗りの高級車が9時・5時に待機していた状況を数回強く指摘した効果があったのか、最近は正面玄関からの送迎を止めたようです。
 旭川市長の送迎用の車、旭川中央署長の送迎用の車についでやっと裁判所長の送迎用の車のあり方が変わってきたようです。
 無理と思ってもしつこく言ってみることが、大切なのかも知れませんね。
 次は自衛隊幹部のラッパ演奏つきの送迎車の廃止を、今津代議士にでも言ってみようと思います。
 流石に直接幹部に言うのは少し怖いので・・・

2008年06月07日

バイオ燃料と開発局による柳の試験栽培

 最近の原油高は尋常ではない。
 特に金持ちが今まで以上に金持ちになる為に、世界規模で原油によるマネーゲームをしているだけのようにも感じている。
 このままでは、世界中での貧富の差が今まで以上に拡がってしまうであろう。

 この国ではそもそも原油等のエネルギー資源がほとんどない状況下、現在は原油高が影響したインフレになっているにも係らず平均賃金が下がっているのである。
 特に北海道に於いては、オリジナルな製品を作っている製造業者が少ない為か平均賃金の低下率が著しいものとなっている。
 このような状況の北海道に住んでいる私たち庶民は、国からの援助も今までほど受けれない中で、ガソリンや灯油の販売価格が上昇するのを指を咥えて見ているだけしかできないのであろうか?
 このままでは、この冬の灯油代に困る人々が増えるのではないかとも考えられる。

 私自身もこの状況に少し不安になっていると、昨日のテレビにて開発局が下川町にてバイオ燃料を製造する為の柳の試験栽培を試みていると、流していた。
 今まではダムや道路や護岸工事が開発局の仕事だと思っていたのだが、昨日のニュースを見ていて北海道で国がエネルギー資源を生み出すことを本気で考え出しているのだなと感じた。
 しかしながら道内企業の多くが今まで国からの補助金に頼ってた部分もあり、製造業に関しては本州の企業ほど実績も経験もないことから、この地域にてバイオ燃料の製造が本当に理解された上で上手くいくのか少し不安でもある。

 今後の北海道が存続していく為には、農作物や海産物を含めたエネルギー資源の確保が重要であると考えられる。
 また、それらの資源に付加価値をつけて世界に通ずる商品や製品にすることも大切だと考えている。

 
 

2008年06月03日

旭川買物公園通りと道交法改正(自転車の車道通行の義務化)

 今回の道交法改正にて自転車の歩道通行が基本的には禁止され、車道通行が義務化された。
 しかし、ここ2~3年前から自転車通勤を心掛けている私にとっては、疑問に思うことが多い。
 その一つに道路整備の問題点が挙げられる。

 車道の左端の歩道寄りには、道路の水はけを良くする為に金属網が張られた排水溝の段差がいたる所にあり、走行する時に左端は走り難く危険である。
 また、車道を走行するのに上記のような問題がある場合や子供達やお年よりの方々が歩道を走行しても許される場合もあるのだが、実際には歩道での歩行者と自転車との分離がなされていないので、事故を抑制することができないように感じている。

 道交法を改正する前に、事前に道路整備や歩行者と運転者の意識改革をするべきだったと思うのだが、結局は多くの住人に理解されることなく実施されたのである。

 昨日のテレビにて、買物公園通りの自転車乗り入れ禁止を告知して止めさせることを道警の方々と高校生達が取り組んでいる姿が映し出されていた。
 しかしながら買物公園通りは完成した当時から歩行者道路であり、自転車の乗り入れは禁止されているのである。
 それにも係らずリコール署名活動の時も市長選挙の時にも、多くの乗り入れている市民に対して自転車から降りるように言わせて頂いていたのだが、当時は多くの警察官も見て見ぬ振りの実態であった。
 酷い時には自転車の前後に幼児を乗せてスピードを出して走行している主婦に注意させて頂いた時に、警察官までもが主婦を擁護することもあった。

 私が当時買物公園通りの自転車の乗り入れ容認に対して強く疑念を抱いていた理由は、元々車道だった所を日本で初めて恒久的に歩行者道路にした経緯があったことと、イオンができて以降の買物公園での人出が減った要因も子供やお年寄りが自転車がスピードを出している中で、安全に買物ができないのではないかと思ったからである。

 また、自転車乗り入れを容認した方が買い物客が減らないのではないかとの思いも行政幹部や商店主にあったようだが、私としてはそのことが間違っていたのではないかと感じている。
 イオンの中での買物が自転車の通行を気にすることなく安心安全にできるから、買い物客が増えている要因になっているとも思われる。

 今回の道交法が改正されたことで、急遽国から言われるがままに買物公園通りへの自転車の乗り入れを禁止しても、多くの住人に理解されないであろう。
 今後、今まで以上に買い物客が減ることも充分考えられるであろう。

2008年05月28日

旭川地裁の裁判長と実社会とのズレ

 昨日は政務調査費不正使用疑惑の市議(藤沢弘光・安田佳正)と、議会事務局職員の収支報告書等の杜撰な管理による横領幇助疑惑に関する住民訴訟の法廷での口頭弁論の日だった。
 
 また、もう一つは選挙ポスターでの水増し受給疑惑に関する立候補者達、
1. 被告は立候補者泉守に対し、金126,600円を請求せよ。
2. 被告は立候補者太田元美に対し、金84,000円を請求せよ。
3. 被告は立候補者久保厚子に対し、金126,000円を請求せよ。
4. 被告は立候補者佐々木邦男に対し、金57,750円を請求せよ。
5. 被告は立候補者佐々木卓也に対し、金84,000円を請求せよ。
6. 被告は立候補者高橋徹に対し、金126,600円を請求せよ。
7. 被告は立候補者高見一典に対し、金63,300円を請求せよ。
8. 被告は立候補者能登谷繁に対し、金84,000円を請求せよ。
9. 被告は立候補者松家哲宏に対し、金130,000円を請求せよ。
10.被告は立候補者中川明雄に対し、金506,400円を請求せよ。
 以上の10名と、彼等が不正をしないように見張るべき選挙管理委員会の杜撰な対応による横領幇助疑惑についての裁判の口頭弁論が旭川地裁でおこなわれた。

 今回も法廷での不可思議な裁判長の発言が幾つかあったので紹介させて頂く。
 一般的には裁判長が客観性を欠く発言をしたとしても原告も被告も意見しないようであるが、私は子供の頃より親であろうが先生であろうが上司であろうが間違ってると感じられることには意見しているので、今回も意見させて頂いた。
 多くの方々が法廷にて裁判長に意見することのない理由は、裁判長を始め裁判官の方々に心象を悪くさせたくないからのようであるが・・・

 一つ目は被告(旭川市長)側からの準備書面の文面に明らかに矛盾すると感じられることが書かれていたので、被告側に真意を聞く質問をしたところ、何故か裁判長が「そこの文面はこのような意味ですよね・・・」と代弁し始めたのである。
 私は空かさず、「裁判長!、何故被告の代わりに真意を誘導するような発言をするのですか? ここは法廷ですので公平さや客観性を欠くようなことをしないで頂きたい。 それでなければ今後の弁論はできませんよ!」と言わせて頂いた。
 すると裁判長は被告に対して、「真意を話してください」と言ったのである。
 それに対して被告は、裁判長が先に話したことと同様のことを述べたのである。
 私はその後、裁判長に対して「今後2度と被告の証言を誘導するようなことがあったら、この法廷での口頭弁論は一切できませんよ!」と言わせて頂いた。

 もう一つは、被告側の一人が何を血迷ったのか、私の弁論に対して笑ったのである。
 そこで被告に対して「こっちは真剣に話してるのだから、笑うのを止めて頂けませんか?」と言わせて頂いた。
 すると被告の笑っていた本人は「笑っていませんよ」と、言ったのである。
 裁判長に対して、「被告が私の発言に対して笑ったことに、注意してください」と言わせて頂いた。
 裁判長はそれに対してお茶を濁すような発言で被告に対して注意することをしなかったので、私は「法廷で侮辱されたことを侮辱罪で訴えますよ」と言わせて頂いた。
 すると裁判長は隣の裁判官に促されながら、被告側に笑うこと等がないように注意されていた。
 私はその後、「貴方に笑われたことによって精神的に辛いので、謝って!」と言うと、笑っていた被告の一人が「ごめんなさい」と言ったのである。
 
 今考えると何とも不可思議な光景だが、裁判長も人の子で公的機関の市役所側が不正をすることはないだろうとの見方を、初めからすることもあるのだろうと思った次第である。
 また、数日前に何処かの裁判長が好きになった異性に十数回のメールをして逮捕された事件のことも、少し理解することができる出来事だった。

2008年05月24日

植村振作さん・宇井純さんと寺町さんの行動と「ごくせん」

今回もてらまちさんのブログのコメント欄でのやり取りを記載させて頂きます。
てらまちさんのブログには住民運動と大学教員のことが書き込まれていたので、ついつい我が身と比べて今後のあり方について考えさせられていたのですが、今日の夜間中学(遠友塾)に参加して、日テレの「ごくせん」を観ていたら元気がでてきました。

植村振作さんの気持ち少し分かる気がします (神崎実)
てらまちさん
 植村振作さんの立場が私と同じ様に大学の准教授(助教授)をなされてたようで、市長のリコールや住民訴訟等の住民運動をおこなっている立場としては身近に感じて、勇気づけられます。
 また、東海大学の創設者松前重義と同じ熊本の出身のようで、政府に対する反骨精神(肥後もっこす)も共通する部分があるのではないかとも思っております。
 以前にも話させて頂いたように、私は現在3つの住民訴訟を同時におこなっております。被告代理人は旭川市役所の中でも偏差値の高い精鋭達12人なので、大学の研究や教育の仕事と平行して偏差値の低い私1人で望んでも、勝ち目もないし精神的にも持たないのではないかと少し弱気になっておりました。
 最近、訴訟を取り下げたいとの気持ちも少しありましたが、今回のてらまちさんの書き込みを観て、また、法的に詳しい方から憲法16条もあるし請願法と言うのもあるからとアドバイスを受け、もう少し頑張ろうと考えております。
 納得がいくまでやって、故郷でもある長州の萩に帰って植村振作さんのように生活するのも、ひとつの生き方かとも思っております。


★神崎実さん、こんにちは。
>植村振作さんの立場が私と同じ様に大学の准教授(助教授)をなされてたようで、市長のリコールや住民訴訟等の住民運動をおこなっている立場としては身近に感じて、勇気づけられます。
⇒そうなんですね。
 かつての東大の宇井純さんが貫かれたのと同じでしょうか。

>同じ熊本の出身のようで、政府に対する反骨精神(肥後もっこす)も共通する部分があるのではないか
⇒はい、そうですね。

>被告代理人は旭川市役所の中でも偏差値の高い精鋭達12人なので、大学の研究や教育の仕事と平行して偏差値の低い私1人で
⇒面白い表現ですね。

>勝ち目もないし精神的にも持たないのではないかと少し弱気になっておりました。
⇒そう感じる時も、たまにありますね。

>最近、訴訟を取り下げたいとの気持ちも少しありました
⇒それはまた、どうして??

>納得がいくまでやって、故郷でもある長州の萩に帰って植村振作さんのように生活するのも、ひとつの生き方かとも思っております。
⇒まだまだ、先の話ですね(笑)
 ともかく、迷うことも人生のうち。


少し弱気なのは・・・ (神崎実)
 ご返答ありがとうございます。
 弱気になっていた理由の一つは、旭川市内の大学で年の近い准教授の方が、追い込まれてお亡くなりになったことです。
 2~3ヶ月前のことで、私の中では整理ができていた筈なのですが・・・
 彼は行政機関の審議委員等の委託を幾つかなされていたと同時に、私と近い考えを持たれていたこともあり、今回の様にいい加減な対応をしていた議会事務局や選挙管理委員会の職員や委員長(弁護士)の保身に対して、理解者でもあったからです。
 私自身もこちらに来た当時、幾つかの審議委員を若くして委託されておりましたが、市民側に立った発言のほとんどは受け入れられることがない状況でした。
 反面、学識経験者として教育機関から委員長等の委託を受けていた方々の多くは、行政機関のイエスマンばかりでした。
 また、その方々が教育機関でも昇進が早かったり、地域の利権が絡んだ事業に係っていたとしても、ほとんどが法的処分を受けることがなかった現実までありました。
 上記のような状況もあり、追い込まれる前にホームグランドで戦おうと思っていたのですが、てらまちさんや植村振作さんの行動を観ていて、勝ち負け関係なしにアウェーで戦って自身で納得することに少しでも意味を見いだそうと思い始めております。
 てらまちさんの仰るように、それからホームに帰っても、遅くはなさそうですね(笑)
 また、東大の宇井純さんのことはほとんど知らないので、調べさせて頂きたく思います。


なるほど (●てらまち)
★神崎実さん、おはようございます。
>追い込まれてお亡くなりになった
 私と近い考えを持たれていた
 保身に対して、理解者でもあった
⇒・・なんと、つらいこと

>市民側に立った発言のほとんどは受け入れられることがない
⇒悔しい思いをされたのでしょうね、現実に。

>多くは、行政機関のイエスマンばかり
 法的処分を受けることがなかった現実
⇒そういう学者が重宝がられている現実はどこも共通ですね。

>ホームグランドで戦おうと思っていた
 勝ち負け関係なしにアウェーで戦って
⇒そういう心境の揺れ、流れなのですね。

>それからホームに帰っても、遅くはなさそう
⇒ほんと、面白い表現をされますね(笑)

 ともかく、私は、他人(ひと)の納得のために生きているわけではないと思っています。

詳しくはてらまちさんのブログにてお読み頂ければ幸いです。
http://blog.goo.ne.jp/teramachi-t/

2008年05月21日

デッサン(描写)と東京芸術(藝術)大学の教育

私が受け持っている授業は描写・アート基礎・立体表現・クラフト・芸術論等の授業であるが、その中で特に学生達への導入部の授業として大切だと考えているのが描写である。
それは大学へ入学する為に必然的に行なわれるものではなく、今後、彼等が自らのスキルにすると共に彼等にとって面白く取り組めるものでなければならないと考えているからである。

その観点から考えると、東京芸大の入試にて行なわれていたデッサン等に、偏差値輪切り教育における国語・英語・数学等の評価と同様なことを感じている。
私としては高校・大学に入学する前に、基礎基本と言われるような教科の学力を身につけておくことは大切だと考えているが、それが石膏像の形を正確に写し取るコピー力や主要3教科の偏差値を上げる為の暗記力を高めることだけではいけないと思っている。

特に基礎基本としてのリベラル・アーツ教育の観点からすると、古くは文法・修辞学・弁証法(論理学)、算術・幾何・天文・音楽が挙げられるのであって、天文や音楽も含まれていたのである。
また、この国にリベラル・アーツの考え方が幕末に入ってきて藝術との言葉が生れたことを考えると、基礎基本の根底には天文(自然科学)や音楽や美術も当然含まれるべきだとも思われる。
(未だに東京芸術大学出身の多くが、藝術との言葉がどのようにして生れたのかも知らない状況だと考えると寂しい限りである。また、地方の教育大学等で技術偏重主義的な観点から教育者を育てる教育が行なわれているとすると、不幸な結果を招きそうでもある。)

この国が明治維新の頃、ヨーロッパに於いてはシュタイナーにより初等・中等教育にてアート教育が導入されており、この教育方針もリベラル・アーツ教育の根底をとらえたものだとも考えられる。
その上、シュタイナー教育を支援していた人々にヨゼフ・ボイスや今井兼次がいたことも興味深い。
特に早稲田大学建築科にて教鞭を執っていた今井兼次が武蔵野美術大学や多摩美術大学の創設に係っていたことが、当時の法学部出身で官僚政治を行なっていた一部のエリート達へ、どのような影響を与えていたのかが興味深い。

話は東海大学旭川キャンパスでの描写の授業に戻って考えると、私としては学生達に興味を持ってもらい面白く基礎基本を学び修得してもらうことに重点を置いている。
それは幾何形体や石膏像を中心に描写してもらうのではなく、植物や動物等の有機的なモチーフを中心に描かせるようにして表面的な形にとらわれずに、根底にある本質的なものをとらえてもらいたいからである。

そのことは、松本キミ子さんが実践されているキミ子方式の描写方法とも、シュタイナー教育にてアート教育を早期に導入することとも、近いものだと感じている。
今後、描写等に初めて取り組む学生達に対して、個性や発想を伸ばしながら、基礎基本を身につけることのできる教育環境にして行きたい。

そもそもこの国では、リベラル・アーツ教育が入ってくる前から宮大工や仏師の方々にはそのような指導方法があったのだとも考えている。
特に西岡常一棟梁や小川三夫棟梁の指導方法を観ていると、そのように強く感じている。

2008年05月12日

全人教育とシュタイナー教育と北海道

 全人教育を全面に打ち出して教育活動をおこなっている教育機関が玉川大学であるが、この方針は現在この国の教育、特に北海道に於いて大切な教育方針だと私は考えている。
 私共が教鞭を執っている東海大学でも人道教育を中心として現代文明論という授業があり、その授業では文系学生も理系学生も分け隔てなく幅広く現代の社会の問題点等を知って、今後の勉学の方向を学生自らが見つけ出すものである。
 
 実はこれらのことは数学者でもある秋山仁教授と10数年前に始めたマセマティカル・アート作品展示をおこなってきた経緯とも、深く共通する部分があると考えている。
 この国で数学は理系で芸術は文系との考え方が浸透しており、それらの分野が相容れる状況ではないと思われている中で数学と芸術を融合した展示を続けて、多くの方々から高い評価を得ていることを考えると、私達がそれほど的外れなことをしていた訳でもなさそうである。
 また、シュタイナー教育が再評価されている北欧を中心としたヨーロッパの国々に於いても、私達が取り組んできたことや玉川大学や東海大学が取り組んできたことが理解される時代になったようでもある。
 
 私はそれらの教育と武士道の教えとがとても近いものだと、考えている。
 そのことは私が取り組んでいる彫刻表現や華道表現とも当然限りなく近いものでもあり、そのことを学生(弟子)に教授する時に生かさなくてはならないとも思っている。
 私の故郷でもある萩の松下村塾でも当然おこなわれていたことは、私が再度言うまでもないであろう。

 ところで先程のNHKの番組で日本沿岸の海産物(あわび・なまこ)の密漁問題を放映していた。
 密猟者の多くが海産資源の今後の状況を考えている訳では当然なく、地元の漁師さんが大切に育てている小さいものまで根こそぎ密漁しているようである。
 また、その摘発された件数が昨年だけで2,000件近くに及んでいるようで、摘発されていない密漁を考えるとこの国の沿岸海産資源は数年でなくなってしまうことも考えられる。

 私は全人教育も人道教育も武士道も保身で先のことや他者のことを考えないことでは、全くないと考えていると同時に、そのような保身で身勝手な生き方をしている学生や公人がいる時には、今までも毅然とした態度で教育指導をさせて頂いている。
 これからも私自身のこの姿勢は変わらないと同時に、上記のような自分勝手な密漁がおこなわれない為にも、シュタイナー教育を始めとした幅広い価値観の自由でありながら武士道の精神を受け継いだ教育が、この北海道で早急に望まれていると強く思っている。

 文章に書き込めなかったキーワード
ルネッサンス、レオナルド・ダビンチ、メジチ家、ソクラテス、プラトン、アニュトス、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、スイス、アール・ブリュット、鳩山一郎、学問、道徳、芸術(藝術)、宗教、身体、生活、孔子、孟子、義(義務・義理)、勇気、仁愛、礼儀、誠実、名誉、忠義

 吉田松陰
松陰に関しては13歳で藩主に対して教授することをしており、知的で言葉遣いの正しい今で言うヤンキーには程遠い人物のように思われている。
しかしながら、言葉遣いは乱暴で書は悪筆でありそのことを気にする性格でもなかったようである。
ただ、武士道に通ずる智、仁、勇に関しては長けていたようで、今で言うヤンキーの性格にも似ていたと言える。
余談ではあるが、弟子の高杉晋作やその昔長州藩の藩主であった毛利元就とも似ている。

2008年05月09日

夜間中学と国民高等学校と新渡戸稲造

最近、ブログに書き込む話題は沢山あるのだが、何を書き込むべきなのかの判断ができない。
根っからの優柔不断な性格が何処かで邪魔をしてるのかも知れないが・・・
それも私の個性だと納得して勝手に書き込みたいとも思っている(笑い

しかし、それでもタイトルは必要かと思い「夜間中学と国民高等学校と新渡戸稲造」とさせて頂いた。
取り合えずこのタイトルで書き込みはするが、それ以降はここ一週間の情報やインスピレーションで浮かんできたことをキーワードとして並べたいと考えている。

旭川にて4月より開校された夜間中学校(遠友塾)のボランティアスタッフとして、3ヶ月前から活動に参加させて頂いている。
夜間中学校の遠友塾との名称は、新渡戸稲造が札幌で百十数年前に開校した「遠友夜学校」からきているようである。
新渡戸稲造と言えば内村鑑三と札幌農学校にて2期生として同期であり、内村も新渡戸同様に「聖書研究会」なる勉強会をおこなっていた。

その「聖書研究会」に東海大学を創設した松前重義も参加していたようである。
松前はデンマークの国民高等学校の教育機関としての教えを大切にしており、内村の教えに傾倒した中で、この国独自の教育機関を立ち上げることを考えていたようである。
その考え方の中には人道主義に基づくことが当然のこととして含まれ、工学博士でありながら唯物論に疑問を呈して唯心論的な考え方を大切にしていたのである。
また、その考え方の中には新渡戸の書いた「武士道」の理念と通ずる部分も多かったように見受けられる。

旭川で開校された夜間中学の理念が、東海大学の建学の理念と共通する部分があることに面白さと、やりがいを感じている。
その上、その考え方が私の故郷での松下村塾の理念とも近いと思われることが喜ばしいことでもある。

最近、頭に浮かぶインスピレーション的なキーワード
斉藤牧場・松本キミ子・鬱病・小泉純一郎・前原誠司・アイヌ・在日・和人・ボーダーレスアート・障害者・富良野塾・倉本聰・西岡常一・斑鳩工舎・小川三夫・表現・工藤和彦・茶道・三輪龍作・萩焼・武士道・池坊・京都・今井眞正・坂本竜馬・高杉晋作・吉田松陰・ボーイズ・美・アンビシャス

2008年05月03日

東海大学野球部とルーキーズ(TBSドラマ)

 今回の東海大学野球部とは首都リーグに所属している東海大学野球部ではなく、北海道リーグに所属している旭川キャンパスの野球部のことである。
 その東海大学旭川キャンパス野球部が先週から始まった春のリーグ戦にて2連勝して、今日は駒沢大学苫小牧と対戦して6対0で完封勝利を収め3連勝中なのである。

 今回のスタメンは1番打者からの順で以下の通りであったと思う。
・小林剛(上田西) 2年 ファースト
・荒川卓也(二松学舎大学附属) 4年 センター
・恩田丈嗣(二松学舎大学附属) 4年 セカンド
・萩原幸平(関東第一) 3年 ライト
・原大輝(広島国際学院) 2年 サード
・河原卓也(函館工業) 3年 DH
・小池隆介(東海大学附属浦安) 2年 レフト
・鈴木公太(花巻東) 2年 ショート
・森下忠信(二松学舎大学附属) 4年 キャッチャー

・佐藤達也(大宮武蔵野) 4年 ピッチャー

 今回の試合を見ていて驚いたのは、相手チームの駒沢苫小牧の方が見た目に体型も良く強そうに感じていたのだが、試合が始まったら小兵の多い東海大の選手達が見た目と違って強かったのである。
 その上、相手チームには甲子園で全国制覇を成し遂げた選手も含まれていたのである。

 また、東海大の選手の中にも甲子園での出場経験者はいるのだろうが、全国制覇できるほどのチームに所属していた訳でもないであろうし、首都圏の大学の強豪チームからお誘いを受けていたメンバーも皆無であろう。

 そんな野武士のような小兵の選手達が旭川の地にて、決して設備が充実してる訳でもない環境の中で強くなった理由は如何してなのか?

 私としてはそこに、ルーキーズ(TBSのテレビドラマ)と同じような環境があって彼等を強くしたのだと考えている。
 それは、ここ2~3年に渡り旭川キャンパスの野球部が存続の危機さえあった中で、選手自らがその問題点を話し合い、練習等を遠ざけていた選手ややる気のなかった選手達が監督に言われて練習をするのではなく、自主的に練習に取り組んだ成果が出ているのだと思っている。

 今後の試合に連勝して全国大学野球選手権に出場するキップを手に入れることが、それ程簡単なことではないと思われる。
 しかしながら今年のチームが全国大会に出場できた時には、首都圏の大学野球から参加してくるであろう高校野球時のエリート達に、一泡も二泡も吹かすことができると思っている。

 追記
 5月4日(日)の駒大苫小牧との試合にも9対2の8回コールドゲームにて快勝した。
 次回の日曜日は札幌ドームにて旭川大学との試合がおこなわれる予定である。
 

2008年04月23日

公選法に抵触か?旭川市議が慌てて選挙ポスター未払い金を1年経って支払う

 昨日は昨年4月におこなわれた旭川市議会議員選挙にて、選挙ポスター公費の不正受給を受けていた可能性のある候補者に関しての民事裁判がおこなわれた。
 彼らは監査請求をした時には他人事のように訂正申告等をおこなっていなかったのだが、民事訴訟の手続きを取って裁判になると知ったら、慌てて訂正申告をしたようである。
 今回のことで、特に現職旭川市議の複数人が公職選挙法の違反をしていた可能性が限りなく高くなってきた。
 
 また、その議員の中には公費負担分の選挙ポスター代(最大立候補者1人あたり506,400円)を業者に発注していた昨年3月から1年も経って、追加分(50枚~100枚)のポスター代金の領収書を作成させた疑いすら浮上している。
 因みに公職選挙法では収支報告書もそれに付随する領収書も、選挙終了後15日以内の提出が義務付けられている。

 以下に現職の旭川市議会議員で、裁判を起こされてから慌てて訂正申告をした議員を内容と共に列記させて頂く。

 太田元美議員 平成20年3月18日に訂正申告 内容は84,000円を共産党が無償提供してくれたようである。

 久保厚子議員 平成20年3月31日に訂正申告 内容は126,000円を選挙時に作成したリーフレットと抱き合わせて事務処理していたようである。 印刷業者 第一印刷(株)

 佐々木邦男議員 平成20年3月25日に訂正申告 内容は平成19年3月18日付けの57,750円の領収書の提出と記載が11ヶ月ほど遅れていたようである。 印刷業者 (有)ひらり

 佐々木卓也 平成20年3月17日に訂正申告 内容は84,000円を共産党が無償提供してくれたようである。

 高見一典議員 平成20年3月26日に訂正申告 内容は平成19年3月26日付けの63,300円の領収書添付が11ヶ月ほど遅れていたようである。 印刷業者 (株)旭川アートプロセス

 能登谷繁議員 平成20年3月18日に訂正申告 内容は84,000円を共産党が無償提供してくれたようである。

 中川明雄議員 平成20年3月21日に訂正申告 内容は平成19年5月21日付けの63,300円の領収書の提出と記載が10ヶ月ほど遅れていたようである。 印刷業者 (株)旭川アートプロセス

 一昨日書き込んだブログに、てらまちさんがコメントを下さったので、その返答を以下に添付したい。

 >ひょっとしてここに書いてある22日は初法廷ですか。
2回目です。
しかしながら、1回目より腹立たしい思いの中、緊張してしまいました。
それは2つの裁判を私は独りで、被告代理人は4人が入れ替わり総計8人もいるのだから不公平に感じ、彼らは税金で雇われていることを考えてしまったからです(笑)
1回目は被告の答弁書に対して私の反論を口頭で述べたら、裁判長が「文章で反論内容を提出して下さい」と言われたことに対して、「何のために書記官がいるのですか?口頭の反論は調書に残らないのですか?それだったら法廷は要らないですね・・」と言わせて頂いた。
すると裁判長が、「口頭での反論も調書に残りますが、神崎さんのメリットになりますね」と言われたので、「メリット?住民・国民の権利を行使することがメリットになるのですか?」と言わせて頂いた。
再度裁判長が、「メリットとの発言は済みませんでした。書記官、先ほどの私のメリットとの発言を調書から削除して下さい」てな状況でした。
余談ですが、何故か旭川地裁で一番広い法廷のようです。傍聴席も60~70人くらい座れそうな中に、6~7人程度しか傍聴しておりませんが(笑)

>>黒塗りの車がエンジンをかけ・・主張させて頂いた。
>私は、裁判所でそんなことできないなぁ(笑)
私は裁判所でも警察署でも役所でも20年間何時もこんな感じです。
因みに正面玄関口で私に忠告を受けた運転手は、慌てて車を裏へ移動させておりました。
今後、裁判署長も旭川市長や警察署長のように裏口から車に乗り込むことになると思われます。
流石に私も自衛隊の第二師団の責任者に、裏口から黒塗りの送迎車に乗れと言う勇気はありませんが(笑)

2008年04月22日

イラク派遣の違憲と中山成彬議員の問題発言

 今日は旭川市議会議員の平成18年度政務調査費の不正使用疑惑者(藤沢弘光議員、安田佳正議員)と選挙ポスター公費の不正使用疑惑者(太田元美議員、久保厚子議員、佐々木邦男議員、佐々木卓也議員、高見一典議員、中川明雄議員、能登谷繁議員、泉守、高橋徹、松家哲宏)に対する、西川将人旭川市長を被告とした住民訴訟裁判が旭川地裁でおこなわれる。

 そのこともあって、昨日の午後5時前に旭川地方裁判所の民事部に行って、被告から提出された答弁書に対する対応について伺って来た。すると4月になったこともあり、担当裁判長も担当書記官も移動により替わっていた。
 そのことに少し不安を覚えながら地裁の正面玄関を出ようとした時、黒塗りの車がエンジンをかけっ放しで出口正面に停車している光景に出くわした。
 その上、運転手らしき黒服の人物が出口ホールにて直立不動で、この建物の中の重要な人物を待ってる状況だったので、私は彼に向かって「今年は環境サミットが道内でおこなわれるので、エンジンかけっ放しで待機は良くないんじゃない! 多分裁判所の責任者の送迎をするのであろうが、彼らはそれなりの高給を貰ってるのだから、時代錯誤の税金の無駄遣いになるんじゃないのか!」と、当然のように主張させて頂いた。

 まだまだ旧態依然の軍国主義的な発想がここの裁判所には残っているのかと感じて、少し気分が悪くなった状態で仕事に戻った。

 そして帰ってネットにて情報収集の為に、てらまちさんのブログを読んでいると、イラク派遣の違憲判断に対して元文部科学相の中山成彬衆院議員(宮崎1区)が18日夜、宮崎市内の講演で以下のように語ったそうである。
 名古屋高裁判決について「問題のある裁判長で、変な判決だった。3月末で辞め『最後っぺ』(おなら)を出したようなものだ」

 私としては旭川地裁での旧態依然の体質同様に再度腹立たしさを覚えて、てらまちさんのブログのコメント欄に以下の内容を書かせて頂いた。

 中山成彬議員は、小泉純一郎総理最大の失策人事だった文部科学大臣かもしれませんね。
 前職の河村建夫元文部科学大臣が私の故郷で子供の頃より良く知っており、真っ当なお方だったので、郵政民営化の造反議員の煽りを受けて失職なされたのが、今思えば残念でした。
 今回の中山成彬議員の発言も酷いものですが、文部科学大臣の時の慰安婦問題に対する差別的な発言も腹立たしいものでした。
 また、彼の出身地が宮崎県で東国原知事と同県だと言うことも違和感がありますが、今回のことで東大卒業生の一部の方々が社会に通用する一般常識的なことを理解されておられぬことも尚更明白になりましたね。
 皮肉なことに、中山議員が宮崎県知事選挙では造反して自民推薦の候補を応援せず民主推薦の候補を応援して、結果として東国原知事を誕生させた経緯もあるようです。

 ひょっとすると旭川地裁の重要な人物も東京大学法学部の卒業生であるのだろうか・・・

2008年04月20日

イラク派遣・違憲判決と、てらまちさんのブログ

 昨日、岐阜県山県市のてらまちさんのブログを読んでいて、今後の住民訴訟(旭川市議会議員の政務調査費問題、選挙時のポスター・燃料費問題)の対応に不安と希望が沸き起こってきてしまった。
 下記にそのブログの内容の一部を紹介させていただく。

>控訴審は、「青山邦夫裁判長」(一昨日は、異動のため高田健一裁判長代読)。
>この青山邦夫裁判長は、岐阜地裁で私が本人訴訟でいろんな行政を始めたころの民事2部の裁判長でなじみ。
>行政に対して厳しかった。県議会の旅費の条例の問題をテーマにした住民訴訟では、法廷で裁判長が県側代理人に厳しく問いただし、代理人は汗を拭き拭き答えていたこともある。ただ、悪い条例でもその条例が違法でない以上、訴えは棄却するという裁判所の姿勢を示された。当然とはいえ、勉強になった。
>情報公開では、こちらの訴えを認めて新しい判例も作ってくれた。
>弁護士からは、「いい判決を書くことで定評」とは聞いていた。
>高裁の青山裁判長の他の判決を見ていて、たとえば医療訴訟で賠償額を増額したりと原告サイドの事情に理解のある人だと感じていた。

 私がこの文面から感じたことの一つに、今回のイラク派遣が違憲の判決になった理由が「青山邦夫裁判長」の真摯な姿勢で法律に対して限りなく客観的に裁かれた結果だと思われる。
 またその背景に、てらまちさんや多くの国民の方々が利益にもならない住人訴訟を起こしてくれていたので、裁判官も国民の目線を見失うことがなかったのではないかとも思っている。
 そこで少し不安なことは、今後私自身が原告となっておこなう住人訴訟を大学の教員として進めることが、教育者として問題ではないかと思っており、以下のような書き込みをてらまちさんのブログに書き込ませていただいた。

>今回のイラク派遣の違憲判決は私としても誠に革新的なものだと認識しております。
>この国に憲法9条がありながら、その当たり前だと考えられる違憲判決を得るまでの苦難の道を想像しますと、不思議な事に少し残念な気持ちにもなりますが・・・
>私としては今回の背景に、多くの国民の見えぬところで、てらまちさんをはじめ多くの方々の無報酬による政府と行政に対する追求があったからだと言うことを認識しております。
>そのうえで考えた時、今後の私自身が原告になっている住民訴訟の展開に希望が持てる反面、そこまで真理を求める必要があるのか・・・
>と、少し不安でもあります。
>私が考えるにこの真理を追究すること自体が、藝術活動と何ら変わらないのだとも思って、あるいは信じて不安を拭い去るつもりです。

 私としては今後、教育者として表現者として真理を求める為の住民訴訟を必要以上に肩肘張らず、大学での学生に対する教育にプラスになるように進めていきたいと考えている。

2008年04月17日

自民・民主とトヨタ・ニッサン、本田は・・・

この国はアメリカのように2大政党制に成ろうとしているように見受けられるが、本当にそれで良いのであろうか・・・

この国での自民党と民主党の政策を客観的に眺めた時、暫定税率の問題一つにしても国民に対して不利益を生じさせて、混乱させている状況をつくった責任は両政党にあると考えている。
この状況はアメリカのように理念の基に2大政党制に成ろうとしているのではなく、形だけ真似て2大政党制にしたいとの一部の官僚や利権者の力が働いてるのではないかとさえ、思わされる節がある。

戦後の国政選挙にて各地方にて当選した議員の方々の多くは無所属だったようである。
そして、その無所属議員の方々が社会党に属したり、自由党に属したりして新たに自由民主党が生れた背景があったようである。
私は個々が国会議員としての自覚と理念と責任を併せ持った上で国会にて議論する民主主義と、はじめから数ありきで2大政党の数合わせの議員が大した議論もせずに国民の理解を得られない形でごり押しする民主主義とは、抜本的に違うのではないかと思うのである。

このような理念なき形だけの2大政党制を存続させる余裕は、この国にはもう残されていないと考えている。

ところで同様に戦後活躍した自動車メーカーと言えば、トヨタとニッサンの2大メーカーであろう。
しかしながら、今でもその他に8つの国際的にも知られてる自動車メーカーが、この国には存在している。(ホンダ、ミツビシ、ダイハツ、マツダ、スズキ、スバル、いすゞ、ミツオカ)
特にホンダに関して述べると、戦後の動乱期に自転車に原動機をつけて売り出した今で言う原チャリから始まった町工場が、30年足らずで世界のホンダと知らしめるまでに至った経緯がある。
それから30年経った現在も、世界におけるホンダの位置付けは不動のものと成っている。

私はこの国にとっての政治が2大政党である必要が全くないのではないかと言いたいのである。
それはトヨタとニッサンと言う世界ブランドがある状況の中でも、ホンダと言う世界ブランドがある方がこの国の基礎が強固なものに成ると考えていることと同様に、政治の世界でもホンダスピリットのような考え方を持った政党がこの国にあって良いと思うからである。

ホンダの創設者の本田宗一郎氏は1940年頃に、「世界のホンダにならなければならない。日本だけを相手とした日本は真の日本一ではない。あくまでも日本という狭い意識を捨てて、世界人を目指して進まなければならない。」との言葉を残しておられる。

この国でも今後誕生するであろう政治家の多くが、グローバルな考え方の中で理念と責任を併せ持った上で、世界におけるこの国のあり方を精査し議論して世の中に貢献することに使命感を持った人格者に成って頂くことを切望している。

そして今後のこの国では、3大政党、4大政党、5大政党のように成っても良いのではないかとも思っている。

2008年04月13日

旭川市議の稚拙さとこの国の夜明け

一昨日、旭川市の選挙管理委員会に行ったら、今まで局長だった辻本さんがお辞めになられており、新たな事務局長さんが来られていた。
そこで新たな気持ちで、旭川市議会議員選挙の立候補者が選挙後に公職選挙法に基づき提出していた収支報告書の訂正申告が新たになかったかを聞いてみると、3月末に訂正申告してきた立候補者が9人も居たそうである。
選挙が終わって1年近くが経とうとしているこの時期に・・・

そもそも公職選挙法に基づいて考えると、選挙後14日以内に選挙に関する収支報告書の提出の義務付け規定がある。
その後の収支報告書の追加提出に関しては、期間中に支払いができなかった電話・電気・水道等の追加提出や記入が認められているのであって、公費の不正受給をしていたことについて誤魔化す為に訂正申告させることを公職選挙法では容認していないのである。
それにも係らず、選挙ポスター公費の監査請求をした昨年12月以降に訂正申告した立候補者が2~3人ほど居たのだが・・・

驚くべきことは、12月に提出した監査請求の結果がほとんどのことで棄却されたこともあり、住民訴訟に踏み切ったのだが、それ以降に慌てて訂正申告した立候補者が9人も居たことである。
要するに彼等の多くは確信的に不正行為をしていたのであり、そのことが公職選挙法にも抵触していたことが一部見つかってしまい、逮捕されることもあり得る状況になったので、慌てて訂正申告をしたのだと考えることができそうである。
今回の件、条例等の法律をつくる市議会議員としては余りにも稚拙な行動だと言わざるを得ない。

以下に選挙ポスターの公費不正受給に関する住民訴訟の内容を記載する。

訴 状   平成20年2月28日

請 求 の 趣 旨

1. 被告は立候補者泉守に対し、金126,600円を請求せよ。
2. 被告は立候補者太田元美に対し、金84,000円を請求せよ。
3. 被告は立候補者久保厚子に対し、金126,000円を請求せよ。
4. 被告は立候補者佐々木邦男に対し、金57,750円を請求せよ。
5. 被告は立候補者佐々木卓也に対し、金84,000円を請求せよ。
6. 被告は立候補者高橋徹に対し、金126,600円を請求せよ。
7. 被告は立候補者高見一典に対し、金63,300円を請求せよ。
8. 被告は立候補者能登谷繁に対し、金84,000円を請求せよ。
9. 被告は立候補者松家哲宏に対し、金130,000円を請求せよ。
10.被告は立候補者中川明雄に対し、金506,400円を請求せよ。
11.被告はポスター公費分で、法的に認められている400枚のポスター以外のポスター・ハガキ・リーフレット・名刺等を、今回契約した業者に作らせた立候補者に対し、返還を求めよ。
12. 訴訟費用は被告の負担とする。
   との判決を求める。

請 求 の 原 因

 私は平成19年4月に行なわれた旭川市市議会議員選挙にて、公費負担分の選挙ポスター製作費が不適切に使われていたとの観点から、旭川市職員に措置請求を行なっていた者である。
 しかしながら、今回平成20年2月1日の監査結果について、特に判断に書かれている「本件住民監査請求における選挙運動用ポスター作成に係る公費負担の支出について、違法又は不当な支出に該当する事実は認められない。したがって、本件請求に係る請求人の主張には理由がないので棄却する。」については、事実誤認があると考えられる。

各候補者に対する不適切な公費支出

 今回の選挙にて各立候補者はそれぞれが選んだ印刷業者等と「選挙運動用ポスター作成契約書」において、選挙前に契約を締結している。
 また、契約事項の中には「なお旭川市に請求する金額が、契約金額に満たない時は、甲は乙に対し、不足額を速やかに支払うものとする。」と明示されている。
 それにも係らず、監査請求が出た後も未だに不足額を支払っていない立候補者は、それぞれが選んだ印刷業者との間で、事前に公費負担分400枚を超える印刷に関して、公費負担分の中に含めて処理していたと考えるのが妥当だろう。

私としては議員等の公僕たる者が、見つからなかったら法律に抵触するようなことをしても良いと思っておられるのなら、今直ぐに辞職して頂きたい。
また、故意ではなかったとしても一時的に公職選挙法に抵触していた事実が解った時点で、公に謝罪するべきではないかとも思っている。

最後に、岐阜県山県市のてらまちさんのようなお方が農業従事者としても公僕としての市議会議員としても、尊敬できるお方であると思っている。
今後この国のあちこちで、明治の公僕としての志士達のようなお方が活躍されるのではないかと感じている。
そのことを信じて、この国の新たな夜明けに期待している。

2008年04月09日

旭川中央署の旭町交番勤務の巡査が逮捕

北海道旭川市の女子高生にみだらな行為をしたとして、道警は9日、道青少年健全育成条例違反の疑いで旭川中央署地域課巡査阿部直也容疑者を逮捕したそうである。
阿部容疑者は15歳だった少女にみだらな行為をしたことを認め、調べに対し「すみません」と謝罪しているという。

毅然とした態度で取り締まることが仕事でもある警察官が、本人の所属している道警に逮捕され取調べを受けていることに対して、税金の無駄遣いではないかとさえ思われる。
また、15歳と知りながら市内のホテルでみだらな行為をしたことに対して、他の多くの警察官に迷惑が掛かると思わなかったのであろうか・・・
それとも、捕まることはないとでも思っていたのであろうか?

ところで、阿部容疑者は昨年10月4日、旭川市内のホテルで15歳だった少女にみだらな行為をしたらしいのだが、それから6ヶ月も経ってから逮捕に至った経緯を少し不思議に思う。
まさかその間に道警の身内同士で調整をしていた訳でもあるまいが・・・
ひょっとすると、15歳の少女が最近になって何らかの理由で告発したのかも知れない。

いずれにしても、法律を遵守して職務を執行することが最大の使命である筈の警察の巡査が、条例等の決まりごとを犯すことにそれ程の抵抗感がないのだとすると、法治国家を維持することも難しくなるだろう。
その上、昨今は法律や条例をつくる国会議員や道議や市議が法律や条例違反をしてまで公費の不正受給等を受けていたのだから、この国の未来はとても暗いとも言える。

今後は法律や条例等を遵守して職務を執行することが使命でもある警察官や、法律や条例等をつくることが仕事でもある議員が、同じような過ちを起こさないことを切望する。
そのようなことが二度と起こされない為にも、昨年来より不正受給等を受けていた旭川市議会議員を下記に挙げたい。

安住太伸 ・ 太田元美 ・ 久保厚子 ・ 小松 晃 ・ 佐々木邦男 ・ 佐々木卓也

杉山允孝 ・ 高見一典 ・ 中川明雄 ・ 能登谷繁 ・ 福居秀雄 ・ 藤沢弘光

宮本 儔 ・ 村岡篤子 ・ 室井安雄 ・ 門間節子 ・ 安田佳正 ・ 鷲塚紀子

以前にも書き込ませていただいたが、上記の議員方が10万円程度の不正受給は大したことないと思っていたり、不正に受け取っていたとしても返金すれば済まされるだろうとお考えならば、今回逮捕された阿部巡査と同じように逮捕されることを勧める。
また警察官も議員も、この国が民主的な法治国家を維持する為には、自身の仕事がとても重要であることをプライドを持って再認識するべきである。

2008年04月07日

東海大学入学式と高橋大斗選手

昨日、北海道東海大学が東海大学になって初めての入学式が、札幌校舎にて挙行された。
旭川校舎の新入生はご父母や教職員と共に、旭川校舎に朝10時に集合して札幌校舎にバス4台で移動した。
札幌での式典は午後2時よりおこなわれ、来賓の方々やご父母も含めて1,000人近い方々の来場があり、その中には東国幹道議会議員も旭川より駆けつけてくれていた。

式典は入学者の氏名読みあげから始まり、総長祝辞がおこなわれ来賓の方の挨拶へと移ったのだが、そこで驚くべきことに各界からの著名な来賓の方々がいらっしゃっているにも係らず、卒業生で現在土屋ホームに就職されている高橋大斗さんの来賓を代表しての挨拶となったのである。
一風変わった来賓挨拶だったのだが、新入生にとっては議員さんや市長さんの話を聞くよりも、活躍している先輩卒業生の話を聞いた方が面白かったのかも知れない。

式典自体は50分程度だったが、札幌校舎のブラスバンド部の生演奏で進行されたこともあり、厳かな中で充実したものだった。
その後、各学部や学科ごとに教員紹介がなされて、東海大学になって初めての札幌校舎での入学式が無事に終了した。

私はその後、札幌校舎の学生が吉村教授のゼミ等の指導のもとで、大学下の旧国道沿いに立ち上げられた「旧道茶屋」と言う喫茶店にて、カフェオレとデザートを飲食させていただいた。
内装に関しては旭川校舎のくらしデザイン学科の学生顔負けのクオリティを誇り、チラシ等も素敵な仕上がりであった。
また、飲食させていただいたものも接客に関しても、レベルの高いものであったことは同じ場所で入学式をおこなった学生を指導する者として喜ばしくもあり、刺激にもなった。

2008年04月01日

旭川市消防職員までもが市議の不正同様に過払い受給!

今日は全道ニュースでも取り上げられいた、旭川市消防職員の年末年始の休日出勤手当ての過払いについて書き込みたい。
念のために、道新さんのニュース内容を下記に添付したい。

手当過払いで旭川市消防が虚偽報告 一部把握「問題なし」 全職員を調査へ(04/01 07:18)
 【旭川】帯広市など全国の自治体が消防職員の年末年始の休日勤務手当を過払いしていた問題で、旭川市消防本部が過払いのあることを把握していながら、調査を一部職員だけで打ち切り、給与を支出する市長部局に「問題なし」と虚偽の報告をしていたことが三十一日、分かった。同本部は北海道新聞の取材に対し、対応が不適切だったことを認め、今後、対象となる全職員を調査する。

 同本部は昨年六月、全国での過払い問題の発覚を受け、休日勤務手当の対象となる交代制勤務の職員約二百九十人のうち、二〇〇六年度に勤務した職員の中から二十三人分を抽出調査したところ、約四割の十人の過払いが判明した。

 しかし、それ以上の調査は行わず、国の通知を受けた同市総務部が十月に同本部に照会した際、「事務は適切で問題なし」と答えていた。一方、この年末年始には過払いを是正しており、それ以前の問題を隠ぺいしようとした疑いがある。

 過去の過払いの規模や総額は分かっていないが、抽出調査で判明した割合から、過払いは年間数百万円と推定され、勤務簿の残る〇二年度以降〇六年度までの五年間では一千万円以上になる可能性がある。

 同本部の稲垣紀夫消防長(三月三十一日付で定年退職)は、調査を打ち切ったことや事実と異なる報告をしたことについて「不適切だった」としたが、「消防本部は〇二年度以降の行財政改革を受け、全職員が祝日分の手当のうち年間五日分の取得自粛を行い、年間約三千万円の人件費を浮かしている」とも話し、「(過払い分の)返還の必要はないと考えている」との認識を示した。

 これに対して、西川将人市長は「返還や処分を含め適切に対応したい。返還は、(行革分と)相殺するようなことはありえない」と話し、同本部は今後、数カ月以内に調査をやり直すとしている。

 消防職員の年末年始の休日勤務手当の過払いは、職員の週休日が一般の休日と重なった場合、代休の代わりに支給される手当の対象が年末年始は元日のみなのに、自治体が閉庁する十二月三十日-一月四日すべてを対象に支給していた問題。道内では帯広市や北十勝消防事務組合(十勝管内音更町)で発覚し、過払い分を返還する一方、首長らが減給などの処分を受けた。

本当に何と言っていいのか・・・
このまちには問題の本質が理解できていない管理職が、他の部署にも未だに多数在職しているのだろうか、と疑いたくなってしまう。

そもそもここ半年、このまちでは旭川市議会議員の横領や詐欺紛いの不正受給が数多く発覚しているのである。
政務調査費の不正受給から始まって、選挙ポスター公費や選挙カーの燃料費の不正受給等きりがないほどの問題が露呈している。
また、それら詐欺行為にも近い不正受給の多くに行政職員が関与しており、そのことが議員の不正行為の温床になることにも繋がったようである。

当然、そのことを見抜けなかった監査委員にも問題があるのだろうが、チェック機関でもある市議会議員が行政職員と持ちつ持たれつの関係で、本来の職務がおざなりになっていたとすると、見抜くのが難しかっただろうと感じると同時に誠に遺憾である。
そもそも彼らにとって、市民の血税をあぶく銭だとでも思っているのであろうか・・・

今回、市民の安心・安全な環境を維持することが任務である消防署職員の方々が、手当てを多めにもらっておきながら、虚偽の報告までしているにも係らず超過手当て分を返還するつもりがないとの返答に、怒りさえ覚える次第である。

今回の件に関しては西川将人市長が、超過手当て分の1,000万円程の返還を早急にさせると共に、退職した消防長等も含めて厳罰な処分を下してくれることを願っている。

2008年03月30日

富良野市宮田均市議と慶応大学浅野史郎教授の魅力

今回の書き込みは岐阜県山県市のてらまちさんのブログ「http://blog.goo.ne.jp/teramachi-t/d/20080330」での書き込みを参考にさせていただいております。

昨日、富良野市議会議員の宮田均議員とお話をさせていただいたところ、3月16日に放送されたTBSの「報道特集」にてガソリン税の暫定税率継続を地方の議員としては珍しく、反対なされたそうである。
そう言えば、旭川市議会でも昨年10月頃までは民主勢力が強いこともあってか、暫定税率廃止の方向での議論がなされていたことを思い出した。
その後、慌てて年明けに西川市長が地方自治体の首長として暫定税率継続を望むと会見されていたことを思い出した。
旭川市議会はその後、暫定税率継続の方向で修正したものを意見としてまとめたようであるが・・・

今回、民主党が暫定税率廃止の考えで一枚岩になっていたと思っていたのだが、地方の議会では民主系の議員さんのほとんどが、地方への補助金の必要性からか暫定税率継続の方向で考えていたようである。
特に富良野市議会では唯一、民主系議員でもなく私達がつくった弱小政治団体(ワッカ会)のメンバーのお一人でもあられる宮田均議員が、暫定税率反対の姿勢を貫かれているのである。
その最大の理由は、富良野高規格化道路http://www.jiti.co.jp/graph/page0708/0812k/index.htmの推進に反対しているからである。

日高横断道路で500億円ものガソリン税の暫定税率分を無駄遣いしたことを考えると、宮田市議が暫定税率の継続を反対していることも頷ける。
特に暫定税率の一般財源化を首相自らが約束したいと言ってるにも係らず、地方の議員や民主系代議士が理解しようとしない背景には、未だに補助金目当ての公共事業によって地方の経済を立て直そうとする他人頼みの考え方があると思えてならない。

ところで、唯我独尊の宮田さんに初めてお会いしたのは、今から21年ほど前になるであろうか・・・
お店の外観は当時と変わらず、今でも潰れそうな状況だが・・・(笑)
その当時より北海道の自然の魅力を力説されており、私のような道外の者に対しても真摯に優しさを持って接して下さっていたことを、今でも鮮明に覚えている。
そのこともあり、私としては北海道に於いて20年間厳しい自然の中で、自然を楽しみながら生活してこれたのだとも思っている。

今この地域に必要なのが、本当に補助金なのだろうか・・・?

慶應義塾大学教授の浅野史郎先生(元宮城県知事)の言葉の一部を抜粋させていただくと、

「地方自治は民主主義の学校」には、もう一つの意味がある。学校なのだから、まずは入学せよ。入学金と授業料は、自治体への税金という形ですでに払っている。入学して授業に出るということは、関心を持ち、行動するということ。我関せず、すべてお任せでは、登校拒否と同じになる。

 前回の山県市議会選挙での、ポスターなどにまつわる不正問題は、私の耳にも届いている。「選挙なんて、こういうもんだ」といって、平然としてはいられない。「政治家の常識は、山県市民の非常識」ではないか。良識ある市民は、怒っているとも聞いている。怒りは関心の始まり、関心は行動の第一歩である。

 市民の怒りから始まる行動は、特に、選挙の場面で発揮される。その場面では、市民が主役である。市政はどうあるべきか、議会はどう変わるべきか、議員はどう行動すべきか。選挙の機会に、一人一人の市民は、こういったことについて、真剣に考えることが必要だし、主体的に行動することが求められる。

との言葉と、富良野市の宮田市議や山県市の寺町市議がおこなわれていることは、私のような優柔不断な研究者に対して少しの勇気を与えてくれる。

2008年03月25日

旭川市選管が選挙カー燃料費の水増し受給を容認していた

本日、昨年4月の市議会議員選挙にて支払われた選挙カーの燃料費水増し請求に関して、1月末に監査請求していた結果を市役所の監査事務局にて受領してきた。
今回も以前同様に監査委員が直接手渡すのではなく、監査事務局に監査委員が居るにも関らず何故か職員が対応する状況で、公開もされる訳でもなかったことが残念であった。
また、今回最悪だと感じたのは事務局長が長めの休みを取っているようで、遠野次長の分かり難い説明の上で受け取らざるを得なかったことである。

今回、監査結果を受領する際に遠野次長からとんでもないことを聞いたのである。
それによると、前回の選挙では旭川市の選挙管理委員会が、選挙カーの燃料費の燃料供給量の実績を書き込む様式第4号のその2に、選挙告示日までに燃料使用予想の最大額を書かせており、その金額を最終受給額として立候補者の委託燃料業者に支払っていたと言うのである。
要するに、どんぶり勘定での燃料費を様式第4号のその2に事前に記入させたものを立候補者から提出させて、最終燃料の使用実績として燃料業者に支払っていたのである。

平成19年4月におこなわれた市議会議員選挙にて、投票日が22日にも関らず、3月中に提出なされた選挙カー燃料費の最大受給額の予想金額が、最終実績の燃料供給量と1円の単位までぴったり予想できていた立候補者が8人居たことも、今までの選挙管理委員会の対応からは頷ける。

その立候補者8人を挙げてみる。
安住太伸、久保厚子、杉山允孝、福居秀雄、宮本儔、室井安雄、門間節子、鷲塚紀子
上記の8人が1人を除いて新人候補者ではないことからも、選挙管理委員会が前回の選挙まで選挙カーの燃料費を水増し請求することを容認していたと考えることができる。

今回の監査請求する前に訂正申告していた安住太伸議員は、公職選挙法に抵触することと詐欺罪が適用される可能性があることに、いち早く気づいていたのかも知れない。
また、監査請求した後になって、全額或いは一部返還した立候補者が13人も居たことについては、彼等が確信犯であったとも考えることができる。
再度、墨田区の議員10人が選挙カーの燃料費を自主返還したにも関らず、書類送検された状況を考えると幾ら焦って返還したとしても、法の網を掻い潜ることはできないとも思われる。

選挙カー燃料費の監査請求後に、慌てて自主返還した立候補者13人を以下に挙げる。
岩崎正則、久保厚子、佐々木邦男、塩尻伸司、杉山允孝、園田洋司、高見一典
中川明雄、福居秀雄、松家哲宏、室井安雄、門間節子、鷲塚紀子

最後に3月19日に書き込んだ「選挙カー燃料費問題は墨田区議と旭川市議だけの事じゃない」の一部を訂正すると、4月22日以降に使用した燃料の実績を書き込む書式の日付が、4月15日になっていた立候補者が27人だったのだが、松家哲宏と宮本儔に関してはその中に含まれていなかったので、訂正させていただきたい。
両候補者には誤解を招く書き込みをしたことを、この場を借りてお許し願いたい。

2008年03月24日

旭川市の未来と藤井糸恵さんの死

戦後、この旭川のまちの政財界をまとめてこられた故藤井猛先生の妻であられた藤井糸恵さんが、22日にお亡くなりになられたそうである。
この場をお借りして、心よりご冥福を申し上げたい。

藤井糸恵さんと親しくお話をさせていただくようになったのは、菅原功一前市長のリコール活動を通してで、4年ほど前からである。
当初から糸恵さんは純粋で正義感の強いお方で、70歳台には見えないバイタリティに溢れておられ、若者や庶民の心強い応援団とのイメージがあった。

ご主人であった自民党の藤井猛先生は、社会党系の五十嵐広三旭川市長が誕生した頃より党派を超えて若き市長と共に、平和通り買物公園や旭山動物園、科学館等の着工にご尽力なされていたようである。
また、この大学の前身でもあった東海大学工芸短期大学の設置に関しても、自民党員でありながら革新系の方々とも協調して頑張ってこられたようである。

そのように与野党の区別なく、まちづくりに対して立場の違う政治家達が市民と一丸となれた背景には、政治家の妻としての糸恵さんの存在があったからであろう。
そう考えると、藤井糸恵さんが戦後のこの旭川市に於いての「母」の立場であられたのかも知れないと考えた時に、今後このまちは、支えとなる大切なお方を亡くしてしまった訳である。

ここ数年、糸恵さんは自ら勉強したいとの意欲から高校にも通われておいでだったようでもある。
今、私達の年代が親離れをする為にも、自主的に勉学に励んで幅広い価値観の中からこのまちに必要なものを見極め、このまちの多くの住人の方々と一丸となって取り組めるまちづくりと教育を進めていかなくてはならないだろう。

その意味でも、西川将人市長と与野党関係なく岩崎正則議長や谷口大朗会長等の市議会議員の方々も、東国幹道議会議員や今津ひろし代議士等のこの地域と国を結びつける立場の人々も一丸となって、この地域の経済活性化のためにご尽力いただきたい。

そして、地域の方々が本当の意味で業種関係なしに、政治家や教育者と協力し合いまちづくりができるのであれば、このまちは精神的にも物質的にも豊になれるのであろう。
何よりもそのことを藤井糸恵さんが望んでいたのだと、私は今でも思っている。

藤井糸恵さん安らかに・・・

2008年03月23日

下関商といのちのいろえんぴつ

旭川大学の谷口先生がお亡くなりになられて以降、風邪気味でもあり少し元気をなくしている。
そんな今朝、岐阜県山県市のてらまちさんのブログを読んでいたら、「いのちのいろえんぴつ」のドラマについてのことが書き込まれていた。
私はこのドラマを観ていなかったのだが、昨日のテレビ朝日系で放映されていたそうである。

内容は、北海道の厚岸で2003年に小学校6年生の豊島加純さんが脳腫瘍のために、この世を去られた。その短い生涯の晩年に先生からプレゼントされた色鉛筆を使い、身近な人々のことを詩と絵に残していたそうである。

てらまちさんのブログに書き込まれてる言葉を拝借させていただくと、

12色
 ここには、12色の、いろがある
 目立たない色もあるけれど、
 みんな、
 がんばってる
 ひとつ、ひとつ

その書き込みに感動しながらテレビをつけて観ると、春の高校野球で私の故郷山口県の代表校の下関商業高校が9回表に履正社高校に0-2で負けていた。
このまま負けてしまうのだろうと思っていたら、何と3番打者がホームランを打ったのである。
その後も5番打者のピッチャーもがホームランを打って同点まで追いついたのである。

9回裏の履正社の攻撃を下関商のナインはファインプレイにて守り切り、延長戦に突入した。
そして10回表が終わり、10回裏、再度の履正社の攻撃も何とか抑えて2アウトを取り、次のバッターをセンターフライに打ち取ったかに見えたのだが、無常にも白球はグラブに素直に収まることはなく、下関商業高校はサヨナラ負けを記してしまったのである。

その後、選手が控え室に戻るまでの20~30分間、センターを守っていた選手の涙は止まることがなかった。
そして、勝った履正社高校も負けた下関商業高校のピッチャーも、両エース共に涙を流していた。
勝った履正社高校のピッチャーにアナウンサーがインタビューしたところ、自らの失投によって同点に追いつかれてしまったのに、チームの頑張りによって勝つことが出来たことが嬉しかったようである。

当然、下関商業高校の選手が嬉しくて泣いていた訳ではないと思われる。
特にセンターを守っていた選手の涙が止まらなかった訳は、チームメートに迷惑をかけてしまった自分への腹立たしさからだったのではないだろうか・・・
また、下関商業のピッチャーが泣いていた理由が、センターのミスに腹立たしさを覚えて泣いていた訳では決してあるまい。

私もラクビー(楽苦美)をやっていたので、「ひとりは14人の為に、14人はひとりの為に全力を尽くす」意味を少しは知っている。

今日の高校野球を観ていても、「いのちのいろえんぴつ」に関する書き込みを読ませていただいても、大切なことは他者を思いやる心であり、自分を知ることと同じように他者を理解する努力をすることだと痛感させられた。

そして何よりそれらのことを、若い方々の純粋な行動より教えていただけたような気がしていることが、とても嬉しく思えている。

2008年03月19日

選挙カー燃料費問題は墨田区議と旭川市議だけの事じゃない

今回の書き込みをする前に、3月13日に旭川大学の准教授をなされておられた谷口善雄先生がお亡くなりになったとの事で、この場をお借りしてご冥福をお祈り申し上げたい。
谷口先生とは直接お話をすることは少なかったのだが、「よそ者論」等の講義をなされておられたことを考えると、旭川市内にては数少ない私の理解者でもあったと考えられるので、誠に心苦しい突然の出来事だった。
私としては先生がお考えだったように、旭川においても外からの新しい考え方と内部の今までの考え方がぶつかり合い融合して、新たに世界に通用するまちづくりがおこなわれることを夢見ていたので、道半ばでこれからと言う時に、誠に無念だと思っている。
私は此方に来て20年経つが、「よそ者」としての自覚を再認識して、このまちの多くの住人が豊かさを共有できるようなまちづくりを考え、実現して行きたいと考えている。

谷口先生の意志を少しでも継ぐ為にも、「よそ者」から見てのこのまちで問題があると思われる行政幹部や議員の資質を今後も問いたいと考えている。

それにしても条例等の法律をつくる立場の議員自らが、全国的に不正な公費を受給していたことが発覚していることは、忌々しき問題である。
今回、墨田区議十数名に支払われていた選挙カーの燃料費公費負担分の水増し額が数千円~数万円で、それも自主的に全額返還なされていたにも関らず、警視庁は全員を書類送検したようである。
それに比べて、旭川市議会議員が公費の不正水増し受給を確信的におこなっておきながら、未だに自主返還していない議員がいることも不思議だが、自主返還して何食わぬ顔をしている議員が多いことも大きな問題だと考えている。

下記に選挙カー燃料費の水増し不正受給を受けていたと思われる旭川市議会議員を挙げてみる。

1. 各立候補予定者が3月中旬の日付にて提出していた選挙運動用自動車燃料供給契約書の契約金額と様式第4号の選挙運動用自動車使用証明書(燃料)に書かれた4月21日以降に提出されていたはずの最終燃料使用金額が全く同額だった矛盾点。       
疑惑対象立候補者
安住太伸、久保厚子、杉山允孝、福居秀雄、宮本儔、室井安雄、門間節子、鷲塚紀子

2. 各立候補者から様式第4号の選挙運動用自動車使用証明書(燃料)に書かれた提出日付の27人分が4月15日になっていた矛盾点。この提出書は最終的に選挙運動期間中に実際に使用された燃料を契約業者が確認の上で提出するものであり、選挙運動期間初日に提出されていたことは理解し難い。
疑惑対象立候補者
安住太伸、久保厚子、杉山允孝、佐々木邦男、須藤洋史、園田洋司、福居秀雄、松家哲宏、宮本儔、室井安雄、門間節子、鷲塚紀子、石崎勝久、泉守、岩崎正則、蝦名信幸、小松晃、佐々木卓也、高橋徹、中村徳幸、能登谷繁、藤沢弘光、松田卓也、三上章、三井幸雄、安口了、山城えり子

3. 立候補者佐々木邦男から提出された様式第4号の選挙運動用自動車使用証明書(燃料)に書かれていた燃料使用日が、4月23日になっていた矛盾点。そもそも、選挙運動期間中は4月21日までであり、公費負担の選挙運動用自動車の借り入れ期間も4月21日までとなっていたはずである。

私としては墨田区と旭川市が特に酷い状況で公費の水増し不正受給をしていたと考えていないが、墨田区のように旭川市の選挙管理委員会に公文書としての証拠がある以上、旭川市議に対する警察・検察の徹底的な追及を望んでいる。
そうでなければ道内で最近多く見られるように、地域住人が福祉費等(聴覚障害者としての不正受給や福祉タクシー費の不正受給)の不正受給を受けていたとしても、今後厳しく罰することが出来ないどころか、不正が蔓延することにも繋がるだろうと考えているからである。

旭川市議選挙での選挙カー公費水増し不正受給問題に関して公明党の議員の多くが含まれていることも、私としては誠に残念なことだと思っている。 また、選挙ポスター公費の不正受給問題に関しては民主党と共産党の議員が多く含まれていることに関しても、私としては遺憾だと思っている。

今回、墨田区議が水増し不正受給を受けておきながら、全額返金したから書類送検されることがないだろうとの甘い考えを持っていたとしたら、今後、起訴される前に議員自らが自覚してこれからの進退を考えていただきたいものである。
そして、今回の詐欺的な行為に該当する議員が全国に居るのであれば、当然その議員達にも自らの進退を考えていただきたい。

2008年03月17日

旭川選出の道議や市議の倫理観と責務

昨今、この地域に蔓延している業者と行政の馴れ合い体質が原因での、土木建設関係や福祉関係の不正受託や不正受給による逮捕者や懲戒免職処分者が後を絶たないことを危惧している。
例を挙げると、上川支庁で起こった入札談合事件や滝川市で起こった福祉費の2億円横領事件がある。このことは旭川市に直接関係ないように思われるが、不正受託業者が市内の業者であったり、不正受給者が市内の暴力団と関係があった以上、身近な問題となるだろう。

そのうえ今では、障害者認定を行政が医者の診断書を安易に容認していた為、不正に福祉費を受給していた疑いのある住人からの障害者手帳の多くが自主返還されている実態まである。

如何してこの地域で、このような不正な受託や受給事件が増えているのであろうか?

私としてはこのような事件が起こる責務の原因の多くが、道議会議員や市議会議員にあると考えている。
その理由として、道・市議会議員は道・市政が道・市民の不利益となる行政執行をせぬように、チェックするのが主な仕事でもあるにも関らず、それほど職務を真っ当なされていないからであると考えている。
また、議員が条例等を決める立法権をも持っていることから、自ら条例等に反して不正受給をおこなった時の罪は重いのであろうが、自らの不正行為は棚上げしているので、行政にも民間企業にも良い意味での緊張感を与えていない実態もある。

旭川地域選出の道議会議員にもチェック機関としての職務怠慢があったのだと思われるが、それよりも問題なのが旭川市議会議員36人達ではないだろうか・・・
特に昨日も書き込ませていただいたが、以下に挙げる市議会議員全体の半数にあたる18人の議員が10万円程度の不正受給は容認される範囲だとお考えであるならば、告発される前に自ら今後の進退をも考えていただきたい。

安住太伸 ・ 太田元美 ・ 久保厚子 ・ 小松 晃 ・ 佐々木邦男 ・ 佐々木卓也

杉山允孝 ・ 高見一典 ・ 中川明雄 ・ 能登谷繁 ・ 福居秀雄 ・ 藤沢弘光

宮本 儔 ・ 村岡篤子 ・ 室井安雄 ・ 門間節子 ・ 安田佳正 ・ 鷲塚紀子

不正受給疑惑実態の一部でもある選挙ポスター公費分に関しては4月号のメディアあさひかわに書かれているので、参照されたい。
尚、不正受給を受けていたと考えられる立候補者人数が実際にはもう少し多いと思われるし、他の市で現職市議が書類送検されたのは岐阜県山県市の事で山形市ではないと考えられる。

2008年03月16日

行政の審議委員と市議の時代錯誤の倫理観

昨日の続きのような話で恐縮なのだが、私自身が20年前に来旭した時に学識経験者として各種審議会の委員を複数委嘱されていた。
その当時、9割方の審議会の委員が行政から選ばれた方々で、特に委員長は行政から事前に決められており、多くの審議事項の結果は初めから決められていたのが実態である。
当時から、審議会の役割が行政側が提案している公共工事等を承認するアリバイ作りのためだと感じていたので、市民側に立った多くの意見を言わせていただいた。

その他、委託にても公共事業のデザイン等を複数やらせていただいたが、研究機関に委託していれば審議会の委員も市議も意見を言えないようでもあった。
また、民間のデザイン企画会社に頼めば200~300万円程度かかる仕事が、50~100万円で程度で委託できるのだから、重宝されていたのかも知れない。
驚いたことに、それらの公共工事が終わった後には、行政幹部職員が商品券やビール券等を数十万円分もお礼にと持って来られていた。
私としては貰うわけにもいかないので一切受け取らなかったのだが、あれは今思えば裏金だったのだろうかと疑うと共に、持ってこられた行政幹部の方々も困られたことだろう。

そんな審議会委員や委託研究を2~3年受託している間にも、当初と変わらず市民側に立った意見をしていたり、お礼で持ってこられる商品券等の受け取りを拒否していたら、その後は委嘱も委託も来なくなっていた。
当時から現在でも行政側から多くの委嘱や委託を受けられている方々は、その辺のやり取りがお上手なのであろうと思っている。
先だってもこの大学を退官された元教員が、ある講演会にて行政の委嘱・委託での研究や審議委員等を10種ほど受託しておられるとのことだったが、私としては1人でそんなに行政の仕事を受け持つべきではないとも思っている。

以前にも少し触れたが、監査委員・選挙管理委員・農業委員等の委員は市議会の会派の提案等により市長が任命することが多いようだが、今後は市民からの公募による選挙等で決めていただきたいと思っている。
それと同時に、各種審議会の委員も行政側や市議会派の関係機関等の知り合いで決めるのではなく、一般市民の公募で少なくとも半数は決めていただきたいものである。
そうしないと、市民の多くが本当に必要としていることが執行されないで、一部の行政幹部や一部の市議の利益に繋がることに血税が使われかねないと思っているからである。

最後に、昨今の政務調査費や選挙公費の不正受給に関して疑わしき議員を挙げてみる。
これらの議員は、旭山動物園に関する映画のエキストラとして参加している場合ではないと思うのだが・・・

安住太伸 ・ 太田元美 ・ 久保厚子 ・ 小松 晃 ・ 佐々木邦男 ・ 佐々木卓也

杉山允孝 ・ 高見一典 ・ 中川明雄 ・ 能登谷繁 ・ 福居秀雄 ・ 藤沢弘光

宮本 儔 ・ 村岡篤子 ・ 室井安雄 ・ 門間節子 ・ 安田佳正 ・ 鷲塚紀子  

2008年03月15日

旭山動物園頼みの旭川市行政体質からの脱却

旭川のまちには戦前戦後にかけて多くの補助金等が流れてきていた。
私が言うまでもなく、今まで軍都としても道北開発の拠点としても国からの開発予算を含む多くの補助金等が流れてきていたのだが、それも10数年程前にピークを迎えて現在では半減近くまで削減されている

このような状況にあっても、旭川市職員の給与は道職員の削減幅ほど減らされてなく、国家公務員の平均給与とほぼ同じ水準の700万円台後半の平均額で支払われている。
その反面、このまちの民間企業の平均給与が公務員給与平均額の半分近くまで落ち込んでいる実態は、私の年代の地域住人の方々が実感されていらっしゃるのではないだろうか・・・

旭川市の行政は一体誰の為にあるのだろうか?

今は何とか旭山動物園の人気にあやかり、観光に関する市内企業の売上が伸びているので、土木・建設を中心とした企業の売上が落ち込んでるにもかかわらず、何とかやり繰りされている。
しかしながら旭川市が総合計すると3000億円程の借金を抱えている中で、市の天下り職員等の多い3セク等の団体に年間200億円、また生活保護世帯に年間100億円等の税金を使ってて、今後、本当に大丈夫なのだろうか・・・
このような状況の時こそ、西川市長が中心となって新たな地域産業を創出させるために全力で望んで頂きたいところなのだが、何故か行動が起こされ難くなってるように感じている

そのことが、支援母体でもある労組等の組合からの提言で実施し難くなっているのであれば、市民の公僕としての責務を果たす必要性のある市長としては、本末転倒なことになってしまうだろう。

当然、旭川市の行政機関は市民生活の安全・安心の為に尽力する使命があるだろう。

そして市議会議員は行政に対して、市民生活の安全・安心を維持する為に誤った方向に向かってないか、或いは行政が血税を無駄に使い浪費してないかを厳しくチェックしなくてはならないだろう
また、行政に地域経済を活性化する試案がないのであれば、市議自らが提言・提案して実施する為の行動を取る必要もあるだろう。

しかしながら、昨今の旭川市の行政と市議の関係を見ていると仲良しさん同士で、市民の安全・安心な生活や豊かさを生み出そうとする姿勢をほとんど感じることが出来ない。
その上、議員の多くが自分達の歳費を下げることもせず、目に見え難い所で公費の不正受給等をしている状況が発覚する度に、浪費をチェックする機関が自ら不正に手を染めて、保身の行動しか取れないものなのかと痛感させられている。

2008年03月11日

旭川市議選の選挙自動車燃料費の不正使用疑惑

1月25日付にて監査請求していた選挙運動用自動車の燃料費不正使用の実態を監査請求していた案件に関して、新たな事実が発覚したので書き込みたい。

西川将人市長に関する措置請求の要旨
1. 請求の要旨
(1) 平成19年4月におこなわれた旭川市市議会議員選挙で、各候補者が公費分で請求した燃料費の状況は、請求をしていない3人を除く41人の請求額の平均が約23,930円程となっていた。
  それにも関わらず4人が50,000円を超える請求をしており、30,000円を超える請求をしていた候補者と合わせると8人にも達していた。
  選挙期間中に1日7,350円の上限額を請求したとして、当時のガソリン代が1リットル136円だとすると約54リットル、軽油だと1リットル116円で約63リットルも給油できる。
    燃費が1リットルで8㎞と少なく見積もっても、1日に走行できる距離はガソリン車で432㎞、ディーゼル車で504㎞も走行できる。
    実際に1日12時間の選挙カーを使った選挙運動の間に500㎞も走行できるとは考え難く、実走行時間が8時間で平均速度が40㎞だとしても最大320㎞程度だと考えられる。
    燃料費の公費負担分上限の51,450円に対して320/504(0.635)倍程度が最大使用額の32,670円だと考えられるので、それ以上の額の請求をしていた候補者7人(対象者は8人だが、1人返還)から返金要求を願いたい。
32,670円を超える請求者
・福居秀雄 51,450円   差額18,780円
・松家哲宏 51,450円   差額18,780円
・室井安雄 51,179円   差額18,509円
・鷲塚紀子 42,618円   差額 9,948円
・門間節子 41,358円   差額 8,688円
・杉山允孝 36,188円   差額 3,518円
・園田洋司 34,912円   差額 2,242円
以上7名から差額分、合計金額80,465円の返還要求を願いたい。
  
(2)平成19年4月におこなわれた旭川市市議会議員選挙で、各候補者が公費分で請求した自動車の借り入れ費用について、44人の立候補者の内38人までもが107,100円の上限額で請求していた。
  選挙運動期間の7日間分が請求できる筈だが、看板等を取り外す前後の日も含めて請求している場合も考えられるので、監査の上、不正請求であった場合には返金要求を願いたい。

新たな事実
今回の選挙における選挙運動用自動車の燃料費の支払いに関して、幾つかの矛盾点があったので追加で指摘する。

1. 各立候補予定者が3月中旬の日付にて提出していた選挙運動用自動車燃料供給契約書の契約金額と様式第4号の選挙運動用自動車使用証明書(燃料)に書かれた4月21日以降に提出されていたはずの最終燃料使用金額が一致していた矛盾点。       疑惑対象立候補者、安住太伸、久保厚子、杉山允孝、福居秀雄、宮本儔、室井安雄、門間節子、鷲塚紀子

2. 各立候補者から様式第4号の選挙運動用自動車使用証明書(燃料)に書かれた提出日付の27人分が4月15日になっていた矛盾点。この提出書は最終的に選挙運動期間中に実際に使用された燃料を契約業者が確認の上で提出するものであり、選挙運動期間初日に提出されていたことは理解し難い。疑惑対象立候補者、安住太伸、久保厚子、杉山允孝、佐々木邦男、須藤洋史、園田洋司、福居秀雄、松家哲宏、宮本儔、室井安雄、門間節子、鷲塚紀子、石崎勝久、泉守、岩崎正則、蝦名信幸、小松晃、佐々木卓也、高橋徹、中村徳幸、能登谷繁、藤沢弘光、松田卓也、三上章、三井幸雄、安口了、山城えり子

3. 立候補者佐々木邦男から提出された様式第4号の選挙運動用自動車使用証明書(燃料)に書かれていた燃料使用日が、4月23日になっていた矛盾点。そもそも、選挙運動期間中は4月21日までであり、公費負担の選挙運動用自動車の借り入れ期間も4月21日までとなっていたはずである。

2008年03月09日

前市議会議員が書類送検されそうだ!

最近では全国的に条例等の決まりを作る議員自らが法律を破り、議員公費の不正受給等が後を絶たない現状なので、そのことについて書き込みたい。
今回の前市議会議員とは茨城県土浦市の前市議のことで、前旭川市議ではなかったことがせめてもの救いだったと感じている。

このことは今日の朝日新聞に詳しく書き込まれているので参照されたい。
大まかな内容としては、昨年度の政務調査費に残金がありそうだったので、実際におこなわれていない会派12人での視察をでっち上げ、政務調査費収支報告書に虚偽の記載をして有印公文書を作成し、行使したと言うものである。

このようなことが昨年より全国的に多く発覚しており、選挙に於いての公費で賄われている選挙ポスター作成代金や選挙運動用自動車の燃料費等の不正受給の実態でも、大きな問題になっている。
特に昨年、岐阜県山県市で複数の現職議員が書類送検されて辞職に追い込まれたのは記憶に新しい。

現在、全国各地でこのようなことが起こっていることを考えると、この国の多くの議員の倫理観を疑わざるを得ない。
また、今回の土浦市での事件では、前市議が自ら議員を辞職して不正受給をした公金を返したら、無罪放免になると考えていたとするなら、誠に責任感のない身勝手な行為だと言わざるを得ない。

この旭川市でも不信感を抱いてしまう市議会議員の行為が、昨年来より多くある。
その一つに、市議会議員や選挙に立候補した方々の公費の使い方に関して、監査委員に住民監査請求を昨年末から3回おこなっているのだが、その度に議員が自主的に受け取っていた公費を監査期間中に返還しているのである。
それも今までに20人近くの現職議員を含む方々が、監査結果が出る前に市に戻したり、収支報告書の修正申告をしているのである。

そもそも不正受給をしていないのであれば、慌てて訂正申告をしたり、一度受け取った公費の返還を市にしなくても、良いと思うのだが・・・

まあ、選挙に立候補なされた44人の内、公費の不正受給を受けていたと思われる方々が20人程度なのだからそれ程に騒ぐことではないのかも知れないが、その内の多くが現職議員なのだから少し心配でもある。
議員が聖職者である時代は遠い過去のものになったのかも知れないが、このまちの財政状況が全国的にみてもかなり悪化している現状を、議員自らが気づいて血税でもある公費を大切に不正なく使って頂きたい。

2008年03月07日

市議の資質と夜間中学の心

本日、今まで政務調査費を不正に受給していたとの疑いのあった市議を道警に告発してきた。
今回告発した理由は、確信犯だと思われる証拠が幾つか挙がったからである。
その証拠の確信的な部分は被告自身の行動によって作り出されたと言っても、過言ではないとも思っている。

また彼は選挙時の選挙ポスター公費についても不正受給していたためか、私が監査請求したら慌てて選挙から8ヶ月も経った昨年末に印刷業社に払ったとされる領収書を添付して、修正申告をしていた。
私としては条例等の法律を作る立場の議員さんが、法律に抵触することをしておきながら、監査等で調べられなければ良いのだと考えていたとすると、許しがたいことだとも思っている。

昨今、議員や官僚等の資質に疑問を持った国民が増えているのではないだろうか?
それは本来なら公僕として多くの国民から信頼され、慕われることが多かったにも係らず、今となっては割の良い就職先としか考えていない方々が増えてることが考えられる。
今後少しでも多くの公僕の方が初心に帰り、誰の為に働いているのかについて再認識して頂きたい。

昨日、旭川で夜間中学が今春から開講されると聞いて、事前の集まりに行ってきた。
そこに行って感じたことは、多くの団塊世代以上の方々が自主的に無報酬にて、幅広い世代の受講生の方々の支援をしようとなされている姿からの可能性だった。
それはこれからの公僕としてのあり方のようなものでもあったと感じている。

私としては今後このまちで、全ての住人の方々が公僕としての意識を持ち、全ての住人の方々が個人としての自覚を持った時、豊かさが訪れるような気がしている。
それは物質文明社会でもなく、お金中心の資本主義社会でもなく、心中心の社会で不正行為のない他者を理解できる環境なのではないかと思っている。

2008年02月29日

選挙ポスター不正受給に関する住民訴訟

 一昨日の夜、東京出張を終え帰旭してから徹夜にて「選挙ポスター不正受給に関する住民訴訟」の訴状を被告人西川将人旭川市長として書き、昨日の夕刻に裁判所に提出してきた。
 今回も前回同様に、同じ釜の飯を食べてまちづくりの勉強をさせて頂いた西川さんを被告とするのは誠に残念なことなのだが、不適切に公費を受給していた立候補者が居た以上、目をつぶることはできなかった。

 東京ではギャラリーや美術館での情報収集をおこなうと共に、教育開発研究所が主催した今後の教育のあり方についての研究会に参加させて頂いた。
 特にその中で堀田力弁護士の基調講演の内容は、訴状を書く上でも勇気づけられるものだった。
 今回はその提出した訴状の一部を開示したい。


訴 状   平成20年2月28日

旭川地方裁判所民事部 御中           

当事者の表示
〒070
原告  神崎 実 

〒070-8525 旭川市6条9丁目
被告  西川将人旭川市長   ℡0166-26-1111

政務調査費返還代位請求事件(住民訴訟)
訴訟物の価格 1,600,000円
貼用印紙額    13,000円
予納郵券     5,000円

請 求 の 趣 旨

1. 被告は立候補者泉守に対し、金126,600円を請求せよ。
2. 被告は立候補者太田元美に対し、金84,000円を請求せよ。
3. 被告は立候補者久保厚子に対し、金126,000円を請求せよ。
4. 被告は立候補者佐々木邦男に対し、金57,750円を請求せよ。
5. 被告は立候補者佐々木卓也に対し、金84,000円を請求せよ。
6. 被告は立候補者高橋徹に対し、金126,600円を請求せよ。
7. 被告は立候補者高見一典に対し、金63,300円を請求せよ。
8. 被告は立候補者能登谷繁に対し、金84,000円を請求せよ。
9. 被告は立候補者松家哲宏に対し、金130,000円を請求せよ。
10.被告は立候補者中川明雄に対し、金506,400円を請求せよ。
11.被告はポスター公費分で、法的に認められている400枚のポスター以外のポスター・ハガキ・リーフレット・名刺等を、今回契約した業者に作らせた立候補者に対し、返還を求めよ。
12. 訴訟費用は被告の負担とする。
   との判決を求める。


請 求 の 原 因

 私は平成19年4月に行なわれた旭川市市議会議員選挙にて、公費負担分の選挙ポスター製作費が不適切に使われていたとの観点から、旭川市職員に措置請求を行なっていた者である。
 しかしながら、今回平成20年2月1日の監査結果について、特に判断に書かれている「本件住民監査請求における選挙運動用ポスター作成に係る公費負担の支出について、違法又は不当な支出に該当する事実は認められない。したがって、本件請求に係る請求人の主張には理由がないので棄却する。」については、事実誤認があると考えられる。

各候補者に対する不適切な公費支出

 今回の選挙にて各立候補者はそれぞれが選んだ印刷業者等と「選挙運動用ポスター作成契約書」において、選挙前に契約を締結している。
 また、契約事項の中には「なお旭川市に請求する金額が、契約金額に満たない時は、甲は乙に対し、不足額を速やかに支払うものとする。」と明示されている。
 それにも係らず、監査請求が出た後も未だに不足額を支払っていない立候補者は、それぞれが選んだ印刷業者との間で、事前に公費負担分400枚を超える印刷に関して、公費負担分の中に含めて処理していたと考えるのが妥当だろう。
 以下に問題だと思われる各立候補者の現状を明示する。

2008年02月25日

数樂(数学)造形展と楽苦美(ラクビー)

昨日24日の日曜日に札幌の京王プラザホテルにて、北海道電力主催の数樂(数学)おもしろ講演会と数学造形展(マセマティカル・アート展)が行なわれた。
開催時間は午前11時~午後5時までだったのだが、その間の来園者は優に1,000人を超える人気ぶりで、講演会に参加された300人の来場者も事前抽選で選ばれた方々であったようである。

今回の人気ぶりを考えた時、10年前に初めて旭川でマセマティカル・アート展を考えた創設者でもある秋山仁教授の功績が当然挙げられるのだが、当時と変わらず道内の親御さんに知的探究心があるのと共に子供達自らが算数やものづくりを楽しみたいとの思いの表れでもあるかと思われた。

私としては美を追求することも、算数・数学の定理を追求することも、同様のことだと強く感じている。
それは秋山仁教授と出会う10年前以前にも思っていたことであるが、ここ10年間でその思いは更に強くなってきている。

何かを表現したり、新しいものや考え方を世に出そうとすると、兎角抵抗に遭うことは世の常である。
特に近代のこの国では・・・。
その為、楽しいことに夢中になり新たなものを生み出したところで、この国の社会はそれを認めてくれないどころか、排除すらしようとする。

そんな環境の中で苦しみ抜きながら、真実の美しさや誰も考えたことのない定理を見つけ出せた時、その人々に至福の喜びがあるのではないだろうか・・・。
東京藝大のラクビー部での「楽苦美」との言葉を少しだけ理解できるようになったのかも知れない。

2008年02月17日

夕張に面白きことを見つけたり

ここ1週間は睡眠時間が4~5時間と、最近の平均睡眠時間7時間を下回るくらい忙しかった。
その為、西川将人旭川市長を被告として訴える訴状を書く時間さえ、取ることが出来なかった。

まあ、そのことは冗談としても忙しかったのは事実であった。
13日より京都から嵯峨芸術大学の学生さん25名が来校されて、フローズンスカルプチャーの集中授業を受講されていたのである。
そのため、私は担当教員の1人として授業準備期間も含め、毎夜12時頃まで寒空の下で水を使う作業に従事していたのである。
授業内容は大学のホームページにてご高覧頂きたい。http://www.htokai.ac.jp/ASAHIKAWA/

今回、外気温が予想以上に高かった(-5℃)こともあり、順調に作業を進めることが出来ずに構造の問題も発生して、15日の夜に何とか無事に完成した次第である。

その後、昨日16日に学生2人と共に夕張にて札幌校舎の川崎先生が組織された「国境なきボランティア団」、「国境なき愛のスコップ団」に便乗させて頂き除雪の作業を手伝ってきたのである。
参加した2人の学生は昨年度ゼミにて組織された「豪雪バスターズ」のメンバーだった。

その夕張の除雪会場でお会いした札幌校舎の大学院生から、このホームページを見て楽しまれておいでだとのことを聞かせて頂いた。
また、新聞等の内容より面白いとのことだった。

私としては以前にも書き込んだ記憶があるが、子供の頃より文章を書くのが大の苦手なのと同時に国・英の成績は5段階評価で2がほとんどだった。
その上、大学入試においても、文系教科が主体の私立の美大にはことごとく落とされて、幸い共通1次テストにて学力を評価してくれた国立に辛うじて受かった次第である。

そんなこともあり、自身でも分かっている稚拙な文章を読んで頂いていることを年長者の大学院生から伝えられ、とても恥ずかしい思いをした次第なのである。

まあ、そのことを除けば、藤倉市長や東京都から派遣された2人の職員と札幌校舎の留学生も含む学生を中心とした30数名や地元のサッカー少年団の10名等、地元の年長者を含めて総勢100名近い人々が、無報酬で汗水流して除雪をしたにも関わらず、笑顔だったことが何より嬉しかった。

私としては藤倉市長の笑顔を見れただけでも嬉しかったのだが、夕張の年長者の方々が私たちの行動に勇気づけられたとの言葉に、ありがたさを感じたのである。

今後も機会をつくり是非とも夕張に行きたいと考えている。
また、昨年度ゼミにて地域の施設を除雪した時の年長者の笑顔を思い出しながら、今後、私が教育者の端くれとして地域にて支援できることを考えている。
そんな時、「面白き ことも無き世を 面白く」の晋作の思いが少しだけ理解できたような、気がしている。

2008年02月07日

道内初の快挙!卒業生、川野恵子町長誕生

前回も書かせていただいた話題だが、一昨日、その話題の主の川野恵子東神楽町長が東海大学旭川校舎に来校されていた。
学生達も道新の一面を飾った人が来られていたので、興味津々だったようである。
しかしながら、この校舎の卒業生だと言うことを知っている学生はほとんど居らず、「皆の先輩だよ」と伝えると、感心しきりの様子だった。

女性が道内の市町村で初めての首長になられたことも快挙だが、旭川校舎の卒業生が首長になられたことも初めてではないだろうか。
現在この校舎には芸術工学部の中にくらしデザイン学科があり、アート・デザイン・建築・まちづくりの各コースで学ぶことが出来る。
私としては卒業生が各分野にて活躍できることを望んでいると同時に、卒業生がこの校舎にて教鞭を取って頂きたいとも思っている。

そんな中、卒業生の川野東神楽町長が母校にてまちづくりについての講義等を受け持っていただけるように、準備したいとも考えている。
今までもアートコースの授業にて劇団イナダ組(大泉洋・森崎博之・音尾琢磨)の代表稲田博さん(卒業生)に教鞭を取って頂いていたのは、この校舎での大学教育を受けた卒業生が、社会に於いて幅広い分野で活躍できることを望んでいるからでもある。

この校舎の卒業生が今まで以上に地域社会にて活躍できるように、幅広い分野のスペシャリストに教鞭を取って頂くと同時に、私達常勤の教員も専門分野に偏ることなく、幅広い分野に精通すると同時に各分野のスキルをも持った学生の教育に尽力したい。

2008年02月04日

東海大学(旭川校舎)卒業生が東神楽町長に! 道内初の快挙

 当選されたのは川野恵子さん(東海大工芸短大・現旭川校舎卒)、北海道市町村で初の女性の長となられた。
 川野さんは51歳の年齢ながら、卒業後30年近くに渡り主婦でありながら消費者運動や子供読み聞かせのボランティア活動等をなされ、東神楽町での地道なまちづくりの基盤を築いてこられた立て役者でもある。
 数年前より町議会議員となられてからは子供達の教育環境を充実させることにも熱心で、3年前には東神楽町のホールにてマセマティカル・アート展のイベントを企画され、私も秋山仁教授と共に作品展示や講演会活動に協力させていただいた。
 その時、会場に入りきれない人々を呼ぶことができたのは、今考えると川野さんの人柄による魅力からだったのかも知れない。

 これから4年間、旭川空港も東神楽町にあることを考えると、今まで以上に道央・道北の経済・観光発展の牽引力となるように頑張っていただきたいと考えている。
 また、東海大学(旭川校舎)の卒業生が道内初の女性町長になられたことを祝福すると共に、今までにない切り口から北海道の地方自治体を再生するリーダーシップを発揮されることをも期待したい。

 今後この東神楽町が川野町長によって活き活きしてこそ、北海道全体の景気回復にも繋がると信じている。

2008年02月01日

赤平や北見の状況は対岸の火事だと思えない

先ほどNHKの番組にて赤平市の借金割合が全国の中でも高く、今後夕張市のように公共料金の値上げがあると同時に、市職員の給与も削減されると伝えていた。
その借金が増えた原因の1つは欄の栽培施設への投資が挙げられていたが、それは5億円程度で最も赤字経営で借金をつくったのは市立病院だったようであり、それは30億円に近い額だと伝えていた。
その番組の中で高齢者の方が「このまちから去りたい」と仰っておられたことが、印象に残っている。

昨今、道内の旧産炭地以外の地方公共団体にても医療を充実させることが難しくなってきたようである。
それは北見市に於いても起こっており、北見日赤病院の内科医6人が全員辞職されたことにより、内科の診察も入院も取りやめることになったようである。
人口10万人を超える街の総合病院で内科の診療が受けれなくなることに、高齢者は勿論のこと住人の多くも不安感を抱いていたことと思う。
急遽北見市長が道庁に医師の派遣依頼の陳情に出向いたとのことが、住人の多くの不安な気持ちを象徴しているかのようである。

この旭川は大丈夫かと言うと、決して対岸の火事ではないと思われる。
それは旭川市立病院でも赤字なく運営されてる訳でなく、市全体の借入金で言えば2000億円にも達しているからである。
今後、北海道への補助金額は今まで以上に厳しくなるであろう。
そんな中で地域医療を今まで同様のレベルで存続させる為には、地域経済を活性化して税収を増やすことは勿論のこと、市職員の方々や議員さんの歳費を削減する必要もあるだろう。
そうでなければ、再生団体になってしまうかも知れない。

議員さんの歳費削減も考える時期に来ているのだろうが、今回昨年4月の市議選挙にて公費支給されていたポスター代金の一部返還を求める監査請求の結果報告は、棄却となってしまった。
今後、詳しく報告していきたいが、政務調査費同様に住民訴訟を起こしたいとも考えている。

赤平や北見の状況は対岸の火事だと思えない

先ほどNHKの番組にて赤平市の借金割合が全国の中でも高く、今後夕張市のように公共料金の値上げがあると同時に、市職員の給与も削減されると伝えていた。
その借金が増えた原因の1つは欄の栽培施設への投資が挙げられていたが、それは5億円程度で最も赤字経営で借金をつくったのは市立病院だったようであり、それは30億円に近い額だと伝えていた。
その番組の中で高齢者の方が「このまちから去りたい」と仰っておられたことが、印象に残っている。

昨今、道内の旧産炭地以外の地方公共団体にても医療を充実させることが難しくなってきたようである。
それは北見市に於いても起こっており、北見日赤病院の内科医6人が全員辞職されたことにより、内科の診察も入院も取りやめることになったようである。
人口10万人を超える街の総合病院で内科の診療が受けれなくなることに、高齢者は勿論のこと住人の多くも不安感を抱いていたことと思う。
急遽北見市長が道庁に医師の派遣依頼の陳情に出向いたとのことが、住人の多くの不安な気持ちを象徴しているかのようである。

この旭川は大丈夫かと言うと、決して対岸の火事ではないと思われる。
それは旭川市立病院でも赤字なく運営されてる訳でなく、市全体の借入金で言えば2000億円にも達しているからである。
今後、北海道への補助金額は今まで以上に厳しくなるであろう。
そんな中で地域医療を今まで同様のレベルで存続させる為には、地域経済を活性化して税収を増やすことは勿論のこと、市職員の方々や議員さんの歳費を削減する必要もあるだろう。
そうでなければ、再生団体になってしまうかも知れない。

議員さんの歳費削減も考える時期に来ているのだろうが、今回昨年4月の市議選挙にて公費支給されていたポスター代金の一部返還を求める監査請求の結果報告は、棄却となってしまった。
今後、詳しく報告していきたいが、政務調査費同様に住民訴訟を起こしたいとも考えている。

2008年01月25日

住民訴訟!被告は旭川市長で問題なのが市議達

今回はアール・ブリュット展のことを一休みして、西川将人旭川市長を相手取って民事訴訟を起こしたことについて書き込みたいと思います。
訴状の内容は以下の通りになります。

請 求 の 趣 旨

1.被告は旭川市議会議員藤沢弘光に対し、政務調査費の監査期間中であるにも関わらず、返還措置に応じて監査を妨げたので、差し戻しをせよ。

2.被告は旭川市議会議員安田佳正に対し、金120,000円を請求せよ。

請 求 の 原 因

1. 私は平成19年11月1日に平成18年度の旭川市議会議員に配分された政務調査費が適正に支払われていなかったとの思いから、西川将人旭川市長に対して措置請求をした者である。
  その措置請求期間中に、旭川市議会議員藤沢弘光が措置請求の対象となっていた118,890円の全額を返還したことについて、旭川市長が返還を容認する措置を取ったため、結果として監査の妨げになることとなった。
  そもそも藤沢弘光議員の提出していたタクシーの領収書に関しては、受領していた公費の金額とも合っておらず、また、提出されていた20枚の領収書には担当運転手の氏名も車番も一切の記入されていなかった。
  このような不確かな領収書を公文書として添付して公費を受領していた藤沢弘光議員の返還を、容認措置してしまった被告旭川市長の判断は適正を欠くものだったと言わざるを得ない。

2. 私は平成19年11月1日に平成18年度の旭川市議会議員に配分された政務調査費が適正に支払われていなかったとの思いから、西川将人旭川市長に対して措置請求をした者である。
  旭川市議会議員安田佳正が同年度にリース契約していたパソコン2台とプリンター1台(パソコンについてはプロバイダー契約も含む)に関して、月2万円もの額を安田佳正議員本人が公費として受け取っており、年額にして24万円にも達していた。
  
問題点を列記する。
① そもそも議員個人が所有していたパソコンを議会の会派内に持ち込み、会派内でリース契約を結ぶことを条例の手引きでは容認していない。
② パソコンのインターネットプロバイダー契約等は自宅にて上限5,000円を限度に認められているが、そもそも議会内にインターネットの端末があるにも関わらず、プロバイダー契約を結ぶ必要がない。

上記の問題点となっている根拠は、「旭川市議会政務調査費執行の手引き」の(1)支出手続きについてのアとエによる。

また、実際のパソコンの金額は平成18年度でも100,000円以下のものが主流であり、プリンターも2~3万円で充分購入できる上、リース契約したとしてもパソコン1台を月3,000程度から借りることができたことを考えると、プロバイダー料金が含まれることを容認したとしても、年間120,000円の経費で充分だったと考えられる。

  以上のことから、安田佳正議員に公費から支払われた平成18年度のパソコン等リース代金240,000円の内、120,000円の返還を求める。

3.よって、私は被告に対し、地方自治法242条の2に基づき、請求の趣旨記載の判決を求め提訴した。

2008年01月22日

旭川にペリー来航!150年ぶりの変革2

アール・ブリュット展の講演内容で気になったことの続き。
・アール・ブリュットの作家達の作品に嫉妬する作家が多いこと
・アート(芸術)と言う認識が存在しない世界
・描き方やつくり方を教えない教育
・彼等の行動自体が反逆的(平和的)
・他人の評価を気にしない表現
・作品の価値

前回、「・アール・ブリュットの作家達の作品に嫉妬する作家が多いこと」についてだったので、今回は以下のことについて書きたい。
・アート(芸術)と言う認識が存在しない世界
これはペリーさんが最終的にアートと言う言葉が存在しない世の中になれば良い、とのニュアンスのことを言われていたことに対して、今後アール・ブリュットと言う特別な存在も必要なくなるのでは、と思ったのである。
現在、国際的に見てもアートの分野で創作活動だけで生活できている恵まれた環境の方々は、基礎的なトレーニングを受けてきている方々が多いと思われる。
逆に基礎的なトレーニングを受けてない方々がアーティストと呼ばれることは少なく、アール・ブリュットの作家がその代表となるのであろう。

そもそも基礎的なトレーニングを受けて作品制作をしてる方々の作品がアート作品になるのであろうか?
それとも基礎的なトレーニングを受けてないことの方がアート作品を生みやすいのであろうか?
これらは両者共にあり得る話だと考えられる。
そうだとすると、基礎的なトレーニングを受けてない方々がもっと多くアート作家をやっていれば良いのだが・・・
現実的にはそんなにあまい世界でもなさそうである。

この国でも明治維新前はアート(芸術)との言葉を使うことがなかったようである。
リベラルアーツ(一般・基礎教育)の考え方が欧州から入ってきて、人々がものごとを学ぶ時に重要な学問だと考えられていたようである。
その教科の中には数学や哲学や美学等の学問が含まれていたようであり、そのアーツの部分を藝術と訳すようになったのである。
その意味でも、150年前のこの国には藝術と言う分野は存在してなかったのであろう。
それはペリーが考えていた、芸術との言葉のない世界だったのかも知れない。

2008年01月19日

旭川にペリー来航!

1853年のペリー来航から155年を経た今日、旭川市にリュシエンヌ・ペリー(スイス・ローザンヌ アール・ブリュット・コレクション館)館長が来旭され講演された。
その講演内容は私が今までこの国で問題だと思っていた、そのものでもあった。
それをペリー来航以降、軍都となり保守的な街の旭川で「枠に嵌まった教育は必要ない」との意味合いの講演だった事もあり、「旭川にペリー来航!」とのタイトルにした次第である。

講演内容は中身の詰まった、今後の世界のあり方を示唆してると考えられるものでもあった。
・アール・ブリュットの作家達の作品に嫉妬する作家が多いこと
・アート(芸術)と言う認識が存在しない世界
・描き方やつくり方を教えない教育
・彼等の行動自体が反逆的(平和的)
・他人の評価を気にしない表現
・作品の価値
以上のことが私としては気になった内容だった。
今後ひとつひとつについて解説すると共に、私の考えを書き込みたい。

先ず
・アール・ブリュットの作家達の作品に嫉妬する作家が多いこと
アール・ブリュットの作家達の作品制作に対する姿勢はそれをやりたいからやるのであって、お金になるからとか飯の為になるとかを考えて制作している訳でもない様である。
また、彼らは制作された作品に評価を求めている訳でもない様なのだ。

多くの作家が他人の評価を気にしたり、どれ位の値で取り引きされるのかを気にしているものである。
それは当然のこと、現代社会の中で生活していく為に大切なことでもあろう。
しかしながら、そのことが作品制作する時の作家に何らかの影響を与えることも考えられる。
自分が作りたい筈の作品を、他人の評価を気にしながら制作しなければならない状況に置かれる訳である。
それに対してアール・ブリュットの作家達が、他人の評価を気にすることもなく制作することが出来ることに、多くの作家は嫉妬することがある様なのである。

つづく

2008年01月12日

アール・ブリュット展の講演会が無事に終了

新春特別講演会
「アール・ブリュット展とは?」(アート表現の広さと深さを知ろう)

趣旨
 来たる1月16日から道立旭川美術館にて「アール・ブリュット/交差する魂」とのタイトルの作品展がおこなわれます。サブタイトルは「ローザンヌ アール・ブリュット・コレクションと日本のアウトサイダー・アート」となっております。
 このタイトルをお読みになって、作品展の内容が理解できるでしょうか?
 私も当初はどのような展示がなされるのかについて全く分からなかったのですが、今回お呼びする陶芸家の工藤和彦さんからのお話を伺い、魅力が分かり始めたしだいです。
 簡単に内容を書きますと、デッサンや基礎描写等の正規の美術教育を受けていない人たちによって、文化潮流や伝統または流行などとは無縁に制作されているものらしいのです。
 今回の講演会に参加して頂き、アートの世界の広さと深さを再認識して頂き、皆さん自らが作品制作に興味を持って頂ければ幸いだと考えております。

講師
陶芸家・NPO法人ラポラポラ代表理事 工藤和彦氏

日時・場所
2008年1月12日(土) 午後3時~午後4時30分
北海道東海大学・1号館2階メディア視聴覚室
(旭川市神居町忠和224 ℡0166-61-5111)

企画
北海道東海大学芸術工学部くらしデザイン学科(アートコース)

今回の企画展は道立旭川美術館を皮切りに全国を巡回予定で、日曜美術館等の番組でも取り上げられており、今年、国内の美術界でも特に注目されている作品展の一つだと思われます。
この講演会にご参加の方はお誘い合せの上、当日直接会場にご来場頂ければ幸いです。


今回の講演会には学外から15名の方々と学内から16名の方々の参加を頂き、工藤和彦先生のお話の中で1時間30分が何時もより早く過ぎ去りました。
参加頂いた方々として、議員さんや行政幹部の方をはじめ、財界からも今後このまちを背負って立つような方々も来られておりましたことは、誠に喜ばしいことでした。
また、地元の雑誌社の方々に取材して頂いたことも、ありがたいことです。

2008年01月09日

「アール・ブリュット展とは?・アート表現の広さと深さを知ろう」

今回の書き込みは、アールブリュット展(アウトサイダー・アート展)についてです。
この展示は、障害者の方々だけの作品展と言う訳でもなく、美術表現に対して知識や経験のない多くの方々が参加できる美術展なのです。
私としてはファインアートの表現が、この展覧会の中に潜んでいるのではないかとも考えております。
今回この展覧会の内容を多くの方々に理解していただく為にも、1月12日の15時より北海道東海大学にて講演会をおこなう予定にしております。
ご興味のお有りの方々は、是非共ご来場いただきたく願います。
尚、日程は以下の通りです。

新春特別講演会
「アール・ブリュット展とは?」(アート表現の広さと深さを知ろう)

趣旨
 来たる1月16日から道立旭川美術館にて「アール・ブリュット/交差する魂」とのタイトルの作品展がおこなわれます。サブタイトルは「ローザンヌ アール・ブリュット・コレクションと日本のアウトサイダー・アート」となっております。
 このタイトルをお読みになって、作品展の内容が理解できるでしょうか?
 私も当初はどのような展示がなされるのかについて全く分からなかったのですが、今回お呼びする陶芸家の工藤和彦さんからのお話を伺い、魅力が分かり始めたしだいです。
 簡単に内容を書きますと、デッサンや基礎描写等の正規の美術教育を受けていない人たちによって、文化潮流や伝統または流行などとは無縁に制作されているものらしいのです。
 今回の講演会に参加して頂き、アートの世界の広さと深さを再認識して頂き、皆さん自らが作品制作に興味を持って頂ければ幸いだと考えております。

講師
陶芸家・NPO法人ラポラポラ代表理事 工藤和彦氏

日時・場所
2008年1月12日(土) 午後3時~午後4時30分
北海道東海大学・1号館2階メディア視聴覚室
(旭川市神居町忠和224 ℡0166-61-5111)

企画
北海道東海大学芸術工学部くらしデザイン学科(アートコース)

今回の企画展は道立旭川美術館を皮切りに全国を巡回予定で、日曜美術館等の番組でも取り上げられており、今年、国内の美術界でも特に注目されている作品展の一つだと思われます。
この講演会にご参加の方はお誘い合せの上、当日直接会場にご来場頂ければ幸いです。             

コーディネーター 北海道東海大学 くらしデザイン学科
アートコース代表 准教授 神崎 実

2008年01月06日

旭川市議会とマスコミとの仲の良い関係

今回は私が度々参考にさせて頂いてる「旭川発、感ずるままに。」に書き込んだ内容を載せさせて頂きます。
また、ブログ主さんでもあるmyさんが書かれた部分も使わせて頂いております。

>先日何気なく見ていた、市議会議長の交際費の中に、内外調査会会費という項目がありました。
>3ヶ月で47250円。ということは、1ヶ月15750円。年間189000円。
>内外調査会という団体は、(株)時事通信社の関連団体で、昭和29年に創設された公益法人だそうです。

今回の件、重箱の隅をつつく事だと思われる住人もいらっしゃるかも知れませんが、私としてはmyさんが遂に核心部に触れられたのだと、感じております。
その事を「おめでとうございます」と言ってよいのか「今後大変ですよ」と言ってよいのか、言葉に悩むところです。

そもそも私が此方に来た20年前から、このことが一番問題だと思っていたことなのですから・・・
当時の状況は今より酷く、市長を始め行政職員が市民のことを考える前にマスコミと議員の機嫌を取る状況で、市議も同様に市民よりマスコミに目が向いてる有様でした。

マスコミ連中の多くは情報収集との名目で毎晩3・6で接待づけになってる状況の上、役所内の記者クラブでは税金で支払われてる設備もコピー機も全てをお金を払わずに自由に使っている状況でした。
その上、行政が税金でクラブ内に雇った嘱託職員を事務員のようにコマ使いとして、お茶汲みまでさせている現実まであります。

市議も同様に、費用弁償が出ているにも関わらず専用駐車場が完備されている有様でした。残念な事に未だに議員専用のお茶汲みの嘱託職員が複数名税金で雇われておりますが・・・
20年近く毎回行く度にその事を言っていたら、ここ数年は議員専用の駐車場も費用弁償も廃止されましたし、記者クラブも昨年から自費でコピー機を置くようになったようです。

私が20年前に首都圏で生活していて当たり前だと思っていたことが、やっと旭川でもここ数年で当たり前だと思って貰えるようになったようです。
当然、このことは多くの人々が不自然に思っていたから変わったのと、幹部職員の何人かが私も含めて多くの住人の声を真摯に聞くようになったからだと思われます。

しかしながら残念なことにその状況を未だに理解していないのが、議員達なのではないでしょうか?
それとも、お金を払っていれば問題を起こしても良心的な記事を書いてくれるとでも、思っているのでしょうか。
因みに道新を始め地方紙の多くは時事通信社や共同通信社から情報を得ています。

2008年01月03日

旭山動物園成功の本当の訳 つづき

新年あけましておめでとうございます。
今年もマイペースでブログの更新を行なう予定ですので、よろしくお願い致します。

以前、旭山動物園成功の本当の訳を書いておりましたが、今回はその続きを述べたいと思います。

今から13年程前に菅原功一市長が誕生して、何が変わったか?
それは五十嵐広三市長の時に大切にしていた文化と芸術・科学に関する事業への支援が行なわれるようになったことだろう。
その行為は、市長選の時に五十嵐広三さんやユウカラ工芸館の当時館長の木内さんの支援を受けていたことに対しての感謝の気持ちもあっただろうが、彼自身が文化支援を大切だとも思ってもいたようである。
また、道議会議員の時に自民党党員だった菅原功一議員の理解者だった一人が、道議会議長も歴任された自民党の重鎮藤井猛さんだったことも重要であっただろう。

この時の市長選がこのまちにとってのターニングポイントとなったとも思われるので、少し内容を記したいと思う。
この時の市長選挙には波岸助役(自民党)と高原市議(社会党)と菅原道議(自民党)が出馬していたので、若くして社会党支援で当選した五十嵐広三市長と同様に彼の秘書もやったことのある高原市議が当選するものだと私は信じていたが、そんなに甘い政界でもなかった。
当時の菅原道議は自民党員でありながら、見え難い所で木内館長を中心とした社会党(労組)の支援を得ていた訳である。
その影で支持していた重要な方が五十嵐広三さんだったのである。
そんな背景の中で、当時の自民党の基礎票の4~5割程度と社会党の基礎票の3~4割程度を得た菅原功一市長が誕生したのである。

このことが板東市長の時に硬直化していた自民党中心の行政体質を変えることに繋がり、また社会党(労組)の支持も受けていたことが、議会運営を円滑に運ぶこととなった。
またこのことが、首都圏でバブルも崩壊してお金もない中で潰れかけていた動物園に予算を配分できたことにも繋がったようである。

つづく

2007年12月31日

政務調査費不正使用の実態と旭川市議の資質

 私が2ヶ月前に監査請求をしていた件が先だって監査委員から報告されて、西川市長は即日に市議会議員に対して杉尾さんの請求分と合わせて三百数十万円の政務調査費の不適切な使用部分全額の返還を勧告した。

 この件に関して特に問題だと思われる市議会議員がいたので報告したい。
 その市議とは藤沢議員を含めて3名の議員であり、彼らは私が住民監査請求をおこなってから以降、昨年度受領していた公金を自主的に会派に返金したようなのである。
 その中でも藤沢議員の返金額はタクシー料金で受給していた公金全てであり、10万円を越える額でもあったのである。
 そもそもタクシーの領収書20枚を超えるものが、素人目にも偽造したと思われても仕方のないぐらい稚拙なものであり、そのうえ乗車した区間と料金が一致しておらずほとんどが5,000円を超える高額だったのである。
 また、通常ならば領収書に担当した運転手の名前と車体番号が明示されてる筈なのに、藤沢議員が公文書の一部として提出した領収書には一切それらが明示されていなかったのである。

 そもそも不正なことをしていないのであれば、監査請求されてから慌てて10万円を超えるタクシー代金の全てを自主返還する必要は全くないのである。
 それを急遽返還したと言うことは、タクシーの領収書20枚以上を偽造していたと考えるのが自然だと思うのだが・・・
 今回、彼らが受領していたお金は公的資金であり、昨年度末の政務調査費の収支報告書に領収書添付の上、法的にも公文書として取り扱われてる内容により支払われたものである。

 問題が発覚しそうだから返金しておいた方が良いとの判断から、会派に戻しいれたのであれば忌々しきことである、と同時に戻したから許される問題でもない。
 また、公文書でもある証拠としての領収書があるのだから、それを警察機関や検察機関が領収書を発行したタクシー業者の帳簿を調べて偽造だと分かった時には、詐欺罪を適用される場合もあるだろう。
 いずれにしても、藤沢議員をはじめ多くの旭川市議会議員の資質が疑われる状況になっている。

 今年最後の書き込みに「偽」のことを書き込まなくてはならなかったことが、強く悔やまれる。
 来年は偽りのない方々を中心に市政運営をして頂きたいと、切に願っている。

2007年12月27日

政務調査費の不正使用の返還命令

少し直接的なタイトルだったかも知れないが、私としての気持ちにはこれ以上の思いがある。
正確には「市民からの政務調査費の監査請求を受けて監査委員が監査したところ、300万円もの公費が不適切に使われていたとの判断であった。その事実を監査委員から行政側に勧告したところ、市長が市議会会派に監査委員の勧告通りに返還することを求めた。」となるのであろうか。

私としては監査委員も市長をはじめ行政幹部も毅然とした態度で望んでおられる様で、とても嬉しく思っている。
しかしながら、公費でもある昨年度分の政務調査費が不適切に使われないようにチェックする責任者は現西川市長でもあり、市民から監査請求を受けてからチェックミスに気づき、市議から公費の返還を求めるようでは何とも情けなく思ったりする。

今回の件で市民から選ばれて市民の為に働かなくてはならないであろう公僕達が、各自の為に使ったであろう飲食費や交通費や電話代等を指摘されなければ、或いは見つからなければ良いだろうと思って使っていたのだとしたら大問題であろう。
また、第三者的な立場の筈の議会事務局が、市議達の不適切な使い方に関して適切なアドバイスも出来ず、どちらかと言えば不適切な使い方を勧めていたとすると忌々しき問題だとも考えられる。

今後、政務調査費の返還を求められた市議達には真摯な態度で返還に応じて頂くと共に、市長をはじめ議会事務局と幹部職員には自らのチェックミスを反省して頂き、市民からの理解を得れるような謝罪や処分等を適切におこなって頂きたいと願っている。

2007年12月18日

東京銀座ARTBOXギャラリーでの神崎実展は明日まで

 東京銀座ART・BOXギャラリーで16日よりおこなわれておりました私の個展は、明日21日までとなってしまいました。
 今回の作品展のタイトルは「数理造形作品」として、今まで10年近くに渡って数学者でもあり同じ大学での教授でもある秋山仁先生と共に研究してきた作品を展示しております。
 会期もあと2日を残すばかりとなりましたが、お子さんと共に楽しむことができる作品を展示しておりますので、お近くにお立ち寄りの節にはご高覧いただければ幸いです。

2007年12月11日

旭川市議選挙ポスター公費の不正受給に関する監査請求

先だって提出した選挙ポスターの公費不正受給に関する監査請求が正式に受理されました。
内容は以下の通りです。

旭川市職員措置請求書
1.請求の要旨
 平成19年4月に行なわれた旭川市市議会議員選挙にて、選挙後の収支報告書の閲覧をしたところ、公費負担分の選挙ポスター製作費(18,770,850円)の内、不適切な受給を受けていたと思われる候補者が40名にものぼり、その総額が13,670,850円となっていた。
 特に以下の7人の候補者については、公職選挙法に違反する内容の収支報告書の記載により不適切な受給を受けていたので、全額(3,411,600円)返還させて頂きたい。
・藤沢弘光  506,400 (株)ノーザン      430枚印刷 30枚分領収書なし
・小松 晃  420,000 あさひ印刷(有)   500枚印刷 100枚分領収書なし
・中川明雄  506,400 旭川アートプロセス  450枚印刷 50枚分領収書なし
・岩崎正則  504,000 前田印刷(株)   ポスター代金記載なし、未払い
・佐々木邦男 462,000 未確認       ポスター代金記載なし
・蝦名信幸  506,400 未確認       ポスター代金記載なし
・安口 了  506,400 (有)成瀬印刷   支出記入に問題あり450枚
 その他、門間候補を除く33人の中には400枚の選挙ポスターを製作する金額として、常識的には考え難い50万円を超える額の受給者もおり、その全体の内訳を示したい。
 44人の候補者の内、逮捕された1人と手持ち品等の理由で受給されていない2人を除き、41人の受給額の平均が上限額の506,400円に対して90.4%(457,826円)にも達しており、その中でも50万円を超える受給額を受けていた27人の上限額に対しての割合が99.7%(505,056円)と、ほぼ満額受給となっていた。
 私としても全国の市議会議員選挙を調べてみたが、多くの候補者がこれほどまでに高額のポスター製作の為の公費を受給している例は稀であった。参考までに山県市議選での平均受給額が旭川に比べ特に低い中で、市議ら7人が書類送検された資料を添付する。
 現在、一般的に選挙ポスター400枚の印刷代が34,000円~75,000円程度で、デジタルデザイン料2~3万円、撮影料2~3万円を入れたとしても74,000円~135,000円程度の製作費で抑えられる。現に中川候補の収支報告書に添付されていた料金明細を見ても、室内用ポスター500枚が47,000円で印刷されている。
 また、門間候補のポスター400枚が中村印刷にて120,750円にて製作されていることから考えても、今回の選挙におけるポスターの製作費用が適切な金額だったと考え難い、その上、立候補した方から、事前にリーフレット、ハガキ、名刺等を含めて公費で清算出来ると印刷業者から話を持ちかけられ、承諾してしまったとの証言も得ている。
 そもそも公職選挙法にて、意欲のある多くの方々が市議会議員選挙に立候補できるようにとポスター製作費の公費負担が認められた経緯からすると、財政が厳しい状況下、少しでも節税する為に公費である選挙費用を候補者自ら抑えるべきである。
 故に、現状にて400枚のポスター製作費は高く見積もっても150,000円程度が妥当な金額だと考えられるので、それ以上の額を受給していた方々の差額分10,259,250円と上記の7名の不適切な受給分3,411,600円の合わせて13,670,850円の返還を求める。

一人あたりのポスターの上限額(506,400円)に対しての候補者の受給額
藤沢弘光   506,400 (株)ノーザン     430枚印刷 30枚分領収書なし
小松 晃   420,000 あさひ印刷(有)    500枚印刷 100枚分領収書なし
中川明雄   506,400 旭川アートプロセス   450枚印刷 50枚分領収書なし
岩崎正則   504,000 前田印刷(株)    ポスター代金記載なし、未払い
佐々木邦男 462,000 未確認        ポスター代金記載なし
蝦名信幸   506,400 未確認        ポスター代金記載なし
安口 了   506,400 (有)成瀬印刷    支出記入に問題あり

三井幸雄  504,000 (株)あいわプリント      太田元美   336,000 あさひ印刷(有)
松家哲宏  506,400 (株)ドルック          能登谷繁   336,000 あさひ印刷(有)
笠木 薫  506,400 (株)須田製版         佐々木卓也 336,000 あさひ印刷(有)
高橋 徹  506,400 (株)アートプロセス
高見一典  506,400 (株)アートプロセス       安住太伸   350,000 (株)みらいプリンティグ
塩尻伸司  506,400 (株)小川印刷        金谷美奈子  504,000 未確認
白鳥秀樹  504,000 (株)あいわプリント      上村有司   504,000 (有)成瀬印刷

安田佳正  453,200 ワンドリームピクチャーズ     村岡篤子   506,400 (株)あいわプリント
三上 章  434,000 (株)アドス・エージェンシー     久保厚子   504,000 第一印刷(株)
園田洋司  420,000 東洋オフセット(株)       山城えり子  506,400 (株)一風舎
谷口大朗  506,400 (株)みらいプリンティング
鎌田 勲  500,000 (株)須田製版         松田卓也   506,400 三興舎印刷所
泉 守   506,400 (株)須田製版         今富美徳   252,000 植平印刷
宮本 儔  501,900 (株)ドルック           鶴飼重男   151,200 ポスター予算?
杉山允孝  394,800 (株)ラッツ・994
福居秀雄  506,400 (株)みらいプリンティング
中島哲夫  327,600 植平印刷
武田勇美  504,000 (株)アドス・エージェンシー
石崎勝久  492,000 アートプロセス
須藤洋史  168,000 手持品

室井安雄  502,000 (株)エイペックステーディー
中村徳幸  504,000 (株)エイペックステーディー
鷲塚紀子  504,600 (有)嶋澤印刷
門間節子  120,750 中村印刷

2007年12月07日

旭川市議選挙ポスター公費不正使用疑惑に関する監査請求

  旭川市職員措置請求書
1.請求の要旨
 平成19年4月に行なわれた旭川市市議会議員選挙にて、選挙後の収支報告書の閲覧をしたところ、公費負担分の選挙ポスター製作費(18,770,850円)の内、不適切な受給を受けていたと思われる候補者が40名にものぼり、その総額が13,670,850円となっていた。
 特に以下の7人の候補者については、公職選挙法に違反する内容の収支報告書の記載により不適切な受給を受けていたので、全額(3,411,600円)返還させて頂きたい。
・藤沢弘光  506,400 (株)ノーザン      430枚印刷 30枚分領収書なし
・小松 晃  420,000 あさひ印刷(有)   500枚印刷 100枚分領収書なし
・中川明雄  506,400 旭川アートプロセス  450枚印刷 50枚分領収書なし
・岩崎正則  504,000 前田印刷(株)   ポスター代金記載なし、未払い
・佐々木邦男 462,000 未確認       ポスター代金記載なし
・蝦名信幸  506,400 未確認       ポスター代金記載なし
・安口 了  506,400 (有)成瀬印刷   支出記入に問題あり450枚
 その他、門間候補を除く33人の中には400枚の選挙ポスターを製作する金額として、常識的には考え難い50万円を超える額の受給者もおり、その全体の内訳を示したい。
 44人の候補者の内、逮捕された1人と手持ち品等の理由で受給されていない2人を除き、41人の受給額の平均が上限額の506,400円に対して90.4%(457,826円)にも達しており、その中でも50万円を超える受給額を受けていた27人の上限額に対しての割合が99.7%(505,056円)と、ほぼ満額受給となっていた。
 私としても全国の市議会議員選挙を調べてみたが、多くの候補者がこれほどまでに高額のポスター製作の為の公費を受給している例は稀であった。参考までに山県市議選での平均受給額が旭川に比べ特に低い中で、市議ら7人が書類送検された資料を添付する。
 現在、一般的に選挙ポスター400枚の印刷代が34,000円~75,000円程度で、デジタルデザイン料2~3万円、撮影料2~3万円を入れたとしても74,000円~135,000円程度の製作費で抑えられる。現に中川候補の収支報告書に添付されていた料金明細を見ても、室内用ポスター500枚が47,000円で印刷されている。
 また、門間候補のポスター400枚が中村印刷にて120,750円にて製作されていることから考えても、今回の選挙におけるポスターの製作費用が適切な金額だったと考え難い、その上、立候補した方から、事前にリーフレット、ハガキ、名刺等を含めて公費で清算出来ると印刷業者から話を持ちかけられ、承諾してしまったとの証言も得ている。
 そもそも公職選挙法にて、意欲のある多くの方々が市議会議員選挙に立候補できるようにとポスター製作費の公費負担が認められた経緯からすると、財政が厳しい状況下、少しでも節税する為に公費である選挙費用を候補者自ら抑えるべきである。
 故に、現状にて400枚のポスター製作費は高く見積もっても150,000円程度が妥当な金額だと考えられるので、それ以上の額を受給していた方々の差額分10,259,250円と上記の7名の不適切な受給分3,411,600円の合わせて13,670,850円の返還を求める。

2007年12月06日

選挙ポスター製作費の公費不正受給疑惑の監査請求

旭山動物園のお話の続きは次回に致します。
その前に、19年4月に行なわれた旭川市議会議員選挙にて、40名の候補者が選挙ポスターの公費を不正受給していた疑惑に関して5日に監査請求(13,670,850円)した内容を書き込みます。
因みに今回の選挙ポスター400枚の製作費を調べた処、最大でも150,000円あれば可能です。

一人あたりのポスターの上限額(506,400円)に対しての候補者の受給額

藤沢弘光   506,400 (株)ノーザン     430枚印刷 30枚分領収書なし
小松 晃   420,000 あさひ印刷(有)    500枚印刷 100枚分領収書なし
中川明雄   506,400 旭川アートプロセス   450枚印刷 50枚分領収書なし
岩崎正則   504,000 前田印刷(株)    ポスター代金記載なし、未払い
佐々木邦男 462,000 未確認        ポスター代金記載なし
蝦名信幸   506,400 未確認        ポスター代金記載なし
安口 了   506,400 (有)成瀬印刷    支出記入に問題あり

三井幸雄  504,000 (株)あいわプリント      太田元美   336,000 あさひ印刷(有)
松家哲宏  506,400 (株)ドルック          能登谷繁   336,000 あさひ印刷(有)
笠木 薫  506,400 (株)須田製版         佐々木卓也 336,000 あさひ印刷(有)
高橋 徹  506,400 (株)アートプロセス
高見一典  506,400 (株)アートプロセス       安住太伸   350,000 (株)みらいプリンティグ
塩尻伸司  506,400 (株)小川印刷        金谷美奈子  504,000 未確認
白鳥秀樹  504,000 (株)あいわプリント      上村有司   504,000 (有)成瀬印刷

安田佳正  453,200 ワンドリームピクチャーズ     村岡篤子   506,400 (株)あいわプリント
三上 章  434,000 (株)アドス・エージェンシー     久保厚子   504,000 第一印刷(株)
園田洋司  420,000 東洋オフセット(株)       山城えり子  506,400 (株)一風舎
谷口大朗  506,400 (株)みらいプリンティング
鎌田 勲  500,000 (株)須田製版         松田卓也   506,400 三興舎印刷所
泉 守   506,400 (株)須田製版         今富美徳   252,000 植平印刷
宮本 儔  501,900 (株)ドルック           鶴飼重男   151,200 ポスター予算?
杉山允孝  394,800 (株)ラッツ・994
福居秀雄  506,400 (株)みらいプリンティング
中島哲夫  327,600 植平印刷
武田勇美  504,000 (株)アドス・エージェンシー
石崎勝久  492,000 アートプロセス
須藤洋史  168,000 手持品

室井安雄  502,000 (株)エイペックステーディー
中村徳幸  504,000 (株)エイペックステーディー
鷲塚紀子  504,600 (有)嶋澤印刷
門間節子  120,750 中村印刷

2007年11月27日

旭山動物園成功の本当の訳

 私がこちらに移り住んで来た1988年、首都圏ではバブルが崩壊して景気が下り坂に向かう時であった。しかしながら北海道に於いて、景気が下り坂に向かうのは何故かそれから2~3年後であった様に記憶している。

 こちらに来た当初は色々なものが珍しく、冬はウインタースポーツに夏は釣りにと余暇を満喫していた。また、仕事でもある授業も面白い内容のものが多く。冬場の氷造形作品制作を始め夏にスケッチをしながらの登山等もあった。
 私としても描写や造形の授業時間にありきたりの課題を出すのではなく、何か特色のある授業にしたいと思い、こちらに来た当初より旭山動物園にて描写やスケッチをする授業を取り入れていた。

 当時の旭山動物園は大型遊具を入れたことと、首都圏でのバブル崩壊の影響が遅れたこともあり、ある程度の入園者はあった様に感じている。とは言っても現在の1/5程度の入園者であっただろうか。
 また、飼育員だったあべ弘士さんにも時間的に余裕があったのか、私達が授業で描写やスケッチ等をしている合い間に動物の生態についての説明等をして下さる、長閑な状況だった。

 旭山動物園が開園当初以来の入園者数のピークを迎えたのが大型遊具等を最終的に導入した1983年の59万人でその後のピークが1991年の46万人であった。大学に於いても、旭川校舎の受験生数がピークを迎えたのが1991年だった。
 この1991年が北海道にとっても旭川にとっても、旅行者のピークだったのではなかったかと考えている。それはスキー等のウインタースポーツ施設が充実され、ゴンドラリフト等が新設完備された頃でもあり、当時はリフト待ちの時間が旭川近郊のゲレンデでも生じるほどだった。
 
 その後、動物園も大学も入園者・入学者が下降傾向にあった。
 特に動物園に於いて、エキノコックスの問題があった1994年~1996年に関しては28万人~26万人まで落ち込んでしまった。
 旭川市議会でもそのことが問題となり閉園させるべきだ等の意見が多くを占めていた。
 当時動物園に於いて、特別に市役所の職員の中で優秀な方々を集めてた訳ではなかったが、職員の多くは手弁当で残業手当も出ない状況下、来園者が楽しめる工夫やメンテナンスをしていたようだ。

 そのような時、前菅原功一市長が誕生したことになる。
 
つづく


2007年11月22日

公費不正受給と北海道


 北海道内での公的資金の不正受給がどうして多いのだろう・・・
 昨日も滝川にて、介護タクシーの経営者が夫婦合わせて2億円を超える不正受給を滝川市から受けていたことが、テレビで流されていた。

 不正受給が行なわれた背景として、
一つには、道内の自治体が補助金をはじめ公的資金に頼る体質を今でも持っていること
二つ目には、それらをチェックするはずの行政機関の対応が一部の人々に対して甘いこと
三つ目には、道民の公的資金の使用に対する倫理観が希薄な面があること
  等が考えられる。

 旭川においても生活保護費の受給者の割合が高いだけでなく、不正受給をしている方々が多いと耳にすることもある。その理由としては滝川の不正受給と同様に行政機関のチェックが甘いことと、一部の方々に対して特別な配慮がなされている場合もあると考えられる。
  
 また不正受給を受けてるのは一部の市民だけに限ったことではなく、不正防止のチェック機関でもあるはずの行政機関の幹部や政治家の方々にも蔓延しているようである。
 
 その一例として旭川市議会議員選挙に於いても、選挙ポスター製作(400枚)に支払われる公費資金の請求上限額(506,400円)に対して、36人の現職議員の内24人の請求者の平均受給額が限度額の99.7%の504,820円を受け取っていたことからも、不正受給が疑われる。
 
 現在、全国での選挙ポスターの上限額に対しての平均受給割合が7割程度であることや、400枚の選挙ポスターを5万円程度で印刷してくれる業者が全国的にも多く見受けられることからも、限りなく黒に近い灰色疑惑が存在すると考えている。
 
 取り締まるべき方々が、見つからなければ不正受給を受けて良いと考えているのだとすると、大問題である。
 しかしながら、道内では毎日のように道警をはじめとした道職員や各種自治体の職員が不正行為でニュースに取り上げられている実態を考えると、彼らに道民や市民に対する公僕としての倫理観を再考して頂きたいと切望している。

2007年11月19日

選挙公費水増し請求と議員の資質

 今日の朝日新聞の一面に「選挙公費水増し請求」と大きく載っていた。
 また、「税金の使途をチェックする議員が、その第一歩の選挙で公金をごまかしていることは許されないはずだが・・・・・・」とも書いてあった。
 全くその通りで、このことは私がこちらに来た当時から強く問題だと思っていたことでもある。

 私自身が立候補した1年前の市長選に於いても、デザイン会社の担当者が400枚程度のポスターを50万円程度で製作したいと営業に来られた。
 今まで作品展のハガキやポスターを製作していたので、400枚~500枚のポスターの印刷費が高級紙を使ったとしても5~6万円で請け負ってくれる業者があることを知っていた。そこで業者の方に、高すぎるからもう少し安くして欲しいとお願いしたところ、2日後に30数万円になるとの提案がなされた。
 私としてはデザイン料を入れたとしても20万円もしないと思っていたので、再度金額を下げるようにお願いすると、「神崎さんの選挙ポスターは旭川市内の大手3社は一切請け負わないことになった。」と捨て台詞を残し、後援会事務所から出て行かれた。

 その後、告示日までに日数がなかった為、道外の安い料金の印刷会社に頼むことも出来なかったので、知人に印刷機を借りてデザインも自分達で行い製作した。
 結果としては、デザイン料と印刷費を含めても15万円程度に抑えることが出来たのだが・・・

 私としては、本当に400枚のポスターを印刷するのにデザイン料を入れて50万円以上かかるのなら仕方のないことだと思う。しかしながら今日の新聞の記事のように、印刷業者がポスター代金の公費を名刺の製作費に充てていたり、立候補者本人のスーツの購入費に充てていたり、選挙後に業者が「カンパ」と称して数十万円を候補者に配っていたりすることが事実であったとすると許せないことである。
 私としても議員になろうとする方が、詐欺行為に近い公費の不正受給を受けていた等とは信じたくないが、旭川市議選挙後の収支報告書をチェックしていると、実際にはポスターの印刷費がデザイン料も入れて10数万円程度しか掛かっていないと思われるにも関わらず、50万円以上支払われているものが複数件見受けられた。

 そもそも旭川市の場合、利権談合の体質が根深く残っていたからこそ、数年前に公正取引委員会から99%の平均入札額で公共事業が落札されていたことに対して、数ヶ月間に渡り市内の業者が入札停止になった筈である。今回の市議選、政党によっては公費支給でもあるポスターの上限支給額に対して、公共事業同様に平均で99%を超える金額の1人あたり50万円以上の支払いが業者にされていた状況もある。
 
 現在、全国的にポスターの平均請求額が上限の6割~7割程度になっている状況を考えると、旭川市議選のポスター製作費に関する平均請求額が9割を超えていることには不信感を抱かざるを得ない。
 また、落選した候補者を含めて数人が20万円程度の請求で抑えていたことがせめてもの救いだが、30人近い立候補者が50万円(98%)以上の受給を受けていたことに失望すると同時に、資質に問題があるのでないかと疑わざるを得ない。

2007年11月15日

富良野と旭川の文化に対する価値観の違い

 今年に入ってから、旭川市議会議員の政務調査費の不正使用疑惑問題がマスコミでも多く取り上げられているが、その理由の主なものは昨年度から領収書の添付が義務づけられた為であると考えている。
 それまでは、1人年間96万円の政務調査費を領収書や報告書の提出なしで自由に使用できていたのだから、第2のボーナスのようなものだったと考えられる。
 それが、急遽領収書等の添付を求められたので、多くの議員さんが条例に抵触するような領収書を添付したり、明らかに法律に反するような領収書を公文書に添付してしまったのではないだろうか。

 話は少しそれるが、旭川での地域市民に対する文化事業の取り組みが西川将人市長になった現在、旭山動物園や買物公園や青少年科学館を設置した当時同年代で市長になられた五十嵐広三市長の当時に比べれば、かなり衰退したのではないかと考えている。
 例えば、先週末に行なわれたらしい「彫刻フェスタ2007フォーラム」に於いては、道立美術館の中村学芸課長を始め、私の大学の先輩でもある教育大学の寺田教授やモエレ沼公園のイサムノグチの設計を監修したキタバランドスケープの斎藤さん等のそうそうたるメンバーが参加していたにも関わらず、大雪クリスタルホールに70人の市民しか集まらなかったそうである。
 また、当日のイベントのことは彫刻家の私にも一切の連絡等がなかったのである。(以前は案内状等が送られて来ていたのだが・・・最近、彫刻家と思われていないのであろうか?)

 当日の私の行動は、富良野の演劇工場にて行なわれた「森の朗読 10分間劇場」の準備と、そのホールに「音楽を奏でる木」の作品設置を行なった。
 出演者は絵本作家のあべ弘士さん、講談師の神田山陽さん、元上川支庁長の磯田さん等のバラエティ-に富む人々に、大学での共同研究者でもある数学者の秋山仁さんが舞台に立っての朗読会であった。
 入場料は1000円であったにも関わらず400人近くの入場者があり、補助椅子を出すほどの盛況であった。内容も音楽あり、笑いあり、勉強ありで多くの子供達も飽きることなく聴くことの出来る、面白くためになる2時間弱の舞台であった。

 この朗読会の企画で驚いたことは、公的なお金や補助金で企画運営されていた訳でなく、入場料で足りなかった出演者の方々の交通費や出演料が、地元の洋菓子店「フラノデリス」の藤田美知男さんの文化支援事業として賄われていた点である。
 その上、メインスポンサーでもある藤田さん自身が舞台に立っていらしたことも面白い出来事だったのだが、舞台終了後の打ち上げの席では舞台に立った人々以外が会費を払うことになっていた為、藤田さんの奥さんの会費も企画担当者が集めていたことについてはもっと面白く、今後の文化事業のあり方を学ばせて頂ける出来事でもあった。

 同じ日に旭川で行なわれた文化事業と富良野で行なわれた文化事業、参加人数の違いだけでないように感じた方々は多くいらっしゃることだろう。
 当日偶然にも富良野市議より電話があり、旭川市議の政務調査費の不正使用に関する話をしていたら、富良野では10年程前に政務調査費を廃止して、現在では強く必要性のある調査・研究目的の時に議会で承認を貰い出張するそうである。
 
 ひょっとすると、行政や議会がいい加減なまちには伝統や文化が衰退するのかも知れない。
 またその時は当然、教育や福祉も衰退するであろうと考えている。

2007年11月10日

鑑査請求受理と政務調査費不正使用

 昨年度、旭川市議会議員数名が政務調査費を不正使用していた疑いがあった件で、私が提出していた監査委員への鑑査請求が11月1日付けで受理されることとなった。
 今後60日以内に判断が下されることになっている。

 今回、問題視している議員は6名ほどで、1名の議員はタクシーの領収書が月払いになっており、その金額も実際に授受していた額と違っていたり、20枚を超えるタクシー領収書に車番も運転手名も入っておらず、空領収書に運転手以外の者が日付と金額を入れたと疑われるものまであった。

 その他の議員の問題点は、旭川の市街地から15キロ程度離れた東川町の町中に調査視察に行ったにも関わらず、何故か宿泊をしているのが東川町の町中から30キロ程度離れた旭岳温泉なのである。
 また、その他の議員としては支援団体の会合に出席してるのだが、会費が10,000円も掛かる宴会と思われるような会合に短期間に4回近くも参加していたのである。
その他に、週に2~3回のペースで市街地から自宅まで代行車の料金を政務調査費で払っている場合まであったのだ。

 今回のように公費でもある政務調査費を宴会のような飲み会に使ったり、酒を飲んだ後の帰宅の代行車に使ったり、必要もないのに温泉地に宿泊したりと、納税者としては腹立たしいことばかりである。特に、領収書等を偽造までして公費を横領していたとしたら、詐欺行為として刑事告発されても不思議ではない、大問題である。
 
 今回の監査結果で議員の政務調査費の使い方に問題ないとの結果が出たならば、私としては迷わず住民訴訟を起すと共に、領収書を偽造していた疑いのある議員については告発することも視野に入れて行動したいと考えている。

2007年11月05日

小沢さんの予定通りの行動

 西川将人市長が日航の副機長を辞めて自由党主催の小沢塾に入ったのが、1999年頃であっただろうか。その後、2000年の総選挙に地元旭川から出馬した時より選挙支援していたので、あれから7年が過ぎたのである。
 私も当時の自由党の考え方と西川将人氏の思いに共感して、2000年より自由党に入党して2003年に解散するまで所属していた。その間、自由党の箱根での研修会に参加をさせて頂き、当時の藤井幹事長の姿勢に共感を覚えた記憶と全国から若く熱意のある人々が集まっていた記憶がある。

 私が思うに小沢さんが自由党でやりたかったことは、全国の若くて意欲的な人々に明治維新の時の様な改革・改変をさせたかったのでは無かったかと考えている。民主党内で前原代表が誕生した時も、小沢さんの若い意欲的な人々を高く評価する現れだったと思っている。
 そして今回、数多くの憶測(自民党との事前協議がなされていたとの噂や自らの政治献金の問題を隠蔽するため等)の中で小沢代表が選挙の前に辞任した本当の理由は、民主党の政治家を自立させることにより、他の政党の政治家にも自治国家としてのこの国に対する責任を持たせる為だった様に考えている。

 昨今、大臣も代議士も官僚も、社会的に高い立場の多くの人々が公僕としての使命を忘れると同時に、保身のことしか考えていない様にも見受けられる。この様な状況だからこそ、超党派にて国民が一丸となって国づくり、地域づくり、家庭づくりを行なう時なのだと強く思っている。
 しかしながら北海道に於いては、今回の代表の辞任に関して民主党議員の多くが右往左往している状況を見ていると、政財界が一丸となって地域づくりすることはかなり難しいと思われる。

 特に旭川に於いては戦後最悪の経済状況を迎えようとしている今こそ、西川市長と議員が本気になって自ら立ち上がり、自立した地域になれるように頑張って頂きたいものである。
 私としては今回の小沢さんの行動が、彼らに引導を渡した様にも見受けられた。

2007年10月26日

ハーバードMIT東大京大早慶藝大東海でしょう!

今回の書き込みは、私の友人のブログに書き込ませて頂いた内容を引用させて頂きます。
わたしは彼女のブログを毎日楽しみに読ませて頂いておるのですが、今回の書き込みの内容に一部疑問を感じたので書き込ませて頂きました。

ブログに書かれていた内容として、旭川の学力レベルの低さを危惧されており、それは教育の質(能力レベル)にも問題があるとの提言だと読み取りました。
そんな中で、ある高校の校長先生が「うちは北大に何人も入れてるから」との発言に対して、
>北大じゃあない・・・東大京大早慶でしょう!!
と、書き込まれていたのです。

それと、高校生のお嬢さんをお持ちの親御さんの気持ちがダイレクトに伝わってもきましたので、私が現在考えてる思いを素直に書き込ませて頂きました。
内容は多少の修正を加えておりますが、ほぼ以下の通りです。


先だってNHKのプロフェッショナルで京都の堀川高校を取り上げていたのは、ご存知でしょうか?
私も仕事柄、堀川高校の先生達と教育について議論することがあります。
その中で、現在の堀川高校の優秀な生徒さんの何人かは東大京大早慶を目指していないそうです。
何処を目指しているかと申しますと、ハーバード大やMITだそうです。

このことを聞いていて、1940年代に本田宗一郎や松前重義が、日本の一番を目指すのではなく、世界の一番を目指す必要性があることを力説していたことを、思い出しました。
まあ、このことは歴史をさかのぼれば、吉田松陰や岡倉天心が言ってたことでもありますが・・・
(余談ではありますが、天心の生まれは1863年2月14日で私の生れは1962年2月13日です。)

隣国の韓国では、10年以上前からハーバード大やMITに子供達を留学させていた親御さん方が多かったことを考えますと、日本より教育先進国だと言えるかも知れません。
ただ、今回の堀川高校の生徒さん方が韓国の生徒さん方と少し違うと感じられたのは、彼らの多くが親御さんや先生に勧められて留学を決めたのではなく、自主的な学習の中で必要性を感じて決断していることです。

お嬢さんも、自主的な学習に取り組まれていらっしゃる様なので、今後の進路が楽しみですね。

今後、出来れば道内で対外的に教育問題について発言される時には、「北大じゃあない・・・ハーバードMIT東大京大早慶藝大東海でしょう!!」と言って頂けると幸いです。(笑

2007年10月19日

現代文明論とデンマーク

明朝より東京に出張予定である。
今回は「現代文明論と知的財産教育」とのタイトルの討論会に参加する為に東海大学の高輪校舎に行くことと、次年度からの科学研究費を申請する為の資料収集と打ち合わせをするのが主な目的である。

この現代文明論の授業とは東海大学が創設された60年前からおこなわれているもので、内容は文系・理系の枠にとらわれない人道教育が中心である。
この授業はデンマークの国民高等学校でおこなわれている内容を取り入れたもので、そこでは荒廃した国土を如何にして豊な国にするかについて国民自ら学び実践していたのである。

昨今、デジタル化が進み再度の物質文明に陥ろうとしているこの国において、精神文化を大切に考えることはとても重要である。
また、科学技術を平和利用に活かすことは当然のこととして、科学技術をこの国独自の知的財産として有効に活用することにより、人間社会の幸福と平和に寄与し得る人材の育成が出来るのではないだろうか。

私は芸術作品や伝統的な工芸作品は何れも独創的であり、そのものが知的財産と呼べるものだと考えている。
今後、芸術も科学も文系・理系と分けて考えるのでは無く、多くの人々が豊に幸福で平和に暮らせるように、融合しながら知的財産として共有出来るものであるべきだと思う。

これからは科学技術も芸術作品も、多くの人々の生活も精神もが豊になるようなものでなくてはならないであろう。
そのためには、東海大学でおこなわれている現代文明論の授業の持つ意味を、多くの学生達に伝えることが重要だと考える。

2007年10月16日

旭川市を夕張市の様な状態にさせない為に!

はじめに、偉そうなタイトルをお許し願いたい。
西川市長に成って早や1年が経過しようとしているが、市民の方々は如何にお考えなのか・・・
現在、旭川のまちが債権団体に成ることはあり得ないとお考えだった市民の方々も、以前に比べると減少していると、感じている。
私がリコール活動をはじめた3年前ならば、多くの市民の方々も菅原市長のままでこのまちが潰れることは無いとお考えだったのだとも思われる。

しかしながら現在、このまちの生活保護世帯や母子家庭の割合の多さを鑑みた時、あるいは市の蓄えが無くなり、多くの借入金で予算を組まなくてはならない現実を知った時、まちが潰れることを意識する市民の方々が増えて不自然ではないと思われる。
特に昨年、夕張市が債権団体に成って以降の危機感は、決して対岸の火事でもないだろう。

私はまちを潰さないことと企業を潰さないことが同じものだと感じている。
また、私どもが勤めている教育機関も企業同様に社会が必要としなければ潰れるであろうと思われる。
夕張市の現状を詳しく語るまでもなく、潰れてしまってからでは再生することが必要以上に難しいことを、多くの人々が理解せざるを得ない現状がこの国に定着してしまった。

このまちもこの教育機関も潰さない為のヒントは、春に訪れたボストンのMITと今回久しぶりに訪れた東京藝大にあった様に思う。
それは、それぞれの組織が自立して個々も自立することにあるのだと、強く感じている。
詳しく書くと、MITでの考え方と藝大での考え方の共通のものは、一般的に教育機関で考え難かった、それぞれの機関が独自で財源を生み出すことを積極的に取り入れているところであろう。

偶然にもNHKのプロフェッショナルの番組で今しがた放映していたのが、京都の堀川高校であった。
偶然の理由は藝大の後輩が音楽の授業で活躍していることと、初夏に京都大学にておこなったマセマティカルアート展に生徒が大勢来てくれたこと、一番の理由は公立の堀川高校が旭川市より多くの大学より改革がおこなわれていることであった。
それはMITや藝大と同レベルの改革で、自立することのモデル校の様にも見えた。

今回のプロフェッショナルは西川市長を始め、行政関係者にも議員にも商工会議所の方々にも是非とも見て頂きたいものである。
ここの教育機関の方々には、私が責任を持って伝えるべきだと感じている。
この番組の中で、偶然にもボストンの教育関係者が堀川高校を視察していたシーンを流していたことは、偶然でなかったのかも知れない・・・

2007年10月11日

岡倉天心と東京藝術大学と茶の湯の美

先週末、科学技術館と銀座のギャラリ-での打ち合わせの為、東京に出張していた。
最終日の月曜日に多少時間を取ることが出来たので、久しぶりに母校でもある東京藝術大学に行き、美術館で開催されていた岡倉天心展を鑑賞して来た。

岡倉天心については以前にも多少書き込んだが、少し説明させて頂くと、今から120数年前に東京美術学校を当時23歳前後であった文部技官の彼が創設を任されたのである。
天心はその後、フェノロサや狩野芳崖や高村光雲達の協力を得て27歳にして初代校長になったのである。

天心の理念は、日本の伝統的な工芸・彫刻・日本画の作品としての質を高め、世界に誇れる美術作品を生み出すことにあった様である。
その為、初年度の学生に幅広い技術を身に付けさせることを課せ、描写力は勿論のこと彫金・鍛金・彫刻等の技術を職人を養成するかの様に教育していたのである。

また、面白いことに天心が校長だった時には厳格な制服があり、それも当時ではほとんど着られていなかった数百年も前の古めかしい装いだった様である。
反面、この様な厳格な教育姿勢に対して反発する者も多かった様で、天心は9年目にして美術学校を追放されるのである。

反発してた多くの教員は、皮肉にも天心同様に帝国大学を卒業してヨーロッパにて勉学のために留学経験があり、帰国したエリート達であった。
彼等の多くはフランスで学んだ基礎的な石膏デッサンや裸婦デッサンこそが、芸術や美術の基本であると考えていたので、天心の教育方針や服装が気に食わなかったのであろうか・・・

天心は彼等の考え方を多少聞き入れながらも、日本の伝統的な自然物を中心として描写力を養うことや、職人的に材料に直接触れて技術力を高めることを勧めた。しかしながら、結果的には美術学校を追い出されることになってしまった。
私が考えるに、明治維新後の急速な欧米化によって、伝統的な美しさを追求することが遅れてる考え方と思われると共に、旧態依然の考え方がこの国を駄目にすると思われたのではないだろうか。

私としては岡倉天心の考えていた美が、華道・茶道や武士道にまで通じており、決して旧態依然の考え方ではなかったと思える。
当時から120年経った今こそ、この国の伝統的な自然に対する思いや職人の技術に対する思いが再度見直される時期になったのではないかとも強く感じている。

2007年10月01日

茶の湯釜と美しい日本

昨日、知人に誘われて「茶の湯釜の楽しみ方」大西清右衛門(千家十職釜師十六代)さんの講演会を、市内の花月会館にて聴講させて頂いた。
大西さんは茶の湯釜の製作(制作を使った方が適切かも知れない)に於いて、現在この国を代表される方のお一人であると強く感じさせられる内容のお話だった。

特に作品の多くは伝統的な技術を職人として堅持しながらも、オリジナリティ溢れる斬新な意匠や技術を駆使して製作されており、その姿勢に感動すら覚えた。
彼の手によって製作された湯釜は、茶道の道具としての釜の機能を100%持ちながら、芸術作品としての美しさをも彫刻の様に持ち合わせているのである

また、彼は茶の湯釜が形に嵌まって作られる必要も無いであろうし、それを使い見る人々が必要以上に完璧なものを求めることも無いのではないかと述べておられた。
講演会に来られてた多くの茶の湯の愛好者の方々にも、完璧でない風景の美しさがあることや、錆びていくことを必要以上に気にすることもないと、伝えておられた

この言葉は私が学生だった頃、以前にも書いた彫刻家の前田哲明とよく話をしていたことでもあったし、イサム・ノグチ氏土谷武先生若林奮先生もよく述べられておられることでもあった。
日本の美とはワビ・サビを出すまでもなく、日常生活の中にそれらの不完全さが含まれており、それらが規則正しくないことが美しさに繋がっているのだとも思われる。

講演が終了後、少しの時間を大西さんと共に話すことをさせて頂いた。
すると年齢は偶然にも私と同世代で、その上3ヶ月ほど前に藝大での同期の陶芸家今井眞正の結婚式に出席させて頂いた時に、会場にいらしたそうである。
その時に参加されてた民主党の前原代議士も同世代である

先だって旭川美術館にて彫刻作品展を開催した三沢厚彦も同世代だし、奈良美智さんも菱山裕子さんも村上隆さんも同世代だと考えると、そろそろこの国でも伝統文化・芸術の世界に於いても世代交代の時期を迎えたのかも知れない

今後、江戸時代のような美しく華やかな文化・芸術の環境以上の国を構築する為に、私達の世代が分野関係なしで力を合わせて行動することが望まれてるのかも知れない
私自身も数年間に渡り学ぶことを止めていた華道を、先月より今まで以上に深く学び始めている

2007年09月25日

アールブリュット展と旭川の芸術

「アール・ブリュット」が美術史に登場したのが1945年のことで、
「加工されてない、生のままの芸術」という意味のフランス語は、画家ジャン・デビュッフェが考案したもので、正規の美術教育を受けていない人々が精神的な衝動に従って創作した絵画や、立体作品などの様々な美的所産物を指すらしい。
ジャン・デビュッフェは、
「芸術はわれわれが用意した寝床に身を横たえに来たりはしない。芸術は、その名を口にしたとたん逃げてしまうもので、匿名であることを好む。芸術の最良の瞬間は、その名を忘れたときである。」
と云っている。
また、アウトサイダー・アートとも呼ばれ、
彼らは精神病院の患者、孤独に生きる者、社会不適応者、受刑者、あらゆる種類のアウトサイダーたちなのである。

この作品展が旭川にある道立美術館にて来年の1月16日~2月17日までおこなわれる予定である。
国内では他に、2月28日~5月11日まで滋賀県近江八幡のボーダーレス・アートミュージアムNO-MAにて、その後5月24日~7月20日まで東京新橋の松下電工汐留ミュージアムにて開催される予定だとのことである。
今回の旭川展での楽しみは作品を見るだけでなく、、アール・ブリュット美術の発祥の地でもあるスイス・ローザンヌ市にあるの美術館のルシアン・ペリー館長さんが来旭され講演されることである。
この企画をされてる方は特定非営利活動法人の理事代表の工藤和彦さんで、ラポラポラと言うギャラリーを7条6丁目の緑道沿いにて運営されている。(因みに10月21日まで高橋ヒサ子さんの個展が開催されている。)

私としては旭川に来た時より、芸術とは選ばれた人々の作品だけを言うのでないし、特別に高貴な展示場にて飾られるものだけを言うのでないと考えている。
また、そのことは芸術論の授業等でも学生達に話していることである。
この旭川の地において、芸術表現の今後の世界の動向を先取りするであろう展示が開催され、ルシアン館長のお話が聞けるのは誠に恵まれたことだと考えている。
また北海道でも芸術教育に対する不要論に近いことが話されてる今だからこそ、アール・ブリュット作品展の意義は深いものになるであろう。

2007年09月17日

美しい国

美しい国とは見た目のことで
京都の町並みや奈良のお寺の景観のことだろうか
または
札幌のように区画整理された都市景観のことだろうか

或いは
自然の美しさ
特に四季の変化の美しさのことだろうか

ひょっとすると
和服女性の美しさであろうか

私はこれらのこともこの国の美しさだと思う
しかし本質の美しさは人々の精神の中に存在すると思いたい

昨今
官僚や政治家や教員までもが不正なことをおこなっている
特に法律をつくる人が法律を犯す悪循環だ

私達の伝統文化でもある武士道精神は何処に・・・

私は自然と共生し
人々の痛みが解り
正しかったと思えるような生き方をしたい

清く正しい精神が美しい心に繋がるだろう
その美しい心を持ってまちをつくれば
美しい国が生まれると信じたい

2007年09月15日

扇形車庫と伝統文化

今から15年程前であっただろうか、ヨーロッパビジュアルアートワークショップがデンマークのブランデの町で行われたのは・・・
このワークショップ(参加アーティスト40名程)はヨーロッパからの参加者が多かったため、アジアから参加したアーティストは私1人だった。また、当時20歳代だったこともあり、私としては今でも心細い気持ちで参加した思い出が残っている。

このワークショップの事務局と宿泊所になったのがデンマーク国民高等学校(東海大学の教育の原点とも言える教育機関)で、アトリエ(制作場所)となったのが扇形車庫の跡地だったのである。
正確に伝えると車庫跡地では無く、一部現役で使われている場所だった。
この建物は100年以上の歴史があり、昔のように列車の車庫だけに使ってる訳では無かったが、今でも線路保守点検用の車両(フォルクスワーゲン車を改造した車両)が第二次世界大戦前から現役で使われており、その車両の車庫として利用されていた。
その上、驚くことに列車を回転させる台車が現役として使われていたのである。

実は今回、誠に残念なことにその扇形車庫と同様の建造物が旭川に残されてたにも関わらず、今月末にも解体されることになったそうである。
今回の解体で、道内に50前後もあった扇形車庫が苗穂運転所に残されたものだけになる様である。
日本の国鉄はデンマークの国鉄を参考にしてつくられた様で、キオスク等の売店の名前からもその経緯をうかがい知ることができる様である。
その本家のデンマークでは未だに古き建造物や鉄道車両が、大切に保存されながら有効に使われていることに対して、この国でそれらより新しいものが取り壊されてしまうのは誠に残念である。

特に北海道の歴史を考える時、少しでも古き美しく機能的なものを残すべきではないかと考えているが、時代の流れと言えども扇形車庫を全て取り壊す必要があるのだろうか。
現在、首都圏の小・中学校では伝統文化を伝える授業として、茶道や華道を必修教科にする動きさえあるようだ。
それに比べて、伝統文化・芸術等の授業数が削減されてる北海道だからこそ、形として残せる伝統文化を伝えるものを残すべきだと考えているのだが・・・

2007年09月13日

戦後レジーム脱却と美しい国

昨日、安倍総理が総理大臣を辞すると発言された。
私はこの発言に対して適切な時期に辞められると発言されてると思い、直ぐにでもブログに書き込もうとしたのだが、あいにく昨日は私自身が病院のベットの上だった。
先ほど退院できたので(総理は入院されたようだが)、その時の思いを書き込みたい。

安倍総理の思いは祖父でもある岸総理の実現できなかったことを遂行することだと思われていたようだが、実際にそうだったのだろうか。
安倍晋三総理の晋三が高杉晋作の晋作から名づけられたことを考えると、日米の関係を強化する安保条約や現在のテロ特措法を認め推進することは戦後レジーム(アメリカからの管理体制化の状況)からの脱却と逆行すると思われる。
また、晋作が夢見ていた国が「面白く美しい国」だとしても、晋三総理が夢見ていた「美しい国」とは違っていたであろうし、そのイメージが今の住人や国民に理解されてこなかったとしても無理はないであろう。

戦後レジームからの脱却が国民自らの手によって新憲法を考え、自らの技術で産業を活性化させることであるならば、アメリカとの関係強化に必要以上に拘ることに無理があったのではないだろうか。
そしてこの国が犯してきた間違えを中国・韓国に謝罪する姿勢は理解できるが、それと同時にアメリカに対しても小泉前総理同様に関係強化を貫く姿勢に多くの国民が理解できなかったのではなかったか。

私は安倍総理の考えていた戦後レジームからの脱却によって、国民一人一人が新憲法や新たなライフスタイル、新たな教育システムを考え導入することが合意されることによって、新たな夜明けとしての美しい国が誕生することもあると考えていた。
しかしながら今回の辞任表明で「美しい国」とは、多くの国民が抽象表現でしか捕らえられないままに終わってしまいそうである。

次の総理には、高杉晋作が奇兵隊を武士だけでなく、商人・農民・職人から組織させ海外の艦隊とも戦った如く、全ての職種の国民が一人一人この国の新たな国づくりに立ち上がれる環境を構築して頂きたいと考えている。
そうすれば、諸外国が黄金の国と言ってた頃の美しい日本の様になれるのかも知れないと思う。

2007年09月05日

法治国家のこの国はどうなるの?

最近、毎日のように行政関係者や政治家や経営者の不正を耳にする。
それらは農水大臣に限らず多くの官僚や政務官の不正経理、社保庁職員による年金の横領(詐欺罪)、道内では石屋製菓やミートホープ等経営者の不正等である。
不正案件があまりにも多い為か、今ではあれだけ問題になっていた小沢代表の事務所費問題等が、過去のことのように薄れて来ている。
また市内でも旭川体協・前事務長の横領、市職員のタクシーチケットの不正使用等、数え始めたら切りがない程の不正が起こる状況、いつの間にそれらが蔓延る国に成り下がってしまったのだろうか・・。

これらの不正は政治家や経営者に限らず国民や市民にも該当するようで、法令違反による検挙者が国内で増えることにより、拘置所も刑務所も足りなくなっているようである。
法律をつくる政治家が自ら法律を犯し、法律のもとで税金を執行する行政機関までもが横領を犯し、彼等を裁くのが税金で雇われている司法機関である状況を考える時、虚しさを感じるのは私だけでないと思う。
その上いくら市民から選ばれたと言え、税金から歳費を得て地方行政に対するチェック機関でもある市議会議員が、自ら公費の不正使用を平然としてるようでは地方都市も潰れて仕方ないであろう。

このような状況が国だけでなく旭川市にもあるからこそ、西川市長が法令遵守の条例を提案しようとしてるのだろうが、その条例を「今までも法令遵守できている」等の理由で市議が反対している意味がよく分からない。
また今回、市議の政務調査費の監査請求がなされたが、それは私以外の市民も市議の公費不正使用を感じているからであろう。
それらに付随する問題として、認可保育園の保育費や公立学校の給食費を払ってない親の割合が、全国の中でも特に多いことと関係していると考えている。

2007年08月29日

本郷新彫刻賞に前田哲明氏in札幌

今年度の本郷新彫刻賞の受賞者が前田哲明氏に決まった。
本郷新賞は屋外に設置されている彫刻作品数十点を、国内を代表する彫刻家と評論家達によって選び、厳正な審査の上で決めている賞である。
旭川の中原悌二郎彫刻賞が40年ほど前から始まったのに対して、本郷新彫刻賞は20数年前から始まっており歴史的には新しいが、国内での彫刻賞として代表的なものである。

今回受賞した前田哲明氏は私が予備校(すいどーばた美術学院)の頃より同期で、その上偶然にも2浪して同じ様に藝大の彫刻科に合格した友人である。
また、大学でも4年間ラクビー部で汗水流した仲でもある。
大学4年目の時は、今は京都で陶芸家として活躍している今井眞正氏がキャプテンで、前田氏と私が副キャプテンとして汗水と共に涙を流していたこともあり、今となっては懐かしい思い出である。

その前田だが、卒業して20年以上経つのに当時のスタンスと全く変わっていないのである。
それは制作に対する物理的な作業時間を費やしてることは勿論のこと、作品制作に対する考え方に於いても学生の頃より変わらぬ姿勢なのである。
私も今まで奈良美智氏や舟越桂氏、同期では三沢厚彦のことも良く知ってるが、彼らに劣るどころか彼ら以上に世界に通用する藝術家としての空気のようなものを感じた。

授賞式の次の日、札幌をモエレ沼公園、石山緑地、芸術の森美術館と一緒にまわったのだが、久しぶりに表現についての話が心を開いてできたことに安らぎを覚えた。
同時に、前田に少しでも近づける表現をしなければ、と強く感じさせられた次第である。

2007年08月26日

あさひかわ新聞の社長が書類送検される

以前のブログでも書いた、あさひかわ新聞の工藤社長が私のことを公の席でキチガイ呼ばわりした事件が、先だって旭川中央署から侮辱罪にて書類送検された
もう2ヶ月も前のことなのだが、私としては未だに怒りが収まらない

一番腹立たしいのは、彼が編集長をしている旭川新聞の自身の書き込みの中で、市内の勤労者に対して対応が悪いだのサービスが悪いなどを平気で書いていることである
自分のことを棚に上げて話をすることは日常生活の中でたまにあるが、それでさえ、そんなことを繰り返していたらまわりの友人から信頼を失うであろう。
それなのに、マスコミ関係会社の責任者が購読者を公の席で侮辱しておきながら、自分のことは棚に上げて市民を始めとした労働者の悪口を書くことを到底許せない

その上、公の席で侮辱したことを認めておきながら、市役所に呼び出されて副市長から一市民でもある私に謝罪するようにアドバイスされたにも関わらず、また、警察官からも侮辱したことを謝るように諭されたにも関わらず、今まで一切の謝罪が無いのである。
この状況を考えるに、一人の社会人としても或いは大人としても、彼のような振る舞いをする人にだけは成りたくないと思う

私は教育者として、当然、学生達だけでなく他人に迷惑をかけた時に謝ることをすることが当然だと思っている
だからといって、学生を教育的に甘やかすことも良くないと考えているし、ましてや工藤社長のようにキチガイ呼ばわり等は決してするべきでないと考えている

昨今の経営者達の失態はミートホープや石屋製菓の状況を詳しく説明するまでもなく、お客さんでもあるユーザーに対しての思いやりや安全性を軽視した結果であろう
それは今回の旭川新聞社の代表でもある工藤社長が、購読者でもある私の記事ミスの指摘に対して、お客さんに対する思いやりを忘れるどころか、大人としての理性をもなくし子供の様に切れた結果なのかも知れない

2007年08月24日

保育料滞納と買物公園自転車乗り入れ

今回の保育料滞納に関しては未納者の割合が13.4%となっており、主要市の中で全国一高い割合になっていたようだ。
以前から、市営住宅の料金未納者の割合や生活保護世帯の割合も高いと公表されているので、とても残念なことであると共に恥ずかしさも感じている。
ただ、失業率も全国の中で高い数値を示していると同時に有効求人倍率も低いので、簡単に一万人を超える生活保護世帯の方々が仕事に就ける状況でもない様である。

特に民間企業従事者の平均給与が300万円前後の状況なので、若い夫婦でお子さんがいらっしゃる場合、確かに保育料を支払うのが大変かも知れない。
また、このまちの離婚率はかなり高いので、単身で子供さんを育ててる場合も有るようだが、その方達が生活保護を受けることができない場合にも保育料が結構重荷になるであろう。

しかしながら反感覚悟で厳しく書かせて頂くと、保育料は教育費の一部であり保護者が教育する代わりに預かって教育して頂くもことに使われるものであるので、必ず支払って頂きたい
その上、その滞納されてる保育料を補填するのが、真っ当に働いている方々の血税の一部だと考えるとなお更のことであるが、7人に1人程度の保護者が支払っていないのである

話は少し変わるが、私はここ5年程の間に特に気になっていることがある。
昔はそれ程酷くなかったのだが、ここのところ歩行者道路の買物公園に道交法違反でありながら、自転車を乗り入れてる市民が老若男女を問わず多くいることと、警察もそのことを一切注意しないことが問題だと思う。
私はこのような一寸した法律を守れないことが、支払うことを義務づけられていることが出来ない状況に繋がっているとも思う。

3年前、市長のリコール活動署名を買物公園でおこなっていた時にも多くの市民が自転車に乗ったまま通行していたが、人にぶつかっても謝りもしないで逃げて行く光景を目の当たりにして、何度か直接注意をしていた。
その中で、親らしき女性が幼児を自転車の前の籠に乗せてスピードを出して人込みを通行していたので、降りるように促してそのまま進行方向に立ち止めたのだが、何とそのまま止まることもせず私にぶつかって来た。

そして怪我をしかけた幼児を気遣うこともなく、その場で自転車を降りることもなく、「自分は悪いことをしていない。この人が子供がいるにも関わらず変なことをする。」と叫んでいた。
今回の保育料を支払えるのに支払わない親がいるとすると、この時の親と同じ様な人達なのだと思ってしまう。

2007年08月19日

市民ケーンと24時間テレビ

昨日放映していた日本テレビ系の24時間テレビは、私が山口県にいた頃から放映していた様に思うので、もう30年近く経つのであろうか。
今回も所々見させて頂いたのだが、放送途中で募金金額が今までに無く多く集まってると言っていた事が少し気掛りだった。
それは萩本欽一さんが走り、新庄剛志さんや黒木瞳さんが出演してたことだけで増えたのでは無いように感じたからである。

それでは如何して募金額が増えたのかと考えると、この国で今まで以上に貧富の差が生じていることが理由で無いだろうかと思えてくる。
私が思うに、この国での年功序列体質的な社会システムが現実として崩壊したにも関わらず、多くの団塊世代の方々にはまだあまり実感出来ていない様である。
特に地方都市に於いては首都圏に比べて、実際の給与体系も10年近くは遅れている様である。
逆に考えると首都圏で働いている私たちの年代で一生懸命努力している方々は、今まで以上に高給を貰えてる実態もある様だ。

今まで以上に給与の面でも豊になった私たちの世代に、ボランティアや募金をする余裕が出来たのでは無いかと思えると同時に、彼等の子供達にもゆとりが出来たのではないかとさえ思える。
そして実際に私たちの年代の医師が、ボランティアで国際協力する事例が24時間テレビでも紹介されていた。
今までもボランティアで国際貢献されてた方々は国内にもいらっしゃったのであろうが、他の先進国に比べればその人数は少なかったであろう。
その人数が増えてることからも以前と状況が変化してると同時に、地方からも中央からもお金に今までより余裕のある方々が、寄付したのではないかと考えている。

今後この国で諸外国の様に国際貢献する人々が増えることを期待する半面、貧富の差が拡がることにより、諸外国から支援を受ける状況にならないことを望む。
そうならない為には1941年にアメリカで制作された、映画市民ケーンの中での「薔薇のつぼみ」の意味を忘れない事が重要であることと少し似ている気もするし、武士道を少しでも理解することが大切であることと少し似ている気もする。


2007年08月16日

石屋製菓の不正に思う

私は正直な話、石屋製菓さんは不正なことをしていないだろうとも思っていた。

過去を振り返ると大昭和製紙白老の当時(10数年ほど前)の会長がゴッホのひまわりの絵を60億円程度で買い取り、その後世界のマスコミに対して、その絵を自身が亡くなった時に棺桶に入れて一緒に燃やすつもりだと述べた。
その後、大昭和製紙白老工場の事故や排気ガスの基準値違反の問題等もあり、その会長の発言から2年も経たない内に吸収合併されてしまった。

その後、拓銀の破綻や雪印・ミートホープ・日本製紙の不正が発覚する度に、私なりにやはり問題のあることを経営陣は行っていたのかと納得することが出来た。
しかし、今回の石屋製菓の件に関しては寝耳に水の状態だった。

今回のことで再認識させられたのは、一見スポーツ等に支援して社会性を持っているように見えても、思ってる以上に道内の企業で不正をしている実態が多いのでないかと、言うことである。
特に製造業で、その製品自体の安全性を製造元でもある企業自体が揺るがすことをしてしまったことは、誠に遺憾であると共に取り返しがつかない可能性すらある。

また、今回のことで多くの石屋製菓の商品が廃棄されるに至ったことは、環境問題の観点からも非常に無駄なことをしてしまったと、言わざるを得ない。
当然、道内で不正無く製造業に携わってた方達に対しても、大打撃は免れないであろう。

今後、道内の製造業の関係者が今回のことを真摯に受け止めて、新しい北海道の製造業の有り方を模索して頂くと共に、創造性ある製品・商品づくりに取り組んで頂きたいと切望する。

2007年08月10日

市議会議員が公費不正使用し書類送検後辞職

岐阜県の山県市の選挙での公費の不正使用により7人の議員さんが書類送検されておりましたが、その内の御1人が辞職されました。
この不正使用は選挙ポスターに関わるものだったのですが、以前にも書き込んだように、我がまち旭川での状況も山県市よりも酷い状況です。
特に旭川市議さんは、一人あたりのポスター製作費の上限の506,400円のほぼ満額を公費から受け取ってる方達が大勢を占めることについても、許せない気持ちで一杯です。

ここ一月、スケジュールの合い間を見つけては市役所にて、政務調査費の収支報告書も調べておりますが、あきらかに偽造とわかる領収書を添付している議員さんまでいるありさまで、旭川市議も山県市議以上の裁きを受けても良いのではないかと考えております。
今後このまちにも公僕として正義感のある議員さんや公務員さんが増えることを望みます

2007年08月08日

旭川市議脱税か!?

昨年度の旭川市議会議員の政務調査費を調べていると、偽造宿泊証明書で問題となった宮本議員をはじめ多くの議員の不正受給と思われる収支報告書や添付書類が見受けられた
特に3月末までに一度受け取っていたお金を急遽戻しいれてる会派の収支報告書や、金額を書き換えてるにも関わらず訂正印すら押してない報告書や領収書、日付の違う領収書等、数え切れない程の不正疑惑のある収支報告書が見つかった。

また条例の中で違反ではないからと、、月に8万円ものガソリン代金を領収書なしで自己申告により授受してたり19万円も旅費の支給を受けておきながら実際に業者に支払ったパックツアーの代金が6万円だったりと、差額をそのまま懐に入れている議員さん達が多いことにも失望する。
この様な不届きな議員さん達を何とか改心させる為に色々考えてはいるが、何せ彼らが考えた条例なので中々訴える切り口が見つからないのである

ただ彼らが不当に得ていると考えられるお金は公費であり、血税の一部である
彼らが燃料代や旅費として得ているお金を違うことに使っていたとしたら、明らかな公費の不正使用、横領・詐欺罪に当たるのだろうが、その証拠を警察官でもない私が調べる訳にもいかない。
一つ閃いたのだが、国民に納税の義務があることは議員さんも承知してることだろう、実際に受給された公費がその用途に使われてなく、飲み食いや娯楽に使われていたとすると雑収入になるだろう。
その雑収入の額が年間数十万円にのぼるなら、確定申告するのが筋だと考えられる

しかし、それらの不正疑惑がある議員さんたちのほとんどは雑収入の届け出をしていない様である。
だとすると、小額であれ脱税疑惑があると言っても過言でないのではないだろうか?

2007年08月04日

上村ゆうじ議員ガンバレ!

昨日、旭川夏祭りイベントのひとつとして行われた3・6ディスコナイトに、皆さんは参加されたであろうか?
私も参加したかったのだが、大学での仕事が大量に残っていたために行くことが出来なかった。
今回のイベントでは障害を持った方々もディスコに参加され、多くの方々で盛り上がった様である。

このディスコナイトを3・6の夏祭りにて企画している一人が、上村ゆうじ議員なのである。
今回は午後8:00より司会としても活躍されていた様である。
市議と言えば、市議会で私たちの生活が安心・安全に営まれる様に、行政と議論を重ねて共に頑張って頂いている方々である。

今回は初めての議会も終了し、息抜きの為に夏祭りに参加してるのかと言うと、そうでもない様である。
それは彼が36人の市議の中で一番若いと言うこともあり、多くの市民が夏祭りを楽しんで頂くことも市議の重要な仕事の一部だとも考えられるからである。
私としても議会だけで行動するのでなく、今後も市民の中で市民と同じ目線で活動して頂きたいと願っている。

また、明日はサンタプレゼントパークにて午前10:00時よりクラブイベントも屋外にて行われる。
このイベントに関しても上村議員が積極的に企画に関わっていることが、今後の旭川でのまちづくりを若者を中心としておこなっていく為の、礎になるのではないかと期待している。
今後も上村ゆうじ議員には、このまちの若者が多くの高齢者や子供たちのことを考えた上でのまちづくりに、参加し易い環境を構築して頂きたいと願っている。

2007年08月01日

ゴミ有料化って市民総意?

8月1日から旭川市もゴミ有料化となりましたが、市民の方々は納得されてるのでしょうか?
寝耳に水だったのではないでしょうか?
一応、旭川市議会でも大した反対意見も無いままに有料化が可決された訳ですので、市民も逆らって今までのゴミ袋で集積所に持っていけば、不法投棄で検挙される場合もあると思われます。

何故この様になったかの真実は追って書き込みます。
一部では市職員の歳費を賄う為に有料化にしたでないかとの、疑惑を持つ人がいても可笑しくない経緯もあります。
お楽しみに・・。

続き、
実は有料化を決める審議委員を市民公募した時(2~3年前)に問題が2点ほどありました。
1点目、何故か市民公募の人数が女性2名・男性1名でした。
2点目、申し込み者は男性・女性合わせて20名以上居たにも関わらず抽選で3名しか選ばれなかった。
     それにも関わらず行政側から推薦で審議委員に選ばれた方々が10名程度決まっていた。

その時、抽選に入る前の1時間ほど、私も含めて何人かが不公平さを訴えて議論させて頂いたが、結果としては強行的に抽選をさせられる事となった。
その後行われた審議会は初めから有料化が前提で話が進められ、市民公募の審議委員の話に耳を傾けることもなく、行政側の提案の通り市議会でも大した議論されることもなく有料化が条例化された。

後から調べて分かったことだが、市民公募の審議委員を決める時の問題点だった女性2名・男性1名の
理由は簡単で、行政サイドから指名されて審議委員になった10人程がほとんど男性だったからだそうである。
そして20名以上の審議委員公募希望者がいたにも関わらず3名しか選ばなかったのは、予想をはるかに越える申し込み者だったので、想定外だと行政サイドの説明だった。
しかし、実態は行政サイドの指名による審議委員(ほとんどが行政からの補助金等を貰ってる団体の代表)が10名ほど決まっていたので、市民公募は3人迄と決まっていた。

私としては有料化へのシナリオが書かれている中で、形だけの市民公募を行って、市民総意と思わせて市議たちにも了解させたのだと思わざるを得ない。
ここ数年、全国的に市民公募の委員が過半数を占める地域が多い中で、旭川市の行政サイドのように市民公募者の割合を2~3割程度しか認めていない状況は、民主主義の観点からも遅れていると言わざるを得ない。

今後、ゴミの不法投棄が増えた場合、行政サイドがどのような対応を取るのか見ものである。

2007年07月30日

民主党作戦ミスですかね。

今回の参議院選挙・北海道選挙区にて民主党が1議席しか確保できなかったのは、選対本部の方々の読みが甘かったと考えることもできる。
それは小川さんの獲得した1,018,597票と多原さんの獲得した621,497票を足すと、伊達さんの757,463票の2倍の1,514,926票を優に13万票も超える1,640,094票となるからである。
また、北海道選挙区で2議席とも民主が独占したとしていたら、自民を追いつめることができ、安倍総理も退陣するに至った可能性すらあったのである

その意味で、北海道選挙区において民主党が1議席しか獲得できなかったことは、結果的に自民党に塩を送ったことになるのかも知れない。
今回、民主の選対本部の読みが甘かっただけではなく、道民の中には民主を支持することができても大地や国民新党を支持することができないと考えてる方も多いのかも知れない。
また結果として、選対本部も小川さんの票を多原さんに流す調整をすることができなかったのかも知れない。

今回の選挙で全国的には多くの自民党候補が落選することとなった。
特に明治維新の時の薩長土肥連合でもあった鹿児島・山口・高知・熊本に関しては、戦後に自由民主党が結党されてから長期間に渡って保守王国だったのだが、今回の選挙で山口県と鹿児島県で辛うじて自民党が死守したものの、その他の県では民主党が議席を確保することになった。
このことは戦後の日本の政治の歴史において、初めてのことであると同時に、アメリカのような2大政党制の状況になることを暗示させられる出来事でもあった。


2007年07月27日

費用弁償と監査委員は必要ない!

今回、札幌市議会議員への費用弁償1日ひとり10,000円(会議に出れば貰える)の支払いを不服として、住民監査請求を起こした方の請求が監査委員によって却下された。
理由としては、基本的な歳費(1人年間1400万円を超える)に会議に出向く時の交通費等が含まれていないので、税金の二重取りにはならないそうである。
それにも関わらず、今後は費用弁償を廃止する予定だとの議会の考えに納得が出来る方がいらっしゃるのであろうか。

そもそも札幌市の場合、歳費以外に月額1人40万円もの政務調査費が支給されており、このお金から車のガソリン代やタクシー代、そのうえ会食費等も支払いできるのである。
今回、監査委員が何故このことを言うことなく請求を棄却したのか、私としても疑うところである。

札幌市だけではなく、旭川市を始め多くの自治体の監査委員は議会の承認を得て長が任命している。
その内訳は4人の委員の内、2人が市議会議員であとの2人は弁護士や会計士・税理士等が選ばれるのが一般的である。
本当に今のこの国の社会構造で、身内を身内で監査できるのであろうか?
私としては武士道の考え方が浸透していた100年以上前ならいざ知らず、現状のこの国では身内を身内で監査できる環境でないだろうとの思いが強くある。

この国が民主国家だと声高く叫ぶことが出来る様にする為には、武士道の精神の如く、自ら切磋琢磨すると同時に、保身にならず他人のことを思いやることが出来る公僕を増やすべきだと思う。
このことからも費用弁償は当然のこと、身内に甘い形だけの監査委員も必要ないと考える。

因みに常勤監査委員になると、副収入として年間に旭川の民間企業の平均給与程度が頂ける。

2007年07月22日

参議院選挙のゆくえ

今日の民放のニュースで、今回の参議院選挙では小川候補が優勢でその後を多原候補と伊達候補が追随していると言っていた。
選挙の公示日以降から投票日まで、あまりにも詳しく調べた情報を公的なマスコミが必要以上に流さぬ方が公平・公正な選挙が行われると思うのだが・・。

今回の報道で分かったことは、ひょっとすると北海道選挙区にて自民党の一議席が無くなる可能性があると言うことである。
それと同時に参議院では民主党が第一党になる可能性すら考えられる状況と、それが実現しなくても自民党の議席数がかなり減る可能性があると言うことである。

今回の選挙からアメリカのような2大政党が日本でも、与野党を逆転させながら政治が行われるのかも知れないが、アメリカと全く同様には行かないようにも思う。
それは自民・民主以外の政党がどこまで議席を伸ばすかによって、今後の政局を左右することが十分考えられるからである。
これらのことを考えると、今回の選挙が今まで以上にこの国の進むべき道を決めると言っても過言では
ないと思っている。

2007年07月20日

選挙ポスターの公費不正受給

今回は選挙ポスターに関して、岐阜県山県市で問題を追及している方のブログに書き込んだ内容を基に、記載したい。

今年4月の統一地方選挙にて、旭川市の市議会議員数36人に対し、44人が立候補した。
今回44人の収支報告書を確認したところ、ポスターの公費負担の上限の506,400円を請求していた方が15人で、その方々を含めて50万円以上の公費請求者が26人にものぼっていた。
44人の内、選挙後に公職選挙違反で一人が逮捕されており、二人がポスターの金額すら報告書に記載して無いので、41人の内、半数を超える26人が50万円以上の公費の支給を受けたことになる。

今回、旭川市議選でのポスター掲示数は400枚だったのだが、私の調べによると同じ枚数を3万円台から印刷だけだったらしてくれる業者も市外にあることから、この50万円を超える金額との違いには驚かされる。

また、41人のポスターの平均公費受給額を計算すると約455,000円(上限額の約90%)にもなる。
ポスターの公費負担分の平均受給額が多い政党を挙げると、民主系議員平均約501,000円(上限額の約99%)、自民系議員平均約468,500円(上限額の92,5%)となっている。

これらの数値は5年程前に、公共事業の落札額(落札率)があまりにも高かった為、公正取引委員会から市内業者が入札停止処分を受けた時の数値によく似ている。

それにしても、全国一高い割合で選挙ポスターの公費負担金の受給がされ、その余剰金が他の公費負担で認められてないものに使われているとすると、ゆゆしき問題である。

2007年07月19日

市議の収支報告書が不正!

4月に行われた旭川市市議会議員選挙にて、不正を行っていた候補者は落選して逮捕された元市役所にお勤めだった田中さんだけでは無いことがわかった。

それは市議選後の収支報告書の原本を確認したところ、複数人の現職議員の公文書でもある報告書から明らかな公費の不正授受が確認できた。

私が一番腹立たしいのは、公務員のチェック機関でもある私達が選んだ市議会議員が、自ら血税でもある公費の不正受給を複数人が受けていたと言う事実である。

また、多くの現職市議が公費の補助を満額に近い額での受給を受けていたことも、疑惑である。

特に選挙ポスターの製作費に関しては400枚で最大50万円を超える額の公費による恩恵を受けれるわけだが、実際には同じ枚数のポスターを3万円台から印刷してくれる業者があるにも関わらず、殆んどの議員にその10倍を超える額の50万円も受給されてる実態に怒りが収まらない。

この様な不正議員を選んだ責任が私達有権者にあることは紛れも無い事実であるが、政務調査費の問題と言い、今回の収支報告書の問題と言い、議会事務局や選挙管理委員会(委員長古田弁護士)の方々がもう少し真っ当なお仕事をなされていれば、この様な不正が防げたのではないかと考えている。

2007年07月18日

現職旭川市議が又も不正受給!

宮本市議会議員の不正受給が問題になったばかりなのに、市議選後の収支報告書を一部閲覧して調べたところ、複数人の現職議員の公費の不正受給が帳簿の上で明らかとなった。
現在でも議員の名前等は公表できる状況であるが、今一度精査して公開に踏み切りたい。

タイムリーなことに岐阜県の山県市では、現在までに水増し詐欺で市議会議員7名を含む12人が書類送検されている。
詳しくは以下のブログにて、
http://blog.goo.ne.jp/teramachi-t/d/20070713

誠に残念なことだが、
私の調べている範囲では、山県市を超える方々の書類送検もあり得ると見ている。
また、旭川市の幹部に状況を話しているのだが、どうも市議の先生に対して注意すらできない様である。

2007年07月17日

あさひかわ新聞のいい加減さ!2

以前にも書かせて頂いたが、旭川市を代表するあさひかわ新聞がまたもや大失態を演じてくれた。
それは本日付の新聞の工藤編集長の直言での内容である。
そこには、本日が参議院選挙の選挙期間中であるにも関わらず、特定の候補者と政党に対して誹謗中傷だととらえることのできる内容が述べられているのである。
内容は特定の個人と政党が断定できる上で、それらの個人と政党に対して「自民党の現職(68)は、立候補を取りやめるべきだった。」との書き込みや『「美しい国づくり」を掲げる党首を担ぐ党も、本人の意向や取り巻く状況はどうあれ、引きずり下ろさなければいけなかったのだ。』とまで書き込んでいる。
その上、道議会議員の長男(34)のことまで持ち出して、誹謗だととらえられても全く不思議では無い批判が、その後の文面に300字を超える字数で述べられている。

この編集長は公職選挙法の法の主旨を理解されているのだろうか?
民主主義の基に教育者の端くれとして教壇に立っている私としては、この様なことを公的なマスコミの編集長が書き込むこと自体が信じられないが、もし法の主旨を理解されていらっしゃらないで述べられたとするならば、真摯に反省して頂きたいものである。
以前の言葉による暴行もそうだが、今回の民主主義国家における客観性を欠いた発言の場合も、彼の地元を代表するマスコミの責任者としての自覚が欠如していると思わざるを得ない。

今回の参議院選挙はこの国の未来を決める意味でも、とても重要な選挙だと考えられる。
今回のような客観性を欠いたと考えられる一編集長の持論によって、選挙結果が歪められることの無いことを一教員として一国民として願っている。

2007年07月16日

世界大学ランキングでベスト3

イギリスの研究機関で発表している世界大学ランキングにて、東海大学が国内の私立大学の中でベスト3(他は早稲田大学、慶応大学)に入ったことは以前から注目されている。
今回、世界中で一万を優に超えるであろう大学の中で、300番台と国際的に注目されている現状は喜ばしいことなのだが、まだまだ高評価の大学が多くあることと、国内では国・公立大学の方が上位にランクされていることが気がかりだ。
アメリカでは上位にランクされてるハーバード大学を始め多くの大学が私立大学であることを考えると、国内の私立大学の評価がまだまだ低いことが残念でならない
しかしながら、今回国内の私立大学の中で4位に入った、私としてはそれ程知名度の無かった昭和大学を調べていて、強い衝撃を受けた
それは、一年目の学生に関しては数百人全員が都心部を離れ富士の麓で寮生活を送りながら、基礎・基本教育を受けることを実践しているのである。
主として医学部の学生が多い大学なのだが、昨今、医師の医療ミスや不正問題が騒がれている中、大学の一年目で人々の命を預かる立場になるであろう学生に対し、人間教育がしっかり行われている姿に感銘を受けた
特に東海大学と歴史も70年程度と同じ様な大学であることと、人道教育に尽力している状況には深く親近感を覚えると同時に、現在ランキングは下位であるが、昭和大学の方が一歩先を進んでいる様にも感じられる。
今後国内の私立大学が独自性を持って、日本の中での評価に甘んじることのない様に、世界の大学でのベスト3を目指して精進したいものである

2007年07月13日

何時もと少し違う参議院選挙

今回の参議院選挙を見ていると、今までの国政選挙と少し違うように感じている。
それは、単純に票集めの為に芸能人を含む有名人やスポーツ関係者が多く出馬しているだけで無く、同性愛者や先住民族の代表のような形で出馬されている状況も見受けられるからである。
ただテレビにて、同性愛者の立起予定候補者の表明演説の終わりに、法的には同性者であるパートナーと抱擁後にキスするシーンが映し出された時には、今までとの違いを強く感じて衝撃を受けた。
またその時、「国内には同性愛者が200万人いる」とのコメントを聞いた時には、自分の耳を疑う程の衝撃でもあった。

今回の選挙で少数派の方々が少しでも多く当選され、国政の中で多くの国民が納得できる法律を厳正な議論を経て構築して頂ければ幸いだと考えている。
またその為にも、国民一人一人が厳正な五感で候補者の主張を見極めて、組織や周りに誘導されて投票されることのない状況を望む。
その意味でも今回の参議院選挙は、今後のこの国の未来の進むべき方向性を決める重要なターニングポイントになることが確実だろうと考えている。

追伸
昨日の中札内美術館への学生の制作した作品搬入、無事に終了致しました。
みなさんには何時ものことながらご心配をお掛けして、ごめんなさい。


2007年07月11日

中札内美術館に搬入!

中札内美術館で行われる「北の創作椅子展」のコンペに、学生の作品が1次審査で入選しておりました。
その作品の実制作を一月前より学生自らが行っていたのですが、ここ一週間作業の遅れもあり私も手伝うことになりました。
そして先程その作品が完成し、今から2トントラックで学生と搬入に行くところです。
最終結果が楽しみですが、それよりもここ一週間学生の多くが制作に協力してくれことと、制作者でもある学生本人が本気で取り組んでいた姿を見ることができたことが、何より楽しい出来事でした。

2007年07月03日

久間大臣辞職

久間大臣の「原爆投下はしょうがなかった」。
との発言の後、安倍総理は私の書き込みと同様にアメリカの立場になっての発言だったのだと思うと擁護する発言をした。
当の本人はそれもあってか、初めのうち長崎出身の私が被爆者を傷つける意味での発言をすることは無いと言っていたが、かえってそれが地元の方々を傷つけてしまった様だ。

安倍総理が初期段階で久間大臣を更迭していたら、ここまで野党や与党でもある公明党からの反発を買うことは無かったと考えている方が多い様でもある。
しかしながら私はそうだとは思わないし、未だに悩んでいる。
当然、しょうがないと発言した久間前大臣に対しては今でも憤りを感じている。
私が悩んでいる理由は、今回の件に関してのマスコミの報道のあり方や世論の反応に関してである。

今回の件で本当の意味での戦後の問題を解決するべく、被爆者や在日の方々を含む多くの戦争被害者の方々で苦しい生活をされてる方々に政府関係者を含む政治家が手を差し伸べるべきだと思う。
また野党の方々の反応を見ていると、被爆者のことを親身に考えての反応というよりも今度の参議院選挙に向けての反応だと思えることが気がかりである。
如何なる場合でも、戦争被害者の方々を政争の具にするようなことがあってはいけないと考えている。

先だっての松岡大臣の自殺と言い、今回の久間大臣辞職と言い、私としては何となくスッキリしない状況でのことが進んでいるように思われる。
私事で申し訳ないのだが、先だって公の場所で私にキチガイと言っておきながら、未だに謝ることもしないマスコミの責任者が平然としていることを考えれば、久間前大臣の辞職はまだましだったとも思う。

私が一番心配しているのは、自民も民主もその他の政党を含むほとんどの政治家が本当に戦争被害者や困っている人々に視点が向いている訳でなく、選挙で政権をとることばかり考えているのではないかと言うことである。
今回のことで民主が今後政権を取ったところで、国民に視点が行ってる政治家はほとんどおらず、彼等の体質が変わるとは到底思えないのは私だけだろうか。

2007年07月01日

久間大臣発言に思う

久間大臣の原爆が投下されたのは「しょうがない」発言に対して複雑な思いが込み上げてくる。
何故、長崎県選出の代議士でもある大臣がこの様な発言をしてしまったのか?
また、何故直ぐに訂正しなかったのか?

私の母も原爆投下時に広島の爆心地の近くに住んでいた。
私の最も尊敬するアーティスト殿敷侃さんも広島で被爆して若くして亡くなられた。
私自身も山口に住んでいたので小学生の頃より広島の惨状をこの目でよく見ていた。

沖縄戦もそうだが戦争で一番多く傷つくのは国民である。
当時の東条内閣には多くの問題があったであろうし、軍部にもアメリカに対しての見方に誤りがあったであろう。
東海大学を創設した松前重義も東条内閣のやり方に反対して、アメリカとの戦争を止めさせようとした一人ではあるが、当時他にも多くの人々が戦争に反対していたらしい。
しかしながら軍部はそれら戦争に反対する多くの人々を虐げ、残念なことに逓信省の局長職に就いていた松前も二等兵で最前線に送り込むのである。

その様な状況下で太平洋戦争に突入し、結果的には日本の原爆開発が一歩遅れたこともあり、アメリカもこれ以上の内地線での死傷者を増やさない為に、原爆で終止符を打とうとしたのだろうか。
だとすると久間大臣は何に対して、しょうがないと発言したのであろうか?

一つには東条内閣が、国内の多くのアメリカとの戦争反対者を抑圧してまで太平洋戦争に突入したのだから、しょうがないと思ったのか。
二つ目はアメリカの立場になって考えれば、内地線で多くの犠牲者を出すよりは原爆で終戦を迎えた方が被害者が少なくなるであろうと考えたから、しょうがないと思ったのか。
それとも全く違う理由なのか。

いずれにしてもお亡くなりになられた数十万人にものぼる広島・長崎の多くの住民の方々に、いったい何の責任があるのであろうか。
また、お亡くなりになられた方々の多くの親族の方々に「しょうがない」との発言が如何に心を傷つけるものであったかは計り知れないであろう。

私としても今回の大臣発言に対して怒りを感じているが、何が問題で何を言おうとしていたのかをもう少しじっくり考えたいと思う。


2007年06月28日

政治資金・公的資金不正使用

統一地方選挙以降、全国的に議員さんの不正が目立っている。
この旭川でも市長選挙の時、選挙ポスターの製作にあたり選挙管理委員会の対応も地元印刷業者の対応も酷いものだった。
今回は尊敬する方のブログに書き込ませて頂いた内容を添付したい。

私も昨年末選挙に出てたので知っておりますが、市議・市長選でポスター代金1人50万円程度、何故か同じ選挙区で道議選100万円程度が血税から補填されます。(ある程度の得票を取らなければ貰えません)
しかし現在、ネット等で業者に発注すれば5万円程度で印刷することも可能です。要するに、地元の談合している業者と結託して水増し請求をさせ、そのお金を賄賂等にしていることもあったと言うことです。
全ての候補者がやってた訳では無いと思われますが、多くがやってたことは関係者の方々が知ってたことだと思われます。
しかし残念なことに何故か、選挙管理委員会に話しても取り扱ってくれませんでした。
本気で告発手続きを取るべきでしょうか?予想では36人の議員の半分以上が失脚するかも知れません。

少しでも早くに、不正していた議員さん達が辞めることを望む。

追加での書き込み
私の場合には、旭川の大手印刷業の3社程度が神崎のポスターを製作しないと決めていた様です。
その為ネットで印刷業者を探したのですが、時間的に余裕も無かったので、知人と自分のプリンターで印刷しました。
また、葉書も8000枚自分のプリンターで印刷した次第です。因みにポスターの単価は、インク代と紙代を入れて一枚あたり300円程度だったと記憶しております。
しかしそれでも、単価をかけすぎたと思いました。それはネットで調べた時に、道外の大手印刷業社に完全版下の図案を送れば、一枚の単価が100円を切って印刷してくれる所があったからです。
地方で立候補される多くの方々は印刷業社に少し高めに単価を請求されてる場合がある様です。
また不正に水増し請求させてる場合には、業者に公費負担とならないハガキ等を抱き合わせて印刷させたり、政治資金として支援させてる場合もある様です。

2007年06月26日

政務調査費不正使用in旭川

今回の政務調査費不正使用は明らかに犯罪行為だと認識せざるを得ない状況である。
それは、罪状が横領や詐欺罪になっても全く不思議でないかも知れないと思うからである。
特に不正使用していたお金(血税)を同じ会派の公正クラブの議員さんたちに分配返還するに至った経緯については、議会の方々を含めて誠にずさんな対応だったと言わざるを得ない。
そもそもそのことを認めた第二会派の民主クラブさんは何をしていたのであろうか?
今回のことは、旭川の市議36人全てにチェック機関としての自覚が欠如していた為に、起こった事件だと考えられる。
今後、当事者でもある宮本議員は当然のこと、他35人の議員全てに公僕としての議員の立場を再認識して頂き、各自で処分を含めた対応を早急に検討して頂きたい。
また、現在議会の会期中なのだから、このような重要な案件を早急に議論して頂き、今後議員自らが血税の無駄使いを超えた不正使用等が二度と起こらないようにして頂きたい。/strong>

2007年06月21日

西川市長の功罪相半ばす

昨日は旭川家具協同組合が主催した家具祭のオープニングパーティが、グランドホテルにて行われた。
今年の家具祭には全国各地から、ここ数年の来場者を大きく上回るバイヤーの方々が来旭されており、そのうえインテリア関係の方々だけでなく、ハウスメーカーの方々も多く含まれているようであった。
オープニングパーティにも500人を超えそうな勢いの参加者であった。

今回のパーティでは旭川家具協同組合元年と銘打って、これからのこの地での家具作りの姿勢を宣言するものであった。
それはお客さんに喜んで頂ける製品を作ることは当然のこと、環境にも優しく、末永く大切に使って頂ける家具を提供し、修理等のアフターサービスも徹底するとの宣言であった。
その後、副市長の中屋さんからの行政サイドを代表しての挨拶があり、内容は旭川の中で数少ない製造業の家具業界に頑張って頂きたいとのエールと地産地消から地産外消でも充分通用するとの挨拶だった。
私としては組合も行政もある程度内容のある話だったので満足していたのだが、その後に中屋副市長のテーブルに行ったところ、ひとりで食事をされている状況だった。
宮崎県知事の東さんを例に出すまでもなく、現在各地方行政の幹部が地元の商品や製品を積極的にPRしているにも関わらず、多くの首都圏から来られてるバイヤーを前に副市長がひとり孤立している姿を見て残念でならなかった。
そこで中屋さんのテーブルに行き、「蕎麦を食べてる場合ではないでしょう。西川市長の替わりに多くのバイヤーの方々に挨拶するべきではないですか?」と本音をぶつけて見た。
すると、そのことを真摯に聴いて頂けたのか、周りの方々に挨拶をされていた。

今回のように全国から数百人のバイヤーが来られてる場所を有効に使い、旭川ブランドを行政サイドが積極的に売り込むべきだと思う。
西川市長もそのことは充分に理解されてることだと思うのだが、側近の副市長が何となく積極性を欠くようであれば、バイヤーの方々も積極的に取り引きはしないであろう。
行政の幹部が率先して旭川の営業マンになることは当然のこと、職員の多くもまちを売り込むことを早急にすべきではないかと思う。

ただ西川市長の最近の功績として、市役所本庁舎と旧上川支庁の間にあった空間を市民の方々が車で来庁された時の駐車場にされたことと、市議の費用弁償の1日5000円の支給をやめると共に市長自身の退職金額を大幅に削減されたことは評価できるであろう。

2007年06月17日

学園祭(建学祭)も終わり

昨夜17日までの学園祭(建学祭)での賑やかさも終わり、今日は朝から片付けの為に学生達が奮闘している。
毎年思うことなのだが、日頃授業に積極的に参加していない学生達が学園祭の模擬店や作品発表や企画に全力を傾けている姿に、感動すら覚える。
特に今日のような片付けの日に、朝8時過ぎから大学に来て作業している学生達の姿を見ていると、授業を真面目に出ている学生達と同じくらいに評価するべきでないかとも考える。

東海大学では学園祭のことを建学祭と呼んでいる。
故松前重義博士が東海大学を創設したことに因んで、学生と教職員が学園祭の期間中に建学の思いを認識し合う意味も込めて建学祭と呼んでいるのであろう。
この建学の思いとは若者も年長者も学ぶとの姿勢の中で、同じ目線で意見を出して議論することを重んじていた様である。
その意味でも私自身も今まで、建学祭期間中は特に学生達と同じ目線で対応して来ている。

少し気がかりなのは、建学祭に準備段階から片付けの日まで積極的に参加していた学生達に、単位認定しても良いのではないかと思う反面、単位関係なしに頑張って来たからこそ意味がある様にも感じ、認定しない方が良い様にも思うことである。
それよりも気がかりなのは、日頃授業で積極的に参加している学生達の一部が建学祭の期間中を休講期間中だと思っているのか、大学に顔を見せないことである。
確かに出席も取らないし、単位認定される(一部授業の一環としての参加もある)訳でもないので、興味のない学生にとって4日間の連休だとの思いもあるのだろう。
それと同様に、教員の一部にも期間中に大学に来られない方々がいらっしゃるのも問題だと思う。

今後学生達が社会に出て本当に役立つことが、単位関係なしに建学祭で一生懸命にやったことだと思っているのは私だけだろうか。
また、サラリーマン教員にとって建学祭が興味のあるもので無いとすると、誠に残念である。

2007年06月15日

北海道のサービスが向上か!?

先程、京都での離散数学国際学会から6日ぶりに帰旭して来た。
この学会には世界20ヶ国以上から200人以上が参加し、京都大学の100年記念ホールを使って、東海大学の教育開発研究所が中心となり展示・企画等を行い開催された。
参加者はアメリカを代表する数学者のバシェック・ホワタルを始め、カナダ・フランス・スペイン・中国・韓国・フィリピン等の国を代表する数学者が集結して行われた学会となった。

今回、京都での学会が価値あるものだったこともあり、帰りの飛行機では満足感の中にも疲労が貯まっていた為か深い眠りにつくことが出来た。
しかし飛行機が千歳に着陸してから、とんでもないことに気づいてしまった。
それは車と家のカギを持っていないことだった。
千歳空港の民間駐車場に泊めてある車をどのようにして動かすのかに関しては、数学の難問を解くより難しいことだと感じられ、急に満足感が吹っ飛んで疲労感だけが脳裏に焼きつく始末だった。

今回は車を置いて行き、一度電車で旭川まで戻って再度千歳まで車を取りに来ることを考えたのだが、学生に学園祭でのピアノ運びを頼まれていたこともあり、何とかカギを作って旭川に車で帰ることを考えた。
そこで駐車してあった民間駐車場(空港の近くに最近出来た駐車場)の担当責任者に事情を説明したところ、カギ屋さんに電話をして料金等を調べて下さった。
紛失したカギの番号がわかる場合には5000円程度ですむらしいのだが、番号がわからない場合には2万円近くかかるらしいことを確認できた。
そもそもカギを紛失することを前提に考えてる訳も無く、カギの番号など知る由も無かった。
念のために大手のロードサービスさんの会員でもあったので、呼んでドアだけでも開けて貰えればスペア-キーが車内の何処かにあるかも知れ無いと言う淡い期待を元に頼んで見た。

20分程してロードサービスさんが到着され、ドアのカギは瞬時に空けて頂けたのだが、肝心のスペア-キーがある訳も無く、仕方無くカギ屋さんに連絡してカギのシリンダーを分解して貰い、2万円覚悟でスペア-キーを作って貰おうと考えた。
その時、ロードサービスの優しそうな担当の方から、「シリンダーの番号を調べてスペア-キーを作って来てあげましょうか」との信じられないようなお言葉を頂いた。
私はその言葉に甘えて車の中で30分少々待っていたら、何とその方がスペア-キーを作って来て下さり、私の車のエンジンをかけることが出来たのである。
そのうえ、カギの製作費を5000円より安い金額で良いと言われた時は、彼が仏様のように見えてきた。そして一気に疲労感はぶっ飛び、心地よい雰囲気となった。
今回、駐車場の担当者の方もロードサービスの担当者の方もとても心優しき人々で、年齢は2人とも50代から60代前半の方のように見受けられた。
何より北海道にこの様な年長者の方々がいらっしゃることを誇りに思うと同時に、今後、車のキーナンバーは何処かに控えておこうと痛感した。

2007年06月10日

旭川での芸術とは?

昨日の新聞に、旭川市内の幾つかの芸術団体によって芸術展が行われていると書いてあった。
そしてその記事で使われている写真は、よく見かけることのある有名な浮世絵を模写したようなものなのである。
この模写絵らしきものが果たして、このまちでは芸術作品なのだろうか?

私は芸術論の講義科目を10年以上担当させて頂いているし、今まで海外にも数十回以上に渡り芸術活動に関する資料収集・調査視察やワークショップに行かせて頂いている。
その立場から言わせて頂くと、今回のような模写絵を芸術展に出品する行為を今後は控えて頂きたい。
また、どのような意味で新聞社が載せたのかは分からないが、もし単純に面白そうな分かりやすい絵だとして選んだのであれば、芸術に対する造詣の無さを知らしめる結果となっている。

少なくとも芸術とは各自を表現することが大切であり、個性やオリジナリティを尊重しなければならない。
その意味でも模写やコピーは、個人の技術向上の為に習作として取り扱われるのであれば問題ないのだろうが、幾ら素人と言えども公の場に芸術作品として展示することは避けるべきであろう。
ただ、ゴッホ等が浮世絵を習作として模写をしている例は今までにもあるが、それらを当時の芸術展に出品していた訳ではない。

私が多くの生徒や学生と今まで関わって来て思うことは、各自が個性的な能力を持っているのにも関わらず自信が持てずに引きこもったりしていることを無念に感じることである。
戦後の教育が問題だったのだから仕方ない、と言ってしまえばそれまでだが、私も含めて多くの教育者や親や大人が、今こそ責任を持って教育する時だと思う。
今後は私自身もこのまちで芸術教育を受け持つ端くれとして、たかが小さいまちの芸術展だから仕方の無いことだと思う前に、子供たちの芽を育む為に大人に対しても教育的指導をしていきたい。

2007年06月06日

大人気ない旭川新聞代表

今週のあさひかわ新聞の一面に、先週私が指摘したミス記事の訂正文が載っていた。
初めから載せるのであれば、私が、「記事のミスならば、一面に大きく載ってた記事なので、次週の一面に訂正記事を載せた方が良いのではないですか。」と工藤社長にアドバイスした時に、彼から「あんたから言われる筋合いはない!」と強い口調で逆切れされる必要もなかったと思う。

また、その後に市役所の幹部職員と共に訂正と謝罪を求めにあさひかわ新聞社に訪ねた時に、再度逆切れされて、指をさされながら「てめえ出て行け」「キチガイ出て行け」と言われる筋合いも全くなかった。
その後、工藤社長は警察官の謝罪するようにとのアドバイスにも耳を貸さず、旭川市役所に呼び出されて謝罪するように説得されても、拒否しているようである。
この様な人物を世間では、大人気ない人と言うのであろう。

いったい彼は何のために大人気ない行動を取るのであろうか?
ひょっとすると個人のプライドの為、年下である私に謝ることが出来ないのであろうか。またそうだとすると、新聞社の代表としても誠に大人気ない行動だと言わざるを得ない。
また故意に記事を間違って書いたとなれば、犯罪行為に等しいのではないだろうか。
現状に於いて、工藤社長が一市民でもある私に対して公の場所で、私自身が嫌がる行為を「止めて下さい。」と何度も言ったにも関わらず、執拗に行為を繰り返したことは許しがたいことである。
そして何より、彼は私に対して公の場所で侮辱したにも関わらず、未だ謝る気持ちを持っていない様なので、刑事・民事の両面で告発する為の準備を進めたいと思っている。

2007年06月04日

旭川の責任者達の資質

本日は午後より道警旭川中央署での用事があったため、車にて4条側から向かった。
ところが中央署の正面玄関前は超高級黒塗りセダン3台と高級ワゴン車が1台路上駐車(停車)してたので、片側交互通行のようになっていた。
私の車を警察署の外来者用駐車場まで、それらの高級車の横を緊張しながら通り抜け移動した後、警察署に入る前に確認のためにそれぞれの車の運転手に誰を乗せて来たのか聞いて見た。
すると誰を乗せて来たのか言うことを拒否する状況でいやいやながら2台に関しては教えてくれた、その後もそれらの車を動かす気配すら見せず、エンジンを掛けて長時間駐車(停車)を続けていた。最後尾に止めてあった高級ワゴン車は運転手も乗っていなかったので、近くにいた制服警官に反則キップを切ることを促したのだが、無視される状況だった。

そこで再度、黒塗りの超高級セダンの近くに行き知り得た情報の範囲で、「○○さんの車が邪魔になっておりますよ!」と言うと同時に、近くにいた警察官に「公務員のトップに近い方や旭川を代表する環境重視の企業の方が路上に長時間車を止めてて良いのですかね!」と言ったところ、まわりで見ていた警察官が重い腰を上げて注意を始めた。するとやっと彼等も移動することとなった。
今回の場合、駐車(停車)そのものも迷惑だが、エンジンをかけっ放しで長期間警察署での打ち合わせのあるらしき方の為に、待っていること自体も問題だと思う。

その後、警察署での話も終わり正面玄関を出て一番近いところに、高級車セダンが運転手つきでまたもやエンジンかけっ放しで止まっていた。
どんな人が乗るのかと思い運転手に聞いたところ、教えてくれないので少し待っていた。
(以前にも中央署では署長の送迎用の高級車が、障害者用の駐車場より正面玄関に近い場所で待機しており、何年も問題だと指摘していたので改善されていることと信じていた。)
するとノーネクタイのお土産のような荷物を持った団塊の世代に近い人が乗り込もうとしていたので、自分の名を名乗り、貴方は誰ですかと聞いたところ返答が無かった。
多分、警視庁等からこられたのだと思い再度聴いてみたら、何と残念なことにやはり中央署の署長だった。

その時、以前全国的に問題になった報奨費問題の体質を、未だに抱えているのかとさえ思われた。
旭川に来て19年前から特に強く問題だと感じていたことの一つに、公務員等の責任ある立場の方々が税金で購入した高級車を運転手つきの自家用車のように使用しており、誰よりも便利な位置に駐車して待機させることであった。
疑惑に事欠かなかった菅原功一前市長でも、就任当初の12年前から正面玄関横にエンジンをかけさせた車を止めさせている状況に問題があると強く指摘していたら、3期目からは少し遠くなったが地下駐車場から乗り込むようにしてくれたし、議員用の専用駐車場も廃止してくれた。
それに比べて中央署の署長は何を考えてるのであろうか?
昔、いつかはクラウンとのコピーが流行ったが、団塊の世代の方々が税金を使いそれを実現しようとしているのであれば、大問題だと思う。
西川市長が就任来、環境に優しいコンパクトセダンを公用車に使用してる姿勢に比べ、彼の部下も中央署の署長も資質の面では菅原前市長や一昨日書き込んだあさひかわ新聞の工藤さんと同レベルなのではないかとさえ思われる。

ところで今日、中央署にて行政のトップに近い方と市内企業のトップの方と署長とがいったい何の話をしていたのであろうか、少し気になることではある。

市長の資質とマスコミの対応

菅原功一前旭川市長が空港の社長に成って、早や半年が経過した。
空港での問題が噴出してないところを見ると、彼の資質で旭川市長は無理だったのかも知れない。
多分、彼が2期目の時にもう既に彼の資質では問題があったのだろう。エコスポーツパーク問題、念書問題、神楽の道路問題と疑惑には事欠かなかった。
そして、それらの疑惑をマスコミは本気で追及したのであろうか?

今回の私に対するマスコミの責任者の対応は、菅原功一氏と同レベルの資質だと考えざるを得ない。
特に私の指摘通り、明らかにミス記事だったにも関わらず、謝罪すらすることも無く、その上「てめえのようなキチガイ」発言や笑って人を侮辱する行為は編集長と言えども許すことが出来ない。
また、「てめえから指摘される筋合いはない」や「俺が思ったことを書いて何が悪い」とまで言ったのだから、次回の新聞には訂正記事を出さないであろう。もし仮にも一面に訂正記事を出すようなことがあれば、私の指摘した通りのことをすることであり、未だ謝ってもいない状況から考えたら子供の責任能力しかないのだと思わざるを得ない。
次回火曜日の新聞が気がかりでしょうがない。

2007年06月01日

あさひかわ新聞の問題

29日、あさひかわ新聞に一面記事の内容についての問い合わせしたのだが、返答が一切無いので31日午前11時頃に電話をしてみた。
すると珍しく工藤社長が電話に出て対応してくれた。話の内容は以下の通りである。
神崎「この前問い合わせた、市は最低制限価格引き下げとの記事についてどうだったのですか」
工藤「あれは間違い
神崎「だったら一面に訂正記事を載せて頂けるのですね。」
工藤「あんたに言われる筋合いは無い。」
神崎「そうは言っても、公共新聞の使命として載せる必要性があるのでは無いですか。」
工藤「俺が思ったことを書いて何が悪い。」
神崎「今までも間違いが多いいことが問題だと思いますよ。」
工藤「カチャン、プープープー。」
この様なことが4回繰り返された。
そして最後の電話では、「お前のようなやつと電話してられない。」と言われ電話を切られた。
その間、一切の謝罪等は無かった。

その後、市役所の部長さんとあさひかわ新聞社に謝罪を求めようと行ったところ、工藤社長はいらしたので、了解を得て社内の入り口に立っていたら、市役所の部長さんの前で笑いながらそれも座ったまま話してる状況だった。
私から謝罪を求めても無視状態のうえ、笑いながら部長さんと話を続けているので、「笑いながら人を侮辱するのやめて!」と言った。
すると工藤社長は指差しながら「てめえ出て行け」「キチガイ出て行け」と繰り返し罵る状況が続いたので、道警の方に来て貰ったのだが、お巡りさんの説得にも聴く耳を持たずその後一切の謝罪も無い。

今回の件であさひかわ新聞の責任者である工藤社長の問題体質が明確になって来た。客観的に公正な内容の記事が大切だと思われる新聞社の代表が、主観的な持論を持ち出した記事を書いた上、重大なミスをも認めようとしない体質改革に向けて真摯に対応して頂きたい。
また私個人の考え方として、今後謝罪等がない場合には暴言による民事告訴だけではなく、反省をされない状況から見て故意による記事の記載も考えられるので、刑事告訴も視野に入れて望みたいと考えている。

2007年05月29日

あさひかわ新聞のいい加減さ!

 以前にもマスコミが真実を伝えることをしなくなり、スポンサーのお抱え記事を書くことが増えたと書き込んだ記憶がある。
 昨日の松岡大臣自殺の件でも不可解な記事が見受けられ、それは昨日の夕刊に顕著に表れていた。道新では大臣自殺が大きく取り上げられ、読売ではカンヌ映画祭のことと同じ位だった。しかし朝日には一面にその記事が見受けられないのである。
 このことが政治的に何を意図するのか、考えさせられることではあるが・・。

 それにしても今日のあさひかわ新聞の記事は何を考えているのだろうか?
 西川市長が責任者として導入した一般競争入札について問題を感じているなら、正々堂々と調査した上で反論記事を書けばよいだろう。
 ところが、「市は最低制限価格を引き下げへ」との事実無根の抜き出し記事を一面中央に大きく載せているのである。
 西川さんとは自由党時分より、利権・談合をなくすために一般競争入札を導入することについて意見が一致していたこともあるので、よけい気になるのかも知れないが、事実に反する記事は問題である。

 今回の記事を書いた責任者の工藤さんとも以前より親しくさせて頂いているが、この様な大切なことをいい加減な記事として一面トップに書いてしまったとしたら、地元あさひかわ新聞の責任者としての自覚があったのだろうかと疑いたくもなる。
 記事の内容が単純なミスだとしても問題だと思うが、もし意図的に書いていたとすると、幾ら友人だとしても許すことが出来ない行為である。
 朝方、あさひかわ新聞に電話を入れたところ「工藤は今日お休みの予定です。」との返答を頂いた。
 そう言えばここ数年、単純ミスの記事や数字を間違えている記事に対し問い合わせをした時に、責任者の立場の方は大抵居ないのである。
 工藤さんが新聞発刊日にお休みを取るようになったのは、何時頃からだったであろうか・・・。
 

2007年05月27日

市民が苦しむまちならリコールするぞ!

今回は知人の尊敬する税理士さんのブログへの書き込みに、少し手を加えて書かせて頂きます。

お姉さんありがとうございます。(笑い)
少し年上のお姉さんに対して、生意気な発言をお許しください。
申し訳ないのですが、経営アドバイスのプロのお姉さんから「経営について解ってるの?」と、言われるまでもなく、解った上で言っているのです。
私は子供の頃より現在まで、新聞配達のアルバイトや大工の見習いから始まり、50種以上の職種の仕事を現場で体験して来ております。
また小学校の頃から旅が好きで、全国津々浦々観て来ておりますし、学生の頃より現在まで海外には30回以上旅しております。
大学卒業と同時に1年間全国放浪の旅もしましたし、旅先でもアルバイト等をして生活しておりましたので、ひょっとするとお姉さんより旭川以外での経済状況は詳しいかも知れませんよ。
ところで私もお姉さんの言われているように「談合と癒着が行われないシステム作りが必要なだけです。」と、こちらに来た19年前から強く思っております。
このまちには当時より全国トップクラスの談合・癒着体質があったことを、誰よりも認識しているからこそ、それを先導していた菅原功一前市長に辞めて頂くため、リコール活動したのですよ。
しかしながら現在、それだけではこのまちで苦しんでいる多くの労働者の方々が幸せになれると、到底思えないのです。
申し訳ないのですが、このまちに長くお住まいの経営者の方々には、今まで以上に見識を広める努力とグローバルに通用する従業員教育が出来るように勉強して頂きたいと思っております。
私は経営のプロでないかも知れませんが、富良野デリス・北の住まい設計社・正和電工・北日本精機・カンディハウス・大雪の湯・斎藤牧場・クラークホースガーデン等の経営者とは以前より特に親しくさせて頂いております。
たまに経営アドバイザーをやらないかと誘われることもありますが、まちづくりと教育が大事だと言って断っております。(笑い)
面白いことに、彼らはある部分楽しんで経営努力されておりますよ。
長い稚拙な文章を、お許し下さいね。

そう言えば最近、クレセントホテル・グランドホテル・万葉の湯の経営者側の人々からもお呼びがかかる様になりました。
まあ、動物園効果(私も動物園再生には古くから結構関わっております。)もあり、ホテル関係が好調で税収も増えることが予想されることは喜ばしいことですが、4年の内に3300億円の借金を少しでも減らすことが出来ないような西川市長であれば、盟友と言えどもリコール活動をしますよ!

2007年05月23日

旭山動物園の現在

 昨日の描写の授業で、旭山動物園に学生と共にスケッチ小旅行に行って来た。
 旭山動物園での授業は描写の授業に限らず、ビュジュアルアートや立体アート等の授業でも利用させて頂いているので、授業だけで今までに30回以上の回数を毎年のように訪れている。

 ところで今回訪れて強く感じたことがある。それは天候が良かったこともあるのかもしれないが、ここ19年間で一番お客さんの多さを実感したことである。
 それは初めて訪れた時の100倍程度、昨年に比べても2倍程度のお客さんの多さであったことが、旭山動物園のまだまだ衰えぬ人気の実態なのであろう。
 また、園内で案内役や誘導員や掃除をされてる方々の多くが高齢者の方で、その方々の対応がとても好感の持てるものであったことも、人気の秘密なのかも知れないと感じた。

 アザラシ・ペンギン・白熊・オランウータンと至るところに人々の行列が出来ており、多くの人々がストロボを光らせて写真を撮るので、至るところにストロボ撮影禁止の看板が掲示されていた。
 動物にとってはあまりにも多くの方々の見学とストロボ発光にによって、一部の動物達にはストレスが増えてるように見受けられた

 ただ唯一静かになったのは撤去されたジェットコースターの裏手にあった猛禽舎近辺で、入園者もほとんど見学に来ることもなく、オジロワシ・クマタカ・オオワシは以前程のストレスも感じることなく元気そうであった。
 最近生まれたオオワシの2羽の雛鳥も親鳥に近いぐらいの大きさに成長していた

 旭山動物園の入場者はまだまだ増える可能性があるだろうが、今後これ迄以上に動物達にストレスを与えないような見せ方が早急に望まれる。
 また、大型動物であるカバ・サイ・キリン達の空間が今まで以上に広くなれば、亡くなった象の代わりの象が来るかも知れないし、大型動物達もストレスを感じることも少なくなると考えている


 

 

 

旭山動物園の現在

 昨日の描写の授業で、旭山動物園に学生と共にスケッチ小旅行に行って来た。
 旭山動物園での授業は描写の授業に限らず、ビュジュアルアートや立体アート等の授業でも利用させて頂いているので、授業だけで今までに30回以上の回数を毎年のように訪れている。

 ところで今回訪れて強く感じたことがある。それは天候が良かったこともあるのかもしれないが、ここ19年間で一番お客さんの多さを実感したことである。
 それは初めて訪れた時の100倍程度、昨年に比べても2倍程度のお客さんの多さであったことが、旭山動物園のまだまだ衰えぬ人気の実態なのであろう。
 また、園内で案内役や誘導員や掃除をされてる方々の多くが高齢者の方で、その方々の対応がとても好感の持てるものであったことも、人気の秘密なのかも知れないと感じた。

 アザラシ・ペンギン・白熊・オランウータンと至るところに人々の行列が出来ており、多くの人々がストロボを光らせて写真を撮るので、至るところにストロボ撮影禁止の看板が掲示されていた。
 動物にとってはあまりにも多くの方々の見学とストロボ発光にによって、一部の動物達にはストレスが増えてるように見受けられた

 ただ唯一静かになったのは撤去されたジェットコースターの裏手にあった猛禽舎近辺で、入園者もほとんど見学に来ることもなく、オジロワシ・クマタカ・オオワシは以前程のストレスも感じることなく元気そうであった。
 最近生まれたオオワシの2羽の雛鳥も親鳥に近いぐらいの大きさに成長していた

 旭山動物園の入場者はまだまだ増える可能性があるだろうが、今後これ迄以上に動物達にストレスを与えないような見せ方が早急に望まれる。
 また、大型動物であるカバ・サイ・キリン達の空間が今まで以上に広くなれば、亡くなった象の代わりの象が来るかも知れないし、大型動物達もストレスを感じることも少なくなると考えている


 

 

 

2007年05月20日

議会制民主主義とは?

 以前ある代議士(大臣だったかも)が自信たっぷりに「民主主義とは多数決です!」と言っていた。
 それは違うと思っていた私が反論する前に、外国での経験の長い学者が「それは違います!」と意見してくれた。
 その学者が言うには、民主主義に於いて一番大切なのは議論することであり、何時間も何日も議論して意見が出尽くし、思いが一致していない時に最終手段として多数決を取るらしいのである。
 その様な環境の中で、その学者は多数決の決議に参加したことがほとんど無いそうである。
 
 しかし、この国ではどうだろうか?
 子供の頃より学校でも、少し話し合ったかと思えばすぐに多数決を取っていたお国柄であるので、大人の代議士までもが、民主主義とは多数決だと思っても仕方ないのだろうか。
 今回、旭川市議会でも本会議に提案される審議事項に関して、多くの場合事前の委員会等での多数決により決まった内容が形式的に審議される見込みである。
 それに対して、私の思いを書き込んだ内容を下記に載せたい。

 議会制民主主義に於いて、本会議での議決権は全ての議員に平等にあります。なので基本的な議員権が行使できて無いわけでなくて、多くの議員がしていないのです。また、本会議で審議される前に代表者会議等で決められているのです。
 国会でも本会議にて議長が野党の異議を制止して強制的に議決に持ち込んだ場合に、仕方なく牛歩戦術に出るのを御覧になったことはありませんか。時間や税金の無駄だと思われる側面もあるので、よほどのことが無いとやらないですが。
 議会運営委員会に無所属議員の出席が認められたことと、私たち有権者が議会を傍聴席で聞くのとはあまり変わらないのです。まあ少し違うと言えば、委員長に了解を得れれば発言できることでしょうか。
 当然、議決権は委員以外の議員にありませんよ。それは9人会派で3人の議決権に対して、1人で1つの議決権だと不平等になるからです。ここで問題なのは以前にも書いたように、同じ4人会派でも委員が2人と1人の所があることです。

 以上の様に国内の他の地方議会も似たところがあるだろうが、本会議にての審議は形式的なものだとすると、市民も議会に対して興味を持たなくなるだろう。
 国会で小泉総理・鈴木宗男議員・辻本清美議員が筋書きの無い議論を展開した時の中継視聴率が高かった様に、旭川市議会でもネット中継を見る有権者が食い入るような筋書きの無い白熱した議論を展開して頂きたいものである。

2007年05月17日

旭川市の議長岩崎・副鷲塚で決定!

3年前のリコール活動以降、菅原功一前市長が勇退する等幾つかの変革がありましたが、今回の民主の岩崎議員が議長に選ばれたことは今までの中で最も変革できたことだと思っております。
西川市長もそうですが、旧自由党時代に頑張ってこられた方々が表舞台に立たれることを誇りに思ってもおります。
私が最も危惧していたこととして、今回も事前協議(談合)のうえで議長・副議長が決まることになるかも知れないと思ってたことも、ある程度(水面下の調整には今でも疑問がある)回避できたことは喜ばしいことです。

私としてはこれからが無所属議員さんをはじめ、会派に所属している議員さん方も同じスタートラインに立ったんだと自覚して頂くと同時に、チェック機関でもある議員さんが市民から今まで以上にチェックされることも自覚して頂きたいとも思います。
また、この国での議会運営は会派での運営が基本になってるために、旭川市以外の自治体に於いて無所属議員が個室や相部屋やロッカーすら使わせて貰えない上、政務調査費等の支給もされていない所もあるのだと言うことも、認識しておいて頂きたいと思います。

2001年に施行された政務調査費は会派に支給するとの基本原則の中で、旭川市の場合に無所属一人の議員さんのことを会派と呼ぶことにして、支給しているのが実態です。
無所属一人会派を認められ喜んでおられる無所属議員さんにあえて苦言を呈させて頂くと、このような変則的な形態を継続することの中で、無所属議員さんは他の地域の無所属議員さんより恵まれている環境であることを肝に命じて、職務を執行して頂きたいものです。

最後に、ここ3年間特に問題だと感じてた利権・談合体質のまちだと考えていた旭川市が、やっと変革の新芽を出し始めてくれたことは何よりの喜びです。
今後、議員一人一人に市民一人一人に選ばれた代表なのだとの自覚を今まで以上に強く持って頂き、会派や組織に操られることの無きように自立した発言や行動を取って頂ければ、利権・談合のまちとの汚名は少なくとも私の思いから払拭されるでしょう。
私が応援していた上村議員にも初心を忘れず、勇気を持って本会議の審議の場でも市民サイドに立っていない案件に対しては、大きな声で異議を唱えて頂きたいと思っております。

2007年05月12日

無所属議員の会派

今回の書き込みは、これからの旭川を本気で市民のまちにしたいとの思いを強く感じる方のブログに書き込ませて頂いた内容を、引用させて頂きます。

先ずこの国での戦後初の参議院選挙に於いて、全国から選ばれた代議士の多くは無所属議員でした。そこで国会の中に無所属議員の会派(緑風会)なるもを創り、そこの会派が各政党を差し置いて一番の勢力になった次第です。しかしながら基本的な考え方の違いもあり、社会党等に移籍する議員も出ておりました。そこで2大政党の必要性を考えていた緑風会のメンバーが中心となり、民主と自由を統合して自由民主党を誕生させた経緯があります。今の無所属議員の会派について、戦後の状況に似ていると考えております。

余談ではありますが、東海大学創設者の松前重義博士は戦後熊本から無所属で代議士になりましたが、当時の自由党からのお誘いを丁重に断わられ、労働者組織である社会党に身を置くことになされたそうです。その後、政治家から身を引くまでの間、社会党で長期に渡って政治に関わると同時に、教育者としても功績を多く残しております。その一つが北海道東海大学であり、特に旭川校舎に関しては当時の社会党系の市長であった五十嵐広三さんと共に、創設に尽力されたようです。

政務調査費に関しては全国的に複数人の会派に支給されるのが、一般的だったようです。旭川市の場合、菅原前市長と高原議員が12年前の市長選で戦った時、社会党党員として立候補されていた高原さんに対して、一部の社会党党員が菅原さんを支援したこともあり、高原さんは敗北してしまったようです。そのしこりもあり、今から8年前の市議選で高原さんは無所属議員として出馬して上位当選をされた。当時、無所属議員が一人だけだったこともあり、政務調査費が支給されないのは不公平だとの意見があったと記憶しております。

結果的には無所属議員の一人会派として高原議員を認めて、個室と政務調査費を支給することになったようです。今から4年前の選挙後も全国の一般的な状況と違い、4人の無所属議員を一人会派として一部認め、個室と政務調査費を支給していたようです。全国的には無所属議員は政務調査費の支給もないどころか、部屋さえ与えられない情況も多いようです。旭川市の議会運営委員会では、今回から全国の一般的な情況に切り替えることを進めているようです。

2007年05月06日

芸術が旭川に!

遂に本物の芸術が旭川のまちにもやって来た
やって来た場所は神居町共栄にある、知る人ぞ知る斎藤牧場敷地内である。
この斎藤さんは、私がこちらに来てから一番お世話になってる恩人でもあり師匠でもある方で、かれこれ16年以上もお世話になっている。
またこの牧場にどのような芸術がやって来たかと言うと、松本キミ子さんと言う芸術がやって来た。

この芸術松本キミ子さんは何と、私の母校と同じ大学でそれも同じ学部に同じ学科だったのである。
私よりも20年以上も先輩でありながら、年の差を全く感じさせないエネルギーと情熱を感じることが出来る人物で、久しぶりに芸術と触れた気持ちになれた。
彼女は芸術家松本キミ子さんと言うよりも、彼女自身が芸術であるかの様に強く感じもした。

キミ子さんの芸術は全ての人々に絵を書かせることが出来ると言う、表現でもあり活動でもある。
実際には養護学級等の障害を持った子供達を中心に絵を教えていらした様なのだが、障害者や障害と言う言葉に違和感を感じておられ、障害を特別なものとしてとらえて欲しく無い様であった。
私もこのことについては全く同感することであり、私自身が養護学級に入ることを勧められていたので、障害との言葉を安易に使って欲しくは無い。

しかしながら昨日の道新の記事には、大きく「障害ある子も絵楽しく」と載っていた。
道新の記者さんに芸術とは何かと講義する余裕を持ち合わせていないのが誠に残念であるが、幸いにして大学での私の芸術論を受講していた学生達がこの様な記事を書くことは無いであろう。
出来れば道新の記者さんに芸術論の授業を聴講して頂きたいものである。

今後キミ子さんも東海大学を見に行きたいと言われていたので、出来れば大学でのアートセラピー等の講義や実習を企画したいと考えている。
また、以前教鞭を執っていた北都福祉専門学校等でもアートセラピーの授業をシュラバスに入れたいと話されていたので、福祉や医療関係の教育機関でも早急に授業に取り入れて頂きたいものである。

2007年05月05日

前市職員が市議選落選後に逮捕

先だって行われた旭川市議会議員選挙にて、市職員を辞めて立候補した田中博さん本人が公職選挙法違反(供応買収)の容疑で逮捕された。
旭川市では前菅原功一市長の選挙の時にも、市役所幹部職員が公職選挙法違反の容疑により複数人逮捕されているので、対外的にも誠にお恥ずかしい話である。

また、私としてはこのことが氷山の一角でないことを望んでいるが、少し不安要素もある。
それはこちらに来てから強く感じていることとして、利権・談合が当然のように行われていた実態があるからでもある。支援者は候補者を議員にさせるため、政治献金を寄付することによって当選後の見返りを求める場合もあっただろう。候補者はその献金を資金にして選挙に臨む。そして当選すればその見返りとして、公的な仕事を支援者の企業等にまわす場合もあっただろう。

その証拠に、4~5年前の旭川市での公共事業の入札額は落札予定額に対する割合で平均99%を超えていた。その後、公正取引委員会から国内で初めて、公共事業に対する市内指定業者の入札禁止命令が下され、数ヶ月間一切の入札が出来ない状況だった。
それなのにその後、入札額の落札予定額に対する割合が全国平均で80%を下回ったにも関わらず、この地域では未だ90%を超えているのが実態である。

本来なら市議会議員の仕事として不正入札が行われないようにチェックしなくてはならない筈なのに、殆んどチェック機能が働いて無かった様である。それどころか一部では、市道を造成する時に支援者や支援企業が有利になるような土地の買収も行われていた疑惑がある。また酷い市議になると、自ら公的に買収予定の土地を知る権利を悪用して、関連企業や血縁者に事前にその土地を購入させていた疑いもある。

これらを立証することは極めて難しいだろうし、時間も要することだろう。
反面、今回の田中さんの逮捕も前深川市長の逮捕も、現金の供応買収と言うことでは取り締まることも検挙することも前例に比べれば容易だろう。
しかし、私として強く感じることは、頭を使い要領良く不正なことをしても検挙されることも無く、何食わぬ顔で生活している人々を見ていると、無性に腹立たしさを覚えるのである。
それは私が要領悪く、頭もそれ程良くないので、彼等に対する嫉妬心から来ていることかも知れないのであるが・・・。

2007年05月02日

連休は富良野へ!

先日、友人の展覧会のオープニングパーティに参加するため富良野にお邪魔して来た。
元々旭川に移り住んだ19年前以前、首都圏に住んでいた頃より富良野には旅していたので、もう既に22年以上の付き合いになる。
その後、年平均で10回近くは行ってるだろうから、今までに200回近くはお邪魔しているだろうか。

初めの頃は、当時から潰れそうな店構えの唯我独尊の宮田さんのところや、倉本聰先生もよく行かれている、くまげらの森本さんのところへ食事に行くことが目的だった。
それが10年程前から、今回の作品展の主役である山口一城さんや富良野塾のメンバーと知り合い、交流を持つようになり、それまで以上に通うようになった。

ところで今回のオープニングパーティの参加者は私が思っていたよりずっと多くて80人近くが来られており、道外からの方もいらした。また、参加者の3割程度の方々と面識がある状況だったので、今まで富良野に多く通った成果が出ているのかも知れない。
そして参加されていたメンバーが芸術・文化に造詣の深い方達だったことを考えると、山口さんの人脈の広さもさることながら、富良野のこれからの発展が楽しみでもある。

山口一城さん・山口千香子さんの「ふたり展」は、富良野駅前の富良野市中心街活性化センターふらっと1F・地域交流ホールにて5月6日まで開催されているので、是非鑑賞して頂きたい。
また、この時期富良野はラベンダー時期前でもあり交通渋滞もひどくないので、新富良野プリンスホテル等に宿泊してのんびり北の国からの関連施設を巡るのも一考だろう。その上、春スキーも出来てニングルテラスでのショッピングも楽しめそうである。幸いなことにまだ宿泊先には空室がある様で、リーズナブルな料金で宿泊できる穴場だとも思っている。

2007年04月30日

現代文明論

法人東海大学には創設時より現代文明論という必修の授業がある。
この授業は創設者の松前重義博士が、太平洋戦争前のデンマークの国民高等学校での授業風景から影響を受けたこともあり、必修授業にされたようである。
授業内容は前期・後期それぞれ14回の授業に、毎回違う講師がそれぞれの専門分野の講義を1時間程度おこないレポートを書くと言うものである。

先週末、この現代文明論の講義をおこなうため、札幌校舎で工学部と国際文化学部の総勢320人程を対象に講義をさせて頂いて来た。
私の話しは「現代という時代」とのタイトルで、芸術活動が身近なスポーツや音楽を通して社会に対し役割を果たしているか?との内容だった。そこで授業の初めにスポーツやポップミュージックが芸術活動に入ると思いますか?と質問したところ、8割程の学生は入らないとの回答だった。
その後、印象派の作家の作品や太平洋戦争前の話を記録映画にした作品等を見せた後、大リーグのイチロー選手や松井選手の話を交えて1時間程度の講義をさせて頂いた。
授業終了後に提出されたレポートを読ませて頂いた処、ほとんどの学生達が授業の初めと違い、スポーツやポップミュージックも芸術活動に入ると思うとのことを書いてくれていた。

東海大学で60年以上前からこの現代文明論の授業をおこなってる理由が、ここ3~4年自分でこの授業を担当するようになって深く理解できるようになって来た。
そのことは、何のために勉強するかと言うことであって、一流企業に入りたいからや司法試験に合格したいからの理由だけで勉強することと、違うように感じている。
特に自分の進む専門分野だけ勉強していれば良いと言うことでは、決してないのである。
この教えの効果が今となってやっと現れ始めたようにも思う。それは世界大学評価ランキング(数万の大学の中)で東海大学が上位から300番台になったこともさることながら、日本の私立大学の中で早稲田大学、慶応大学に次いで上位から3番目だった評価からも読み取れそうである。
このことは大学の4年間で何のために学ぶのかとの疑問が、現代文明論の授業によって多少でも理解され、学生達が幅広い視点からものごとを学んだ結果なのだと思われる。

2007年04月23日

上村ゆうじ議員誕生!

上村ゆうじさんと知り合ったのは今から2年程前だった。
当時彼は旭川に帰郷されまちに活気を取り戻し若者達の楽しめる環境を増やす目的で、若者の集える場所としてのクラブエデンの開業準備をされていた。
当時、私は彼の熱意に強く共感したこともあって、その後のイベント等で協力させて頂いている。彼からの熱意は、現在市長でもある西川さんと出会た時とも、今回トップ当選を果たした安住さんと出合った時とも決して劣ることの無いものであった。
その後、上村さんにはエデンを通して学生達のイベント等にも積極的に支援して頂いている。

そんな彼が1月の終わりに、今回の市議会議員選挙に立候補するとの思いを表明された。
当然選挙までの準備期間もあまり無かったので、まわりの方々からの反対がかなりあったようだが、彼のこのまちに対する思いがそのことでかき消されることは無かった様である。
私としてはマスコミの方々や選挙に詳しい方々が、今回の選挙は次に繋げる選挙になれば良いであろう等の話をされていたこともあり、根っからの反骨精神に火がついてしまった。
そこで僭越だとは思ったのだが、私がここに来て18年間で得た知識や経験を彼に伝えた。
すると彼はそのことを真摯に聞いてくれ、政治活動・選挙活動において実践してくれたのだった。

今回の選挙で当選された一番の理由は、上村ゆうじさん本人の若さと行動力の賜物だと思っている。
次に、ご両親やご親族やご近所の方々と同級生や若者の支援があればこそだと思っている。

私としては微力ながらも支援者の一人として、協力できたことが何より嬉しい。
また当選された次の日には上村ゆうじ議員本人が、買物公園で政治活動としての街頭演説をされたそうである。この行動力こそが私の求めていた議員の姿勢に近いものであり、その意味でも嬉しく思っている。
私の一番の願いは、いつまでも市民の目線で弱者(障害者・高齢者・子供)に優しい上村ゆうじ議員であって欲しいと言うことである。
また今後、利権・談合に関与するようなことがあり、弱者に不利益になるような政策を考え条例を創るようなことがあれば、支援者の一人としてリコール活動を行うことをも辞さない覚悟でいる。
その意味でも、4年間は無所属一人会派で戦って頂きたいと願っている。


2007年04月13日

選挙に行こう2!

明後日から統一地方選挙の後半戦の選挙が行われます。
旭川での市長選挙は昨年10月に行われたので、今回は市議会議員選挙だけとなります。
私としては大学で教鞭を執っていることもあり、若者、特に有権者になった学生に必ず選挙に行って頂きたいと考えております。旭川のまちづくりにとっても重要な選挙が市議会議員選挙であるし、大学学部にまちづくりコースを持ってることを考えると必ず行って欲しいと思います。
また、住民票を移していない学生の方々は地元に帰省して投票して頂きたいとも思います。

ところで今回の選挙に立候補されてる方々の平均年齢は50歳を少し超えた程度でしょうか。
私としては札幌市議会議員選挙で当選された30歳女性で大学院生のような方の立候補を期待していたのですが、残念なことに現在の立候補予定者の中の最年少者は知人でもある上村さんの29歳です。
彼は数年前に旭川の衰退してる状況を見かねて地元に帰省され、若者を元気づけるためにクラブを創設されました。当時の学生達の多くが彼のクラブでお世話になり、イベント等も企画して頂いた経緯もあり知り合いになることが出来ました。
私としても多くの学生達が、このまちには若者が楽しめる場所がないと言っていた状況もあり上村さんのクラブが出来たことで大学を辞めることなく、救われた学生も一人や二人でなかったと記憶しております。

若さとは年齢のことだけでないことを充分承知の上でも、市議会議員の平均年齢が40歳を切るぐらいのまちになることを望みます。それには多くの若者が積極的に選挙に参加して、自らまちづくりの先頭に立って行動したいと思える環境を年長者が構築することも必要だと考えます。
反面60歳を超えていても、若者よりもまちのことを考えて政策に基づいた行動が出来るとお考えの年長者の方にも先頭に立って行動して頂きたいと思います。

2007年04月09日

道議会選挙結果

北海道議会議員選挙 旭川市 開票率(%) 100.00

加藤 礼一   31,356
木村 峰行   29,884
あづま 国幹  28,145
あらしま 仁   22,638
三井 あき子  21,878
真下 紀子   18,273
菅原 のりあき  16,101      無効票:2,004

 今回は私の友人でもあり、旭川市で勉強されたhttp://ameblo.jp/keijing/さんのブログに書き込みさせて頂いた内容を転記致します。

 私は選挙権を有して今まで25年間に行われた、全ての選挙に行っております。しかしながら残念なことに、ここ10年程、白票にて投票せざるを得ない情況も幾度かありました。
 しかし、今回の選挙から白票で投票することは止めます。そして如何しても選ぶ方がいらっしゃらない場合には、自分で立候補したいと考えております。
 そのことにより、有権者の中の一人でも多くの方が選挙に参加して頂ける環境を作れるのではないかと思っております。また同時に、白票を減らすことに繋がるのではないかとも思っております。

 今回の選挙、幸いなことに58%の投票率となり、前回の道議会選挙に比べると6%もアップしました。しかし、市長選挙(無効票971票)に比べると無効票が1,000票以上も増えて2,000票を超えてしまいました。
 今回の道議会選挙に、無効票を減らす意味でも出るべきだったのかな、との思いも少し沸き起こっております。
 しかしながら、終わってしまった選挙を振り返っていても前には進めないように思います。次の選挙で投票する候補がいない様であれば、再度、立候補する覚悟でおります。

2007年04月05日

旭山動物園オオワシ誕生おめでとう

先程のNHKニュースで、旭山動物園にてオオワシの人工孵化に国内で初めて成功したと伝えていた。
先だっても年間300万人の来園者を超えたとのビックニュースがあったばかりだったので、正直、驚いている。
そしてどちらかと言えば、今回のニュースの方が個人的には嬉しい。
それは、18年前から旭山動物園に毎年授業での入園も含めて通ってるので、今までにトータルで50回以上見学していることになるが、その多くの中で一番気になっていたのがジェットコースター等の遊具による騒音だったからである。
特に猛禽舎の近くが騒音の発生源になっていたことが、前々から気がかりだった。

以前よりジェットコースター等の遊具の廃止を旭川市に対し嘆願していたのだが、当時動物園存続の危機的状況でもあり、入園者を減らさない為にも仕方なく遊具を設置した経緯もあり、願いは思い通りにならなかった。
しかし昨年、幸か不幸か遊具に取り付けられていたブレーキのアスベスト問題が発覚して、夏以降、遊具の稼動が殆んど行われ無くなった。
そのことが幸いしてか、昨年の夏以降に入園した時には今まであれだけ気になってた騒音も殆んど感じること無く、園内を見学することが出来た。
特に猛禽舎を訪れた時、今までに無くオオワシやオジロワシが生き生きしていたことを今でも鮮明に覚えている。

今回、今までよりも夏から秋にかけての騒音が減った為にストレスが減り、オオワシのペアリングが上手くいったのかは定かで無いが、私としてはその様に思いたい。
私としては今後、以前の様に入園者を増やす目的の為に、騒音の出る遊具等の導入をすることが、動物の環境を棚上げしたうえで再度起こらないことを願っている。
それは動物が生き生きしていてこそ、人々も楽しむことが出来、多くの来園者が足を運んでくれることに繋がると考えているからである。

2007年03月31日

ご支援ありがとう

3年前の年末年始にかけてイランからの留学生と二人で買物公園にて行った、イラン地震被災者に送る義援金募金活動にて、多くのお年よりの方々や子供達よりカンパされた90万円近くのご好意に改めて感謝致します。
募金活動以降、彼は死に物狂いでアルバイトをしてイランから家族を呼び寄せて苦学をしておりましたが、この度、筑波大学の大学院生になることが出来て関東に引っ越しました。
当時より日本で建築構造の勉強をして本国での地震による被害者を減らすとの目的のために来日した彼にとって、この旭川での善意ある多くの人々の行為に勇気づけられたのでは無いかと、今更ながら思っております。

また、2年半前の菅原前市長のリコール署名活動を独りで始めた時に於いても、多くのお年寄りを中心に9万人を超える数の署名協力を戴いたことに、改めて感謝致します。
この年、旭川では例年より暑かった夏にも関わらず、多くの支援者の方々の支えがあったからこそ、多くの署名を集めることが出来たのだと思っております。
ただ唯一残念だったのは私に能力が足りなかった為、リコールを成立させることが出来なかったことです。

最後に昨年末におこなわれた市長選にて孤軍奮闘の中、何時も通りに独りで始めた政治活動・選挙活動に於いて、最終的に7515人の人々の支持を受けることが出来たことに、改めて感謝致します。
選挙活動終盤に於いて、奇人・変人だと言われている個性的な私に30人近い方々が駆けつけて戴いたことは、この地に地縁・血縁者の殆んど居ない私にとって誠にありがたいことでした。
その上、支援者十数人で選挙用の葉書8,000枚を印刷することも含めて、4日間程で手書きにて全て送付して戴いたことに関しても、頭が下がります。

私のような唯我独尊、故郷の山頭火や晋作のように生きていると思われている個性人に対して、協力戴いた多くの道民の方々に感謝致しますと同時に、今後も教鞭を執りながらまちづくり・作品づくりに尽力したいと考えておりますので宜しくお願い致します。

2007年03月13日

旭川の未来

先週一週間程、アメリカのボストンに行って来ました。
今回の旅行は文部科学省から科学研究費を頂いて、「数理美を生かした彫刻的な造形作品制作研究」の調査のために行って来たものです。
視察して来たところは、ボストン科学館・ハーバード大学・マサチューセッツ工科大学とボストン水族館等が中心でした。

先ず科学館については、アメリカだけでなく国際的にも高く評価されている展示がなされていると日本で耳にしておりました。それは入館者が展示品である教具を手に取って触わったり、実際に動かして学ぶことが出来るものとのことでした。
しかし実際に見て、これらの展示方法は、私達が1998年に秋山仁教授と旭川に於いて企画したマセマティカルアート展に比べると、質に於いても量においてもそれ程のものでもありませんでした。

次にハーバード大学・マサチュ-セッツ工科大学について、さすがに世界の教育機関を代表するだけのことはあり、設備の面でも環境の面でも教授陣の面でも日本の教育機関のそれを大きく引き離している感がありました。
ハーバード大学に於いては附属の美術館・博物館を5つも持っており、工学系を学ぶ者にとってこそ大切な調査・研究施設となっているそうです。
またマサチュ-セッツ工科大学に於いても、大学の研究施設の建物自体が芸術作品のような様相をしており、附属の美術館に於いては現代アート領域の作品までが展示されていました。
そして、この施設を工学系の大学が維持していることについても、日本では考えられないことでした。

最後にボストン水族館については、ある意味で今後の旭山動物園人気の維持をしていく為のヒントが多く隠されてたように、感じました。
余談ではありますが今回、ジョン・F・ケネディの記念館にも立ち寄りました。ここを視察して、アメリカ人が最も尊敬している大統領がJ・F・Kだと言うことの意味を深く知ることも出来ました。
また、逆に考えるとボストンの環境がJ・F・Kを生み出したとも言えるのではないかと強く感じました

実は西川市長と5~6年前より、旭川の未来についてよく語り合っております。
その中でも二人ともに意見が強く一致していたことが、ボストンのような環境の学園都市でありながら経済や研究活動も盛んな都市に旭川をして行きたいとの思いでした。
今後、私も東海大学での教育活動は勿論のこと、それと同時に地域経済活動に於いても藝術家・デザイナーの立場として協力して行きたいと考えております。

2007年03月07日

高杉晋作の思い

皆さん高杉晋作をご存知だろうか?
幕末の時代に活躍した侍であるが、坂本龍馬に比べると知名度はかなり低いかも知れない・・。
私も晋作と同じ萩市に生まれておきながら、詳しく彼の行動や功績を知ったのは数年前であるので、偉そうなことを言える立場でないが。

晋作は幕末の時代に何を感じていたのだろうか?
私が調べた範囲で解ったことは、幕府の長期間に渡る政権のために要領の良い人々が報われて、努力はしているけれど要領の悪い人々が報われない世の中に対して、不満を持っていたようである。
特に晩年に書いた「面白きこともなき世を面白く」に彼の幕末での生き様が述べられていると思う。
ここでの面白くとの言葉は、一生懸命努力して生きてる方々が豊に生きることのできる世の中のことを言ってたのだと考えられる。

今の時代、幕末の時代と似た処があると思いませんか?
ワーキングプアーの状況や高齢者に対する国の対応を鑑みると、晋作の思いは今の私達の思いに繋がっていると考えることが出来るのでないだろうか。
特に学歴社会ではなくなり実質的な能力や資格の時代になったと云われながら、もう何年・何十年経過したか考えると、この国の旧態依然の体質を感じざるを得ない。
それどころか、それに逆行するかのような偏差値輪切り教育的な学歴社会が再来している現実もある。

この国は何の分野でも努力して一生懸命働けば、豊な生活が保障される北欧のような国を目指していたのではなかったのだろうか。
それが幕末の頃のように役にたたない多くの官僚を生み出すような、或いは多くの国民が自分の子供だけには一流大学に進学させるような社会環境をつくることが、今後のこの国の歩む道なのだろうか。
私は決してそう思わない。
何時の時代にも何処の国に於いても、全ての分野において一生懸命努力している人々が身分や人種の違いに関係なく、報われ豊な生活が出来る環境を構築すべきだと考える。
晋作が幕末に思い行動していたように。

2007年02月28日

選挙に行こう!

統一地方選挙がおこなわれるまで、あと1ヶ月少しとなって来た。
今回の選挙は旭川や北海道を変革する意味でも、また日本を変革する意味でもとても重要なことであると共に、歴史的にもターニングポイントになることを予想している。
高度経済成長期での政治家の仕事の中心は、公共事業等を多く取ってくることであり、道内でのダム建設・港湾工事・リゾート開発等がその象徴でもあった。
しかしながらそれらの公共事業に血税や年金を膨大に使った結果、残念なことに世界一の借金大国になったのも事実である。

これからの政治家に求められる重要なものは、以下の点だと考えている。
・教育 こども達が生きる力を育める教育環境の創造
・福祉 お年寄りが死の直前まで生きがいを持って生をまっとうできる環境構築
・経済 自社の利益追求型から国益追求型を飛び越し、地球益追求型に変化させる

私としてはこれらのことを目標に、公僕として活躍される方々が一人でも多く当選されることを望む。

今回の選挙では利権・談合を排除して、市民・道民一人一人の立場になって行動できるグローバルな感覚を持ち合わせた政治家が必要だろう。
そのためにも、新しい感覚を持った人々や若い感覚を持った人々が政治の世界に飛び込んで頂きたいと熱望している。
昨日の道議・市議立候補予定者説明会に来られていた方々の平均年齢が50歳を軽く超えてた現状を見ると、そのことを特に強く感じる。
私達の未来は決して楽観視できないどころか、生まれながらにして多くの借金を背負わされている現状を考えると、自ら立ち上がり自ら創造し自ら未来を切り開いて行くしかないのであろうと考える。
若い精神を持った者達よ、取り合えず選挙に行こうよ。

2007年02月24日

ゆうばり映画祭「バベル」を鑑賞して

昨日、ゆうばり応援映画祭を鑑賞するために夕張へ行って来た。今回で夕張に行ったのは昨年末より5回目を数えることになるだろうか。
今回は映画祭の始まる時間より3時間程早く行き、夕張市美術館で行われていた応援美術の企画展を鑑賞したり、市役所に行って今までの夕張市の財政状況を調べさせて頂いたりもした。
特に美術展で目を引いた作品が秋山祐徳太子の作品で、「ダリコ」に代表される作品や東京都知事選挙に出馬された時の思いを彷彿させる作品を見た時、夕張を変えることが出来るのはこの様な人物なので無いかとも思わされた。
また、市役所で5~6年前の財政状況や市民から取ったアンケート調査を調べさせて頂いたところ、その当時より今の状況になることは明白だったのでないかと推測することも出来た。

そんなことをしてる間に時は過ぎて「バベル」が始まる時間となったのである。
この映画はアカデミーショーの各部門にノミネートされてること、特に菊地凛子さんの助演女優賞がかかっていることに注目が集まっているが、それよりも内容に一見の価値を見いだすことが出来た。
それはこの映画が今の世界情勢の縮図を描き出していると、感じたからである。
ストーリーとしては、モロッコとアメリカ・メキシコと日本を舞台に小刻みにシーンが変化すると共に、恋人・家族・友人と国家間の対立が同じレベルで描かれている。
また、マイケル・ムーア監督の「華氏911」にも匹敵するぐらい、各国や各国の人々に対して警鐘を鳴らすと共に、考えさせられることを多く含んでいる作品でもあった。
「バベル」とは、物質文明の価値観中心で構築された巨大な都市空間の中で、飽食な生活に麻痺して生きている人類に対して、神が人々からコミニュケーションの手段を分断させること。
そのことによって人類は人としての生き方を再認識して、新たな人と人との関係を手探りで探し始めなければならないのであろう。
そしてそれを行動に移さなくてはいけないのが、今なのかも知れないと強く感じた。
しかしながら帰り際、500人を超える多くの鑑賞者の話し声の多くの内容は「何を言いたかったのか全く分からなかったね」等の内容だった。

2007年02月20日

夕張市の異再生

先週末から今週末まではとても過密なスケジュールとなっている。
先週末は秋山仁教授と共同で研究しているマセマティカルアート作品展の、小学生を対象とした算数おもしろ教室を札幌のグランドホテルにておこなった。
その後今朝から、くらしデザイン学科の卒業作品展示会(2月20日~25日・大丸藤井セントラル)の搬入を行い、明日から搬出のある25日まで札幌に通う予定である。
幸いなことに過密なスケジュールの中でも23日だけは時間をつくることができたので、夕張にておこなわれるゆうばり応援映画祭に夕刻より伺う予定である。
そこで「バベル」と「ゴーストライダー」を鑑賞させて頂くことを楽しみにしている。

ところで今回、「夕張市の異再生」とタイトルに書かせて頂いたのには訳がある。
それは夕張を今までと同じ様なまちに再生するのでは無く、今までと違う価値観を持ったまちでありながら、福祉・教育に関しては今までと同様かそれ以上のサービスが受けれるようにならないかとの思いからである。
今までと違う価値観とは国からの指示の基、単純労働をすることにより国からの補助金中心の給与を貰い生活することだけで無く、新しい創造性のある仕事を生み出し、育てることを重要視することによって、補助金だけに頼らず自立した地域として生まれ変わることだと思っている。
そうするために、藝術と科学をまちの中から絶やしてはいけないと強く考えている。
また、そうすることによって伝統・文化・教育の質を下げること無く、この地域を末永く存続させることに繋がるのでは無いかとも考えている。

この思いや考えは子供の頃より生け花の世界に触れて来たことや、青年期に藝術活動に没頭したことから来ているのであろうと思われる。
それと忘れてならないのは、10年前より立体作品を使い数学や科学の面白さを伝えてきたマセマティカルアート作品の全国・世界での巡回展を実施した経験から来ているのであろうと言うことである。
これまでの私の経験からこの夕張の地域を存続させるために強く思うこと、それは地域経済を活性化させることは当面当然のこととして、それと並行して活性化させなくていけないことが国際的にも叫ばれているように、藝術と科学教育だと確信している。
その意味でも、夕張映画祭を今年度のように応援映画祭としてこの地域に存続させることが重要なのだと考えている。

2007年02月17日

アイヌのこころ

昨日、大学内でトンコリ奏者のオキさんの演奏会がおこなわれた。
総勢40~50人のこじんまりとした温かみのあるもので、内容もトンコリ中心のソロだったのでバンドのメンバーで演奏する時とかなりの違いがあった。
特に、ドラムもベースも無かったので、トンコリの温かみのあり奥深い音色が響き渡り、それが演奏会場を包み込んむ状況だった。
また演奏を聞いてる内に、先住民族の方々がこの地で生きてこられた思いや自然に対する優しさが伝わって、全てのものと共存しているのだと実感することができ、幸せな気持ちになれた

そもそもアイヌは自然と共に生きることを大切にしており、全てのものの中に神が宿り、それら全てのものに対して感謝を捧げることを心掛けていた。
今現在もそうなんだと感じることがある。
それは昨年、アイヌの方達とチセ(住居)をつくっていた時に、ある部分に釘を使っていたので「蔦等で全部縛らないのですか?」と聞いた。するとアイヌの方が「釘が無い時代には全て蔦等で止めていたのだが、今、アケビやコクワの蔦を大量に使うと森のクマが困ってしまうだろ。」と言われていた。
確かにクマの食糧を森から大量に取ってきては、クマが困って麓の村まで下りて来るかもしれない。
また、その方は「必要以上に今までのやり方にこだわることは無いのだよ。」とも言われていた。
昨今、自分たちの生活のことにばかりに目がいって、肝心な筈の他人との関係や自然との関係に考えが及ば無くなってる方々が増えてるのではないだろうか。
今回、アイヌの音を聞きながら、それが自然や全てのものを思いやるこころの響きなのだと感じることができた。

2007年02月12日

夕張に核廃棄物が!?

脅かすようなタイトルでごめんなさい。
最近、核廃棄物を受け入れることの申し込みをしていたまちをご存知だろうか。
それは四国にある東洋町と言うまちで、町長がまちの財政難から核廃棄物を受け入れることにより国から補助金を受けることの出来る制度に申し込みをしていたそうである。
この町長の行為は財政健全化のための苦肉の策だったのだろうが、少なくとも住人の考え方や思いをもう少し聞くべきだったようにも思う。
結局この申請に関しては、住民の理解を得られてないことから却下されたようであるが・・。

同様に夕張市の現状を考えると、次に市長になる方が核廃棄物受け入れを住民に提案した場合に、住人から理解を得ることが出来ることも想像できるのではないだろうか。
また国も夕張市からの核廃棄物の受け入れ申し込みが出された場合、承諾するのではないのかとも思われる。
全国的に補助金が減った現在、夕張市のような状況のまちの多くは、ひも付きの補助金として核廃棄物も受け入れることを承諾せざるを得ない状況まで来ているようだ。

日本全国の財政難の地域では核廃棄物を受け入れてでも、まちを存続させて移住できないお年よりの生活を守りたいと思われていらっしゃるところもあるように見受けられる。
今現在、北朝鮮が中国からの要請で核を廃棄することと核廃棄物の受け入れを承諾することで、中国からの経済援助やエネルギー支援を受けようとしていることを、日本は非難できる立場にあるのであろうか。
自国の苦しい立場にあるお年寄りや子供達のことを考えれば、6カ国問題と同じぐらい夕張のことや地方の現状を真剣に考えるべきだと思う

2007年02月10日

夕張市に思うこと

昨日、前首相補佐官の飯島氏が、夕張市長選挙に立候補者がいなければ私が出馬することも考えていると共に再生するアイデアも持っている。と発言されたとのニュースが駆け巡った。
しかし、今日になって市長選に出馬することはない。との発言に変わってしまった。
一晩で何があったのか?それとも単純にマスコミが思い違いな報道をしてしまったのか?

私は2月2日の記者会見でワッカ会を立ち上げた。
この時の会見で、「夕張市長選挙にワッカ会から誰かを擁立したい。」と表明させて頂いた。
また、「夕張市長選挙に擁立することが出来ない場合には、私自らが出馬する可能性もある。」とも表明させて頂いた。
今回の私の思いとしては、基本的に旭川市長選挙の時と同じ思いである。
・それは行財政改革を徹底的に行うこと
・そのことにより少しでも資金を捻出してこの地で起業家を育てたり、この地でアイデアを持っている中小企業に融資を行うこと
それらの企業が特色ある商品や製品をつくり、それらを全国や世界にネット等も活用して提供することにより、補助金ではない外貨を手にすることが出来ると信じている。

なぜ夕張なのかと言うと
今この地域を再生させることが出来れば、今後多くの同じ様な状況におかれている地域の方々に少しでも勇気を伝えることが出来るのではないかと考えているからである。
また老後の安定した生活を信じて、命がけで働いてこられた炭鉱労働者の方々やその方々を支えてこられた主婦の方々にこれ以上の不安を抱かせたくないとの思いと、子供たちに厚みのある教育環境を提供したいからである。
何とかこの北海道の地域に生産性があり、世界に通用する企業を一つでも多く立ち上げることにより、福祉と教育に重点を置くことが出来ると信じている。

2007年02月08日

2月13日が一周忌の政治家

私がこの地域で最も尊敬する政治家が、一年前の平成18年2月13日にお亡くなりになられた故藤井猛先生である。
藤井猛先生とは15年程前にはじめてお会いしていた。それは私が結婚した時の披露宴に、相手方のご両親が呼ばれて参加されていたのである。
しかし私としては、そもそも山口県にいた時から政治家は大嫌いだった。それは親の仕事の関係で多くの政治家が自宅に来られていたが、子供心に、この人達の様に表裏がある人間には成りたくないと感じていたからであろうと思われる。
そんなこともあり、相手方のご両親が政治家を呼ばれたことについても腹立たしさを覚えていた記憶がある。その上披露宴会場は、玉置浩二と薬師丸ひろこが旭川での披露宴会場に使用した場所でもあるハーベストロードを使ったことに対しても、「こんな郊外でタクシー運転手も場所が分からないような所での披露宴に、はじめて参加する」との嫌味とも取れる発言にさすがの私も切れかけた記憶もある。

あれから10年経った5年ほど前から藤井猛さんの政治家としてのご活躍を調べて行くうちに、学のある人だと分かって来た。それは旧社会党の五十嵐広三さんが市長になられた時、自民党員でもあった藤井猛さんが、与党でありながら少数会派の旧社会党を支援をされたことにより議会運営がスムーズに運んだだけでなく、共産党も含めて一丸となり行政執行が出来たことからも伺い知れる。
また偶然にも、藤井さんは学生時にアーティストや藝術活動に興味を持っておられたようであり教育大で美術を学ばれていた。私も藝大で美術を学び、卒業後藝術活動を続けていることを考えると共通点を感じる。
その上、私の誕生日が2月13日であることを考えると、何か因縁めいたものも感じている。

2007年02月02日

政治団体を立ち上げました。

政治団体の名称は「ワッカ会」となりました。
ここひと月、政治団体の名称で色々な方々と激論(実際殴り合いになる直前までいった)になり、なかなか決まらなかった。
最終的には自由党・緑の党・緑の教育党・オンブズマン党・教育福祉党・藝術文化党・奇民党・進歩党・ラムピリカ党・ケウトンピリカ党等が候補に挙がっていた。昨日役員何人かで最終決定をして「ラムピリカ」に決まり、アイヌの代表者にも了解を得ていた。
しかし提出日の今日になって、それも上川支庁に書類を提出して記者会見までに1時間しか残されてない段階において、役員のひとりから電話が入った。内容は「ラムピリカ」では呼び難いので「ワッカ」にしませんかとの話だった。もう変更は無理だと考え電話を切ろうとしたが、これも何かの縁かとも思い早急に何人かに連絡して、最終的に「ワッカ会」とした。
その時の思いとしては、「ラムピリカ」を訳すと「正しい精神」、「ワッカ」を訳すと「水」だとのことだったので、ただの水では芸がないと思い「清い水」にしたかったためアイヌの方に聞いたところ「ネムワッカ」とのことだった。
しかし、ラムピリカもネムワッカもどちらとも美しい名前であるが、言葉としては覚え難いだろうと考えた。
私としては元々、正しい・美しい・清いとの言葉を名称に含ませたかったのだが、ふと逆に大政党が使うような言葉を使わない方が私達らしいのではないかとも考えた。
また役員との話し合いの中でも、私達が正しく・清くして行こうとする行為が大切であり、幸いアーティストがメンバーには何人かいるので、美しいに関しても対応できることに気づいた。
そこで記者会見直前に決まった名称が「ワッカ会」である。
「ワッカ会」の目的は、
物質文明で失われた精神文化を取り戻し、個性と理性とを大切にする理念の基、自然と共生し、差別や偏見のない正しい精神社会の実現のために必要な政治活動を行うことを目的とする。
みなさんの中で賛同していただける方々は是非ご入会頂きたく思っております。(年会費1,000円)

追記 ワッカはわっか(輪)の意味もあります。また水は生命の源であり、それを清くしていくことが私達の会の使命だとも思っております。

2007年01月31日

藝術のなかった東京芸術大学

昨夜市内のライブハウス、カジノドライブにてOKI DUB AINU BANDのライブがあった。
このバンド代表のオキさんは、先住民族アイヌの血を受け継ぐアーティストである。今回のライブはアイヌの楽器であるトンコリをはじめギター、ムックリ、ピア二カを駆使して3時間を超えるものとなった。
このライブの感想から申し上げると、私がここ数年間に海外でのライブ鑑賞も含めた中でも最もカッコ良いものだと感じた。それは音楽そのものもさることながら、オキさんの喋りやバンドメンバーのキャラクターの魅力、何より会場を包み込む聴衆の雰囲気が最高だったのだ。アイヌの方々は当然のこと、国外からの聴衆も多くいらっしゃり、旭川ではめずらしく人種を超えたライブを経験することが出来た。

話は少し飛ぶ。私の卒業した大学では、当時(20数年前)海外(特に欧米)からの留学生に「ここの大学には藝術がないね」と言われていた。
その理由は当時学生であった私も薄々感づいていた。それは担当教員や主任教授に指導されるままに作品を制作する姿勢と、そうしなければ大学に残れなかった学生達の立場を留学生が見抜いていたのである。
今になってある程度の確信を得ることが少しだけできる。それは表現すると言うことについて、指導者も含めてまわりから言われて言われるように表現したものを、藝術作品と言わないのだと言うことだ。

そこで藝術のなかった東京芸術大学を卒業した私が、現在に於いて卒業生の中から藝術家と呼べる人々を挙げて見ると。
・SONYの元会議長の大賀典雄さん(退職金の約8億円を軽井沢音楽ホール建設のために寄付)
・現在写家として活動されている藤原新也さん(学生時にインドで書かれたインド漂流は多くの人々を変革)
そして、オキさんの名前を挙げたい。
私にとって現在、理想の藝術家に最も近い表現者の一人がオキさんである。

2007年01月28日

ギター作家小田島作品の演奏会が盛況に終了!

昨日、和寒在住のアーチトップギター作家小田島尚人さん制作のギターによる演奏会が、北画廊にておこなわれ50人近くの聴衆を集め無事終了した。
芸術に造詣の深い方から突っ込みを入れられるかも知れないが、一般的にギターを制作のセイサクは製作を使う。しかしここではあえて制作を使わせて頂いた。
それぐらい彼の作ったギターが素晴らしい作品だったのだ。
また当日は和寒をはじめ、士別、札幌からも多くのミュージシャンの方達が来場された。またマスコミの方達もテレビ局を含め3社こられており、その方達が市外から来場されていらしたことからも彼に対する注目度は想像を超えていた。
しかし残念だったのは、早い時期に市内のマスコミに情報を流していたにも関わらず、ほとんどの市内関係者が取材に来られなかったことである。

今回お願いした経緯は、昨年末テレビに出演されていた小田島さんが、「この地域のメープル材(楓材)の音をギターに生かしたい」と言われていた時に、会って見たいと思ったのが切っ掛けである。
その後、和寒のアトリエにお邪魔させて頂いた時には、お世辞にも整ったと言える環境でない場所で、氷点下に近い室温の中で作業されていた。ふとその時、20数年前にはじめて北海道に来て同じように廃校跡地にて制作していた自分の過去と重なった。
しかし、当時の私と比べるとはるかに完成度の高い作品を制作されているし、何よりも私よりずっと謙虚で真摯であった。
今後予想できることとしては、地元北海道から世界で注目されるギターが誕生する可能性があると言うことである。
ご来場頂いた方達に心より感謝申し上げます。

追伸
以前ブログにて書かせて頂いたチャッピーが一昨日亡くなりました。ご心配をお掛け致しました皆様にご報告させて頂きますと同時に、哀悼を捧げます。

2007年01月24日

田中康夫夕張市長誕生か!

北海道の現状を把握する必要性を感じ、昨年末より何度か夕張を訪れている。
一昨日も市の企画広報課長さんとお話をさせて頂いた。
厳しい報道規制が敷かれている中で会って頂いたことに感謝すると共に、春からは給与も削減され総合病院も無くなる可能性の中で、職員として残ろうと決められた方々に敬意を表したいと思う。
また後藤市長や幹部職員に多くの問題があったのだろうが、若手職員の方々にはそれ程罪がないと感じている。若手職員で残られる方々には、今まで行われてきたことを教訓に新たな夕張市の再生のために全力をあげて頂きたい。

ところで昨日、田中康夫さんが夕張市長選挙に立候補する可能性を記者会見で語ったようである。
私もかねてより夕張の再生が北海道の再生へ、引いては日本の再生・改革に繋がるものだと考えていたので先を越された感があるが、ここは是非とも市長になって頂きたい。
本音としたら田中さんには道知事になって頂いた方が、北海道の再生にも改革にも繋がるのでないかと思っている。しかし、最終的にはご本人が決められることであろうし、そうでなければ旧態依然の体質から脱却できないであろうとも考えている。

そのまんま東さんが宮崎県知事になられたのも、彼自身の宮崎に対する思いの強さと、政党や組織に一切頼らない姿勢が多くの県民に理解されたのではないだろうか。
田中康夫さんも長野県知事になられた当初は政党との繋がりも細かったであろうが、任期中に一部の政党と繋がりを強くした結果、知事の座を奪われてしまった側面も拭い切れないであろう。
しかし現在、お世辞にも大きいとは言えない新党日本の代表として、田中康夫自身の考えで行動している状況を見ていると、応援することが改革に繋がるのでないかとも考えている。

2007年01月21日

豪雪バスターズ

昨日ゼミの学生と一緒に授業の一貫として、高齢者・障害者の施設の除雪をして来た。
北陸・信越・東北の雪国では、数年前から地域の方々や学生達がボランティアで地域の困っていらっしゃる方々の家や施設を除雪することが行われていた。
しかし除雪に関する補助金が北海道では多かったせいか、ボランティアによる除雪が遅れていた。
今回の件で社会福祉協議会に連絡したところ、市内で授業の一環としてのボランティア除雪は初めててだった様である。それにも関わらず職員の方々の対応は頗る良く、こちらとしても気持ちよくボランティア活動させて頂いている。

今回実際にボランティア除雪をしたところ、思った以上にハードだった。
私のゼミの学生8人も決して優等生ばかりで無いこともあり、何人かはボランティアをやって単位認定して貰えればイイや等の軽い気持ちもあった様である。
当日は朝9時30分に集合して10時からの作業であった。一ヶ所目は200㎡前後の平屋施設の屋根の雪下ろしであったが、圧雪されたうえに下部は固くなった70cm厚の雪を2方向にだけしか下ろすことが出来なかった。そのこともあって、私も入れて9人が休みなく働いて1時間かかってしまった。
そこが終了して二ヶ所目に直行した。そこではママさんダンプ200杯近くの雪を50メーター程離れた場所まで移動させるのに1時間近くかかり、時既に12時を過ぎていた。
幸いにもその施設でお年よりの方々と、昼食をご馳走になることとなった。嬉しかったのはお年よりの方々に歓迎されたことと、学生達がお年寄りに対してフレンドリーだったことである。また、施設長から「お年寄りがこんなに楽しそうにしていることはあまり無いので、これからも来て下さい」と言われた時には心優しき学生達に感謝せざるを得なかった。
午後からは午前に比べれば作業が多少楽であったが、軽い気持ちで参加した学生にとっては辛かったことと思われる。
来週土曜日も学生と共に豪雪バスターズであるが、参加辞退する学生がいないことを願っている。

2007年01月17日

日本の夜明け

市長選挙が終わり3ヶ月が経過しようとしている。
選挙前あれだけマスコミも世論も私のことを奇人・変人・ドンキホーテと言っていたのに、最近は以前ほど偏見の目で見られなくなった。それどころか自ら「奇人の神崎です」と言うと、そんなことは無いですよと逆に言い返される始末である。
私本人は昔とほとんど変わってないと思ってるし、身内からもそう思われてる。
しかし、多くの市民の方々から「最近大人になったね」とよく言われる。今でも毎日のように言い争うことがあるし、先だっても不法に駐車している運転手と議論となり警察を呼ぶこともあった。
ひょっとしたら私が思っていた以上に7515票に意味があったのだろうか。
私はリコール活動以降このまちで死に物狂いで生きている。実際に4回ほど殺されかけて、3回ほど逮捕されかけた。だからこそ選挙活動も死に物狂いで戦った。今思っても不思議なことだが、大したトレーニングもせず1日100km7日間で700kmもよく自転車で走れたものだと。
そのことを含め7500人を超える方達が理解していてくれたのであれば、誠にありがたいことである。
また、政党から支援を受けた人達にはたかが7500票かもしれないが、私にとってはされど7500票である。
話は少しそれるかも知れないが、以前より共感しているそのまんま東さんが宮崎県知事に当選される可能性が高くなった現在、この国が変われるかも知れないと思っている。
また次に変わる時には、明治維新の時以上に国民のための国家であるべきだとも思う。
私には少しだけ日本の夜明けが見えてきた。

2007年01月14日

政治・経済・教育

最近国づくり・地域づくりで最も重要なキーワードは、教育だと考えている。
このことはこの18年間、東海大学とのゆかりの深い北欧の国々に10回近く訪問させて頂いたことからも感じている。
これらの国では先の第一次・二次世界大戦に参戦していないどころか、戦争終結に尽力を尽くした国々である。しかしこれらの国々でも、古くヴァイキングの時代には争いが絶えなかった。その後、これらの国々では限りない程の話し合いをすることにより和平の道を歩んでいる。
特にスウェーデンでは200年以上も前の議会運営にて公平な話し合いが行われるようにする為、オンブズマンがチェック機関として設置されている。また議会の構成メンバーの比率も男女ほぼ同等である。
北欧の国々ではこれらの考え方が広く教育の世界にも浸透している
デンマークではグルントビーによって国民高等学校が提案され古くから運営されている。この学校は全ての国民が教育を受ける権利を認めたもので、特に冬場の農業従事者に対して幅広い教育を行うものである。結果として農業従事者が幅広い教育を受けることによって農・畜産物の収量を格段に増やすこととなる。
フィンランドでは子供達に対して芸術教育を早期から行っており、教科書等に関しても独自の解かり易く興味を引くものにしている。3年程前に東海大学に留学していた学生の絵画作品を、小学校5~6年生の歴史の教科書に採用し、興味を引くものにしていた。
北欧の国々では教育に最も力を入れている。デンマークでは国を再建する為に必要なことは教育だとの考えの基、国づくりが行われている。
東海大学もこのデンマーク国の考え方が創設の理念にもなっている。
政治・経済・教育の中で最も重要なことが教育だと再認識されている現在、私としては国内の教育を北欧の国々の様な環境にする為、政治の分野も重要だと考えている。
東海大学創設者の松前重義博士が私の年と同じ頃、政治活動を行ったことからも。

2007年01月13日

今日、テレビ出演!

残念だが以前にもお話した通り、私が直接出演する訳ではない。
10年程前から数学者の秋山仁教授と共同研究している作品が出演するのである。
今までも何度か私達の制作した作品がNHKテレビをはじめ各民放でも取り上げられているが、今回の作品についてはその中でも今後商品化の可能性を秘めた作品だと考えている。
作品名は「音楽を奏でる木」と言う。
この作品は大学で技術員をされている山口さんが制作していたものに私が改良を加え、商品化に向けて2年前より制作に取り組んでいる。
作品制作の狙いとしては、音楽も数学と深い関係があると伝えるためである。
一見受験だけのための教科と思われがちな数学も、音楽を奏でるためには重要な役割を担っている。また受験に必要ないと思われている音楽も、社会の中では重要な役割を担っている。
これらのことから、今この国の教育に必要なことの一つとして伝えたいことは、「各教科の重要性に優劣が無いこと」である。
しかし現実にこの国では、「主要3教科・不要3教科」との言いまわしが受験産業の世界だけでなく、公立の学校ですら違和感なく使われている。
今後もこの様な教育システムでこの国はよいのであろうか・・・。
今日の午後7時より日テレ系の「世界一受けたい授業」1時間目の数学にて、皆さんがどのように感じて頂けるか、少しの不安もあるが是非視聴して頂きたい。

2007年01月10日

初夢はオンブズマン

オンブズマンてご存知だろうか?
私も良く知らなかったのだが「代弁者」のことらしい。
歴史は古く今から200年前、東海大学とも親交の深いスウェーデンで「国会・正義のためのオンブズマン」としてはじまったのである。
そもそも200年も前から議会制民主主義に近いことがおこなわれていたスウェーデンに驚くのだが、その当時から官僚や議員に不正する者がいたことに関しては脅威でもある。
日本でも10年程前から全国に普及している。札幌市でも数年前から行政により公的機関として、行政をはじめ政治家等もチェックする機関として位置付けされている。
そもそも行政には監査委員(旭川市の場合、月20万円近く手当てが出ている)がいるのだから不正が起こることは無い筈なのだが、全国的に見ても監査委員会がチェック機関として機能していない例が多いようである。
旭川市の場合ここ10年、毎年のように行政内での不正や疑惑があり、逮捕者や有罪になった幹部が何人もいたにも関わらず、監査委員会がチェックして見つけ出した訳ではないく、殆んどは市民有志と道警が告発して不正が発覚しているのである。
私が解らないのは、このような状況下のまちで何故オンブズマンが生まれてこないのか?である。
私の基本的な考え方は生善説である。しかし、環境によって幾らでも悪人に生まれ変わってしまう人がいるのだとも考えている。
2年半前に旭川市ではじめてリコール活動をおこなった私として、行政の幹部が悪人に生まれ変わった時にはオンブズマンになり戦うべきだと考えている。

2007年01月04日

新年あけましておめでとうございます。

もう4日になってしまっている。
今更あけおめでも無いとは思うのだが、年賀状も書き終わってないのだから、まあいいかと思っている。
この4日間何をしていたかと言うと、結論の出ないであろうことについて悩んでいた。
内容は今後の仕事や生き方についてである。
特にまち中に出かけて見たら、イオンをはじめ多くのショップが年末年始関係無く営業しており、必要以上に年末年始に拘束されないでいる自分の環境が恵まれていると気づくのであった。
それは日ごろ公務員や天下り連中に対して問題提議している自分が、その方達と同じ様に恵まれた環境で生活していることへ対しての自己嫌悪でもあった。
現実には高齢者も含めた多くの年収300万円以下の労働者の方々が、このまちを支えていらっしゃるからこそ、私のような若造が年末年始休めるのである。
そのことを日ごろ自覚できていない我に対しての自己嫌悪でもあるのだろう。
そこで正月から、何を今後していくことが我にとって一番有意義に生きていけるのであろうか。と悩んでいたのである。
このまま大学教員なのか、芸術家なのか、経営者なのか、政治家なのか、何をすることが社会にとっても我にとっても有意義なのか悩んでいたのである。
それとて有効求人倍率0.5倍のこのまちでは、すこぶる恵まれた悩みとしかとらえて頂けないであることも十分理解した上で考えさせて頂いた。
その結果は当然出ていない。
しかし今年は統一地方選挙の年である。
もし政治家になると覚悟を決めることが出来たら、今月末までには表明するべきであろうと考えている。
その場合、今の仕事を当然辞めなくてはならないであろう。
だとすると今まで以上に反対する方達がいらっしゃることは充分想像できる。
どちらにしても今年は覚悟を決めて勝負の年になりそうだ。

2006年12月31日

今年も色々ありました。よいお年を!

このまちに移り住んで丸18年が経過しようとしている。
また大学4年の時、馬の姿に憧れて北海道をはじめて旅行した時からだと22年になる。

実は馬の姿とウィンタースポーツに憧れて移り住んだ時から、このまちと北海道の未来に私ながらの不安を抱いていた。
残念なことに18年経った今、その不安が夕張市に見られるような現実のこととなって起こりはじめてしまった。
旭川市も3300億円を超える借入金を借りてる以上、対岸の火事ではなく行財政改革を急ぐべきだとの思いから市長選挙に立候補した。
結果は7515票と、有効投票の5%足らずしか得票できなかった。
しかしながらこちらに来た時に身近な方々からも支援されなかったことを考えると、投票に行かれた5%の人々が支持して下さったことは喜ばしいことと共にありがたいことであった。
また近年、各種行政機関に意見や提案を持っていくと、以前のように頭ごなしに否定されて受け入れられない状況は多少改善されつつある。

幸いなことに市長には西川まさひとさんが4年の任期で務められることとなった。
なぜ幸いかと言うと、彼とは自由党党員だった6年前から旭川市行政の改革に対する思いをほぼ同じにしていたからである。
しかし最終的には無所属になられたものの、民主党推薦で党中心の政治活動・選挙活動をされてしまったため、直接応援することができなかった。
また私としては早い時期から自民党幹部に西川さんを推薦することを進言していたため、それが自民旭川の逆鱗に触れたのかも知れない。
何れにしても行財政改革に関する西川まさひとさんと私の考えに違いはほとんどないのだから、新年からまちづくりに関して協力できることは協力し合いたい。

2006年12月27日

選挙後も俺ってよそ者?

あれからもう4年になるかな・・・。
大雪の中、家の近辺を2週間近くぼろ雑巾に足が生えた生命体が徘徊しており、地域の多くの方々から嫌がられ排除されていたのは・・・。
そのかすかな生命を自分とダブらせて家につれて来た意味が、そのかすかな生命が失われそうになった今となって少しだけ理解できる気がする。

話は少し変わるが、その年の暮れにイランで地震があった。
イランからの留学生が「先生何か出来ないでしょうか」と言うので、義援金を集めましょうということになった。暮れの29日から正月3日まで、朝9:00頃より夕刻6:00頃まで毎日買物に立って募金活動をさせて頂いた。
当初10万円も集まれば十分だとの予想に反して、90万円近くの義援金を集めることが出来た。そればかりでは無く、多くの方々が私とイランからの留学生を気遣って、暖かい飲み物やホッカイロ等の差し入れまでして下さった。
驚くことにそれらを支援くださった多くの方々はお年よりだったり、お子さんだったり。その方々の多くは私から見るとお金に裕福な方達と云うより、どちらかと云うと質素な生活をなさっていらっしゃる方々のように見受けられ、外国人(よそ者)のことを気遣う余裕があるのだろうかとさえ思えた。
これらと同様なことは、2年半前に市長のリコール活動をした時にも感じることが出来た。
そして今まで以上に市長選挙が終わって多くの方々から、「貴方がよそ者の代表としてこのまちの再生に尽力して」とのお言葉を頂いている。
私としては嬉しい反面、何時になったらよそ者で無くなるのだろうかとの不安もあるが、そもそも倭人が入植してたかが200年弱であり、人類誕生から考えればちっぽけなことでもある。
今後よそ者と呼ばれることにもプライドを持てるように精進すると共に、北の大地(自然)や先住民族の方々から土地を使わせて頂き、活かして頂いているのだとの真摯な気持ちで進みたい。

ぼろ雑巾だった生命体はチャッピーと言い、少なくとも以前よりよそ者扱いされることも無く、今も生をまっとうしている。

2006年12月23日

旭川のまちづくり

明治維新以降、北海道に国からの補助金が多く割り当てられていたことは、私が詳しく説明するまでも無いであろう。取り分け旭川にその割合が多かったことに関しても説明の必要は無いであろう。
申し訳ないが理由が分からない方々は各自で調べて頂きたい。ただ学生で理由の知りたい方々は大学の研究室を訪ねて頂きたい。
ところで近年、その補助金がピーク時の半分になったことをご存知だろうか?
旭川市の財務状況は、製造業による収益が全体の1割程度でその他は観光等のサービス業の収益で
合わせても2割を超える程度でしかない。その他多くは補助金と借入金からのものである。
ここ数年、極端に財務状況が悪化している一番の理由はここにある。
その上、公務員の給与の引き下げは殆んど行われていない為、民間企業の労働者の給与にしわ寄せが来ており、給与の格差が2倍にまで広がっている。
このような状況下、有効求人倍率は0.5となっており全国最低レベルである。また、高校新卒者の就職先も市内にほとんど無い現実もある。
旭川のまちづくりに最も必要なことは、
生産性のある企業を立ち上げ、地域の若者が活躍できる場所を早急に整えることであると考えているが、とても難しいことである。

2006年12月20日

オープニング参加ありがとう!

北画廊のオープニングパーティに際しまして、30人を超える幅広い年齢層の方々にご来場を頂き感謝しております。
ありがとうございました。
今後この画廊は年齢や経験・経歴関係なしに、市民の皆さんが気楽に展示・発表出来る場所として運営して行きたいと考えております。
また、ジャンルも問いません。
パフォーマンスあり、音楽あり、立体あり、イラストレーションあり、手芸あり、クラフトあり、何でもありありですので、展示希望の方は是非ご相談下さい。
画廊は月曜日を除く毎日AM10:00よりPM8:00までオープンしておりますので、お気軽にお越し下さい。
まだご来場頂いていらっしゃらない市民の皆さん、2階は喫茶店としても営業致しております。石渡紅茶とキーコーヒーがお待ちしておりますので、お気軽にご来店頂ければ幸いです。
尚、生徒・学生の方々には学割もありますので、よろしくお願い致します。

2006年12月11日

やっぱり許せぬ動物虐待!

最近、動物虐待と人を虐待するニュースが繰り返し流されているので戸惑ってしまう。
人も広く見れば動物に属するので同じレベルでとらえて問題はないと思うのだが、とても難しい問題を抱えていると考えられる。
気づいたことを挙げてみると、
一つに、国内では飼ってた動物を殺そうと放棄しようと大した罪に問われない。
(欧米の先進国と日本では法的対応がかなり違うようである。)
二つ目に、年間何十万頭ものペットが酸素を与えられず殺されている(経費削減のため安楽死させない)状況にも関わらず、崖や木の上の動物を大金をかけて救っている。
三つ目に、年間3万人を超える自殺者や数百万人を超える虐待を受けている人々がいるにも関わらず、政府は大した対策を講じていない。
以上のことからだけでも、私は国が今後どのような社会環境を望んでいるのか解らなくなる。

私は北海道に来て先住民族からいろいろなことを学んだ。
その中の一つに聞いた当初は残酷だと思ったが、現在では今回の問題の打開策になるのではないかと思うことがあるので、記述したい。
アイヌの方達は全てのものに神が宿ると考えておられる。(倭人も同様の考え方であった。)
クマを捕らえた場合も当然、神に感謝を捧げる儀式をおこなうと同時に神そのものであるクマを苦しめない殺し方をし、全ての部位を無駄なく活用するのである。
そしてコグマがいる場合にはハハグマに代わって育てる。
その後、神でもあるコグマを大切に育てて大きくなった時に神に感謝を捧げる儀式をおこない、苦しめなく殺して活かすのである。
アイヌの方々の考え方を参考にして私なりに考え、動物にとっての動物虐待が無きようにしたい。
私も今後は地球上の一生命体として、今まで以上に責任を持って生きて活きたい。

2006年12月04日

日本一になっちゃった!

残念なことに私のことではありません。
私の勤めている校舎の学生達が、東京デザイナーウィークにて日本一の作品をつくり、団体優勝と個人2位の成績を残したのです。
この東京デザイナーウィークは現在国内で行われているデザインイベントで最大のものであり、今回も全国をはじめ韓国からも50を超える大学等からの出品がありました。
また2年前にもこのイベントで2人の学生が最優秀賞と優秀賞を頂いたことを考えると、手前味噌ではありますが快挙と云わざるを得ません。
その上、全国のデザイン・アート系の大学の中で最も小規模の学部だと云うことを考えると、奇跡なのかも知れませんし、今までの幸運をすべて使い果たしてしまったのかも知れません。
いずれに致しましても、今後も今までと変わらず旭川校舎の芸術工学部が一丸となって教育に研究に作品制作にまちづくりに地域のために全力を上げたいと考えています。
尚、この作品の数々を旭川校舎内にてアスプルンド展と同時に10日まで展示してありますので、お誘い合わせの上、是非ともご来場頂きたく思います。

2006年11月26日

犬の寿命

私の家にはチャッピーと云う犬がいる。
此処に来て4年が経とうとしている。4年前の12月のある雪の晩、ぼろ雑巾をまとったような犬が家の近所を徘徊していた。はじめはかわいそうにと思っていたのだが、次の日も次の日も一部の近所の人々から追い払われて徘徊している姿を見ていると、手を差し伸べたくなった。
その後2~3日餌を与えていたのだが、その犬が私自身の境遇と重なってしまい、家につれて来てお風呂に入れてやった。それを見た家の者は子供に云うように、「家では飼えないからね!」といわれた。
そのことを無視して今まで飼っているのだが、今では私でなく家の者が世話をしてくれている。
しかし、ここに来た時に10歳は超えていたのであろう。今ではほとんど目も耳も見聞きできる状態ではなく、立ち上がり歩くこともおぼつか無い状況である。犬のことを考えると安楽死との選択もあるとは思うのだが、そのことに対し家の者は涙を流しながら反対している。
このことで強く感じることは、どのような理由があったとしても動物を飼う以上、責任を持ってその動物が死ぬまで責任を取るべきだということである。
たとえその応えが安楽死としてもである。
昨今、引越しだとか解雇されたとかお金が無くなったとかで、犬を郊外に置き去りにしてしまう例が後を絶たないことに怒りを覚えるのは、私だけであろうか。
私も偉そうなことをいえる立場でないことは充分承知の上、提言させていただく。
育てる以上は自らの命が亡くなるまで、責任を取るべきだと思う。

2006年11月22日

よくやったよ!副知事

先日南幌町で、まちづくりと農業についての小規模ながら温かみのある勉強会があった。
講師は道の副知事を定年2年前で天下ることも無くお辞めになられた麻田さんだった。
これだけでも充分立派である。
数々の疑惑があった割に12年間市長を勤め、空港社長に天下った菅原功一さんに是非聞いて頂きたかった。
この麻田さん、現在は果樹園農家をやられていらっしゃる。
もともと北大で農業の勉強をされておられた。その後30数年間道庁にお勤めになられ、農業の最先端の現場で指導にあたられていたそうである。
しかし、副知事になってから現場での仕事が減った為、自ら農業をやられることを決められた様である。
また北海道農業の最先端にて指導されていた割にはアナログ的な発想をされており、現場でも遺伝子組み替え等の農作物の生産に反対されていた様である。
麻田さんの考え方は、北海道で生産される農産物の品質を上げると共に、生産性を高くして国内の自給率を高めようというものである。
その為には創造的な能力が必要で、幅広い知識と現場での経験が重要だとのことだった。
そして新渡戸稲造と内村鑑三の話まで出てきたことには、さすがの私も驚いた。
なぜなら東海大学を創設した松前重義博士は内村鑑三の勉強会で哲学や農業の幅広い知識を学び、デンマークの国民高等学校や農業政策を元にして国内に大学を創ったからである。
今回の講師の話は札幌農学校を卒業された内村鑑三先生からお話を伺っている様であった。それはあたかも今から70年以上も前にタイムスリップしたかの様であった。

2006年11月20日

琉球王国の方々と共に生きる

今回の沖縄知事選にて自民党の推薦者の当選が決まった。
私の予想は残念ながら外れてしまった。自民党党員の私としては喜ばしいことだが...。
選挙のことはここまでとして、今日は琉球王国のことについてふれたい。
今から百数十年より前、今の沖縄は琉球王国であった。北海道が蝦夷地と呼ばれ、アイヌの方々が先住民として多く住まれていた時代である。
当時の中国はアジアの中で最も先進的な国であり、西洋の新しいものの多くも中国のシルクロードを通り日本に入って来ていた。また中国の文化も多く入ってきており、龍の表現も多くの作品として国内に入ってきた。
しかし日本では龍の指は3本しか描いてはいけないとの取り決めがあったのに対して、琉球王国の人々やアイヌの人々には4本の指を描くことを認めていたそうである。
当然中国では5本の指の龍が本物であり、それに近い琉球の人やアイヌの人の方が中国から見て日本の人より文化面での評価が高かったのである。
その様な倭人が琉球の地とアイヌの地を占有して、はや百数十年経ったのである。
そろそろ人種関係なしに、この国で共に生きることは出来ないのかと切に思う。

2006年11月17日

沖縄知事選を北海道から考える

私は研究者としての仕事柄、ここ20年間に渡り全国各地を巡らせて頂いている。
特に沖縄にはここ10年間、毎年のように伺わせて頂いている。
お恥ずかしい話であるが、そのたびに涙を抑えることが出来なくなってしまう。
その場所の多くは沖縄戦にて部下と共に自害された太田中尉のいらした海軍参謀本部であったり、元沖縄県知事の太田さんが南端のバンザイヒル近くに創られた沖縄戦で亡くなった全ての人々の名前を刻んだ礎(実際には強制連行されて亡くなった数万人の方々の名前はまだ刻まれていない)だったりする。
今回の沖縄知事選挙での一番の争点はやはり米軍基地をどうするかであろう。
しかし今までと違うのは、どちらの候補も県外に基地を移設させたいと考えていることである
それは戦後60年経過した証でもあろう。
北海道に住む私達にできることは、少でも沖縄県民の苦痛を理解して米軍の一部を受け入れる大きいうつわを持つことだと思うのは私だけであろうか。
追伸
18日夕刻より南幌町の喫茶店にて、道副知事を定年前にお辞めになり天下ることも無く農業をはじめられた方のお話を聞きに行きます。

2006年11月12日

市長選後のありがたみ

旭川市長選挙が終わり早2週間が過ぎ去ろうとしております。
選挙後すぐに大学に復職して休職期間の遅れを取り戻すと共に、ご迷惑をお掛けした方々にご挨拶をさせて頂いております。しかし私の我がままではじめたことに対し、まだまだ多くの方々に選挙前にも選挙中にもご迷惑・ご心配をお掛け致したであろうこと、再度深くお詫び申し上げます。
また、勤務先の学生さん達や大学関係者にも休講したことをはじめとして、ご迷惑をお掛け致したこと深くお詫び致します。
この様な私の一念ではじめたことにも関わらず、勤務先の大学の同窓会やお世話になってた方々や今まで面識の無い方々からにまで、「よく頑張ったね。これからも応援するよ。感動した。」等のお言葉を頂くと、そんな立派な人では無い私は恥ずかしくなります。
その上、最近移り住んでこられた方々や若者から、「よそ者の代表として頑張ってくれ。このまちで頑張る勇気が出た。握手してもらえますか。」等のお言葉を頂戴すると、申し訳ない気持ちと嬉しさで感動させられる日々です。
そして最近何より嬉しいことは同世代の方々から、「今まで自分の考え方を会社や役所で言い難かったけど、今後は仕事場で貴方のように主張してみます。」といって頂けることや、若者達から、「私もまちづくりや政治活動に参加してみます。」とのお言葉です。
今の私にとって最もありがたいお言葉、心より感謝致しております。
ありがとうございます。

2006年11月07日

文科大臣に宛てた子供の遺書に思う

今回の遺書に対して、本人や同じ様な境遇の子供達が自殺しないことを心よりお祈り申し上げます。
また是非思いつめる前に、奈良美智の作品や葉っぱのフレディ(絵本)や兎の目(灰谷健次郎著)に目を通して頂けると幸いです。
私と致しましては、今後今回のようなことが起こり難い環境作りをする為に全力をあげたいと考えます。
チャップリンが独裁者の最後のシーンで残したメッセージを、私なりにこの国・この地域での未来の差別や偏見の無い環境にすることの出来るメッセージとしてアレンジし、送りたいと思います。

申し訳ない
私は利権の為に行動する組長にはなりたくない
できれば多くの市民と協力し合いたい
アイヌの方々も開拓者の方々も在日の方々も
市民はお互い助け合うべきである
他人の幸福を念願として―
お互い憎しみ合ったりしてはならない
上川の地には地域の人々を養う富がある
人生は自由で楽しい筈であるのにー
貧欲が人々を毒し―
憎悪をもたらし―
悲劇と流血を招く
スピードも意思を通じさせず―
機械は貧富の差を作り―
知識を得て人々は懐疑的になった
持論だけがあって感情が無く
人間性が失われた
知識より思いやりが必要である
思いやりがないと暴力だけが残る
インターネットとメディアは我々を接近させ―
人々の良心に呼びかけて―
上川の地をひとつにする力がある
私の声は全市民に伝わり―
失意の人々にも届くであろう
これらの人々は罪なくして苦しんでいる
市民よ失望してはならない
貧欲はやがて姿を消し
恐怖もやがて消え去り―
利権の為に行動していた人々は死に絶えるであろう
市民は再び権利を取り戻し―
自由は決して失われぬ!

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2006年11月02日

教育からまちづくり

休職期間も終わり、月曜から授業に取り組んでいます。
休職期間には自分のまちづくりに対する思いや教育・福祉に対する思いを大声で叫べたので
満足感はありますが
、その為にカードローンから200万円近く借りてしまったことについては、
少し不安も残っています。
ただ私にとっては、教育もまちづくりも作品制作等の表現と同じぐらい大切なことだと考えてい
ますので、後悔はしておりません。

今後、このまちの子供達が夢の持てる豊なまちにしていく為に、お年寄りが安心して暮らせる
まちにしていく為に、一番大切なことは教育だと確信しています。
それはこの大学の創設者松前重義博士が戦前にデンマークの国民高等学校の教育の様子
を見て、戦後の日本を復興させるには教育が大切だとの考えから東海大学を創設されたこと
にも起因しています。

私はまちづくりは人づくりだとの理念の基、今後も今までと変わらず学生とのふれ合いの日々
を大切にしていきたいと思います。

2006年10月30日

旭川市長選挙を終えて

7515人の市民の皆さん、本当にありがとうございました。
このまちに来て18年経ちますが、この一週間は私のここでの生活の中で忘れることの出来ない
感動とうれし涙の期間となりました。
ひとりこのまちに来て地縁・血縁者もいない中で、奇人・変人・変わり者と言われながらも自分の
考えを貫くことができた環境に感謝いたします。
それも皆さんの支援があればこそのことで、表現者としてまた教育者としてのわたしの考え方が
少しでも多くの市民の方々に届いたのではないかとも思います。
今後、西川市長に対しはっきり意見を主張し、市民のためになることの提案であれば全面的に支援する
立場を貫こうと考えています。

そして政党関係なしで、夢ある旭川のまちづくりに貢献する覚悟です。
最後に、この様な浮世離れしていると思われても仕方ない私の行動に対して、ご支援いただいた
方々へ感謝いたします。
感動と共感をありがとうございました。

2006年10月21日

旭川市長選の公約

構想(夢あるまちづくり)
●ドーム競技場や芸術ホール、スケートボードパークの新設
●スポーツのオリンピックレベルの誘致と美術・音楽・演劇の国際的な企画
●旭川空港が東アジアにおいてのハブ空港の役割を持つように増改設
●北都商業高等学校を藝術・デザイン系の高校とし、市立大学を新設
●子供の社会参画の面から、子供の権利に関する条例を制定

政策・公約
最重要課題
・第3セクター関係の200億円を超える補助金、委託料、債務保証費の凍結
・市長40%、特別職20%、管理職15%、職員10%の給与と退職金を削減
・女性を副市長に任命すると共に、女性の管理職を全体の3割程にする
・旭川市の責任者として管理職職員の中の誰よりも早く登庁する
・天下り禁止条例を制定する
・各種委員会の構成メンバーの半数を市民公募から決定する
・管理職職員の市民サービスに関する勉強会を毎週土曜日に行う
・ばんえい競馬を廃止して、施設等は中央競馬に引き継いで頂く
・寿バス、家庭ごみ有料化等についての再度の見直しを行う
・公会堂や買物公園と近郊のスキー場をリファインする
・春光台公園内のパークゴルフ場の造成を中止
・旭川駅高架事業の一部修正及び凍結

教育と福祉の充実
・臨床心理士やカウンセラーが常駐する無料相談所を市内10ヶ所に設置
・学校司書を市内89校全ての小・中学校に配属
・高齢者・障害者福祉にて改正された1割の自己負担金の半分を補助

行財政改革の断行
・現在市役所内にある100を超える課・局を整理して60程にする
・嘱託・臨時職員の人数を1500人から2000人体制として、雇用を確保
・市職員を500人削減して2650人体制とし、毎年新卒職員を80人程採用
・職員の再雇用については、年270万円の給与から150万円に引き下げ
・在日の方々の参政権を認めると共に、職員として管理職採用する事も認める

観光産業と中・小企業や起業家への支援
・旭山動物園をはじめ観光産業へ、年5億円ほど増額の支援
・中・小企業や起業家の方々へ、年10億円ほど増額の支援
・近隣8町との観光産業ネットワークグループを創設
・IT起業家養成講座を無料にて市内5ヶ所に開設
・買物公園の駅前から9条通り間に無料の電気バスを運行する

2006年10月19日

旭川市長選挙

市長選の告示日まであと3日となりました。
5月24日に立候補することを表明してから、早5ヶ月近くが経過したことになります。
その間、大学での教育に関する仕事も研究に関する仕事も例年と同じ割合でこなしていたので、今年は特に忙しく感じました。
また、休職期間も今週から取りはじめたので、今だ選挙準備もままならない状況です。
2年前、菅原功一市長をリコールする時に1ヶ月間署名を集め続けたことを考えると、今回はそれほど長期間の活動でもないので、何とかなるような気がしますが...。
反面、とても厳しい状況になるかも知れないことも予想できます。
それはここ数週間、自由民主党の神崎として政治活動をしている時に、怖そうな方たちに取り囲まれて脅されたり、選挙管理委員会に説明を求めに行ったら職員より暴行をうけたりと、信じられないことが起こっているからです。
ただ私としてもリコール活動の時同様に、このまちから談合体質や利権体質を払拭する為に、信念を貫き、圧力に屈することなく行動したいと思います。
そして教育者の端くれとして、子供たち一人一人の個性を大切に育てることのできるまちの環境を整えなければいけないと考えています。
その理由は私にとって、まちづくりで大切なのはひとづくりだと確信しているからです。

2006年10月15日

夢あるまちづくりの提案

構想(夢あるまちづくり)
●ドーム競技場や芸術ホール、スケートボードパークの新設
●スポーツのオリンピックレベルの誘致と美術・音楽・演劇の国際的な企画
●旭川空港が東アジアにおいてのハブ空港の役割を持つように増改設
●北都商業高等学校を藝術・デザイン系の高校とし、市立大学を新設
●子供の社会参画の面から、子供の権利に関する条例を制定

政策
最重要課題
・第3セクター関係の200億円を超える補助金、委託料、債務保証費の凍結
・市長40%、特別職20%、管理職15%、職員10%の給与と退職金を削減
・女性を副市長に任命すると共に、女性の管理職を全体の3割程にする
・旭川市の責任者として管理職職員の中の誰よりも早く登庁する
・天下り禁止条例を制定する
・各種委員会の構成メンバーの半数を市民公募から決定する
・管理職職員の市民サービスに関する勉強会を毎週土曜日に行う
・ばんえい競馬を廃止して、施設等は中央競馬に引き継いで頂く
・寿バス、家庭ごみ有料化等についての再度の見直しを行う
・公会堂や買物公園と近郊のスキー場をリファインする
・春光台公園内のパークゴルフ場の造成を中止
・旭川駅高架事業の一部修正及び凍結

教育と福祉の充実
・臨床心理士やカウンセラーが常駐する無料相談所を市内10ヶ所に設置
・学校司書を市内89校全ての小・中学校に配属
・高齢者・障害者福祉にて改正された1割の自己負担金の半分を補助

行財政改革の断行
・現在市役所内にある100を超える課・局を整理して60程にする
・嘱託・臨時職員の人数を1500人から2000人体制として、雇用を確保
・市職員を500人削減して2650人体制とし、毎年新卒職員を80人程採用
・職員の再雇用については、年270万円の給与から150万円に引き下げ
・在日の方々の参政権を認めると共に、職員として管理職採用する事も認める

観光産業と中・小企業や起業家への支援
・旭山動物園をはじめ観光産業へ、年5億円ほど増額の支援
・中・小企業や起業家の方々へ、年10億円ほど増額の支援
・近隣8町との観光産業ネットワークグループを創設
・IT起業家養成講座を無料にて市内5ヶ所に開設
・買物公園の駅前から9条通り間に無料の電気バスを運行する

以上が私の現時点で約束できる提案です。今後提案が増えることもあります。

2006年10月12日

夢あるまちづくりのすすめ

まちづくりの仕事に関わっていて思うことは、市長をはじめ大人が現実の財政状況ばかりを気にしいて、大きい夢を持つことの出来ない状態になっていると言うことである。
また、教育者の立場からも同様のことを感じている。それは夢を持たない子供たちが増えてると叫んでいる大人についても、同様に夢を持つことが出来ていない現実からである。
特にこの旭川のまちの財政状況は、全国の中核市の中でも特に厳しい状況であるので、夢を持つことが大人にも子供にも出来難い状態になっている。
こんな時こそ民間企業の方と公務員と議員と教育者と市長等が一緒になって財源をつくって行かなくてはならない、特に民間企業の平均給与の2倍以上を頂いている市長や市職員や議員や教育者等は自ら給与を削減しなくてはならないのでは無いかと思う。
それらの財源を基に、例えばドーム競技場や芸術ホールやスケートボードパーク等を創ったり、あるいは既存の施設の公会堂や買物公園、またカムイスキーリンクスや嵐山スキー場をリファインすることもできる筈である。
この様な施設があってこそ、子供も大人も夢を抱けるのでは無いだろうかと痛切に思う。

2006年10月07日

滝川市の教育行政は対岸の火事ではない

今回、滝川市市長と教育長が昨年自殺してしまった少女に対して、一年も経過した今になってはじめて謝罪することとなった。
当時少女が自殺に追い込まれた状況を思うと、一年間も教育委員会が遺書を手紙だと主張し、滝川市も歩調を合わせていた事を許せない人々が多かっただろう。
このことをメディアが全国に伝えることにより、国民の多くがそのことに関して不信感を抱き、行政として謝罪せざるを得ない状況になったのだろう。
滝川行政は何を守ろうとしていたのであろうか?
自分達の立場だったとは思いたくないが、そう思われても仕方ない部分もある。
ただ、教育委員会の方がいじめの事実確認は出来なかったと言っていたが、彼らにとって言葉や態度や文章のいじめは目に見え難い為、確認することが出来なかったのであろう。
この旭川でも同じ様なことが今この時に起こっているかも知れない。
今、私たち大人に必要なことは、目に見え難い子供達の心を心の目で見る能力を高めることでは無いだろうか。
そのためにも、個性を魅力あるものとして認めることが出来る大人で在りたいものである。

滝川市の教育行政は対岸の火事ではない

今回、滝川市市長と教育長が昨年自殺してしまった少女に対して、一年も経過した今になってはじめて謝罪することとなった。
当時少女が自殺に追い込まれた状況を思うと、一年間も教育委員会が遺書を手紙だと主張し、滝川市も歩調を合わせていた事を許せない人々が多かっただろう。
このことをメディアが全国に伝えることにより、国民の多くがそのことに関して不信感を抱き、行政として謝罪せざるを得ない状況になったのだろう。
滝川行政は何を守ろうとしていたのであろうか?
自分達の立場だったとは思いたくないが、そう思われても仕方ない部分もある。
ただ、教育委員会の方がいじめの事実確認は出来なかったと言っていたが、彼らにとって言葉や態度や文章のいじめは目に見え難い為、確認することが出来なかったのであろう。
この旭川でも同じ様なことが今この時に起こっているかも知れない。
今、私たち大人に必要なことは、目に見え難い子供達の心を心の目で見る能力を高めることでは無いだろうか。
そのためにも、個性を魅力あるものとして認めることが出来る大人で在りたいものである。

2006年10月05日

本気の行財政改革とは

 まちづくりや地域再生にとって最も大切な改革が、行財政改革だと考えている。
 特に国内の中核都市の中では財政状況が極めて悪化している旭川市に於いて、抜本的な改革が必要であることは私が述べるまでもない。しかし、現実は誠に情けない状況である。
 私が旭川に来て早18年、この間の市長が口では改革を述べてはいたが、実際は殆んど行財政改革は行われていない。その証拠に旭川市の職員の平均給与は国家公務員のそれを超えているし、60歳での退職金も今だ平均で3000万円近く貰っている。
 また、このまちの民間企業の平均給与が400万円を切った状況の中、市職員のそれは2倍近くになっており、年々その差は広がるばかりである。
 今一番必要なことは、市長自ら減給することである。
 例えば、市長30%・特別職20%・管理職15%・職員10%の給与削減と、同じ割合での退職金の削減が最低限の改革であると考えている。そうすれば年間35億円近くの財源を生み出すことが出来る。
 この様な改革が、本気の行財政改革だと思うのは私だけであろうか。

2006年10月01日

買物公園にて思うこと

 以前にブログで書いたように、買物公園が歩行者の為の道路では無く、自転車の為の道路になってしまった結果、家族連れやお年よりのお客さんが減ってしまったように思う。
 また、買物公園からお客さんが減ったのは当然イオン等の郊外大型店舗の影響もあるだろう。しかし、今の買物公園に五十嵐広三市長の理念がもっと残っていたら、これほどまでにお客さんは減らなかったのでは無いだろうか。
 理念とは何だったのだろう。私が思うに買物公園の理念とは、子どもからお年寄りまで安心して買い物ができ、また冬季間雪や寒さに邪魔されること無く、買い物できることではなかったのだろうか。
 だとすると夏場自転車が走り回っており危険で、冬場は寒く駐車場も不便な買物公園で買物するよりイオン等で買い物する人が増えて当たり前である。
 ただ、高校生やお年よりや車を持っていない人にとっては、買物公園の方が便利なこともあるだろうから、夏場は厳密に自転車の乗り入れを禁止し、スケボーパークにしたり各種イベント会場として考える事も一考である。

2006年09月26日

旭川市長選の説明会

今日の午後3時過ぎに私の携帯電話にメディアの方から、「神崎さん市長選挙に立候補されないのですか?」との連絡があった。皆様もご存知のように5月末に市役所内の記者クラブにて立候補を表明して以来、現在までそれを取り下げたことは無い。いったい何のことなのか解らずメディアの方に事情を聞くと、「今日の午後2時からあった市長選挙の説明会に出席されて無かったので、立候補することを辞退されたのかと思いました」とのことだった。私が一切説明会のことを聞いてないことを話すと、メディアの方も驚かれていた。
その後、選挙管理委員会に連絡したところ、担当者の方からは市民広報に一度載せたので気づかないのが悪いかの様な言い分をされた。そもそも市民広報は間違い無く全世帯に届いているのであろうか?また、メディアの方々には文章により事前に連絡しているのに、当事者である立候補表明者に連絡してないことに問題はないのであろうか。ここ二ヶ月の間に選挙管理委員会に10回近く質問等をしているのだから、説明会のことを教えてくれても良かったのに、と思う。

2006年09月25日

平和通買物公園の現状

五十嵐広三市長の提案により日本初の恒久的歩行者天国となった買物公園も34年が経過した現在、当時の理念でもあった歩行者が安心して買物できる状況では無くなったのではないかと思う。
それは昨日(日曜日)夕刻にアッシュ横の買物公園を歩いていたら、私の後ろより5~6台の自転車に乗った女子高生の集団が歩行者に接触したにも関わらず、そのまま去って行ったのである。
2年前、菅原功一市長に対するリコール署名活動を1ヶ月にわたりおこなっていた時にも、同じ様な光景を幾度となく目撃した。ひどい時は自転車にぶつけられた歩行者が歩くことが出来ず、病院に運ばれる光景も目撃した。
その度に道路交通法違反でもある行為に注意を促すのであるが、ほとんど効き目が無いどころか警察を呼んでも注意すらしない状況を見ていると、益々悪化しているのではないだろうか。
仕事の関係で全国の都道府県のほとんどや30ヶ国を超える国々を見てきたが、歩行者道路が駐輪場の様になり、自転車に乗ったまま通行している人々がこんなに多く見うけられる場所を見たことが無い。
今後、買物公園の理念からも、初心に戻りお年寄りや子供が安心して買物できる場所にしていかなくてはならない、と考えているのは私だけであろうか。

2006年09月21日

皆様へのご挨拶です。

はじめまして、北海道東海大学助教授の神崎実です。

今後このカテゴリーに、僕からのメッセージや活動の報告を掲載いたします。

また、皆様からのコメントも掲載して参りますので楽しみにしていてくださいね♪